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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第2話 ターゲット層の選定ミス

 魔王軍の本部直轄地に位置する特級迷宮『絶望の箱庭』。

 かつては魔界の防衛要塞として名を馳せ、数多の勇者たちを絶望の淵に沈めてきたその巨大な地下空間は、今や見る影もなく荒れ果てていた。

 無惨に崩れ落ちた大理石の石柱、魔力切れで全く作動しない落とし穴、底がひび割れて干上がった毒沼、そして壁の隅でやる気なくサボって寝ている数匹のゴブリンたち。


「……前任者は、防衛予算を一体どこに消したんだ」


 新任の総監督としてこの特級迷宮に着任したばかりのグンツは、愛用のヘルメットを深く被り直し、ひどく凝り固まった眉間を指で揉みほぐした。彼の前にある粗末なパイプ机には、各業者から送られてきた大量の未払い請求書と督促状の束が山のように積まれている。


「前任者の個人的な横領と、人間界の悪徳商人に対する無意味な接待費です。前任のオーク幹部は監査部によってすでに更迭され、地下100層の過酷な強制労働炭鉱へ送られました。つまり現在、この特級迷宮の修繕費および防衛予算は、厳密に金貨0枚です」


 グンツの背後で、分厚い鉄板入りのバインダーを抱えたダークエルフの経理担当、リーゼロッテが淡々と恐ろしい事実を告げた。彼女もまた、グンツのお目付け役として辺境の第7ダンジョンから共に異動させられていた。


「特級迷宮の予算がゼロで、一体どうやってここを防衛しろって言うんだ……」


「知恵と工夫、そして現場の泥臭い努力です。グンツさんの最も得意とする分野でしょう?」


「俺の即時建築の魔法は、無から有を生み出せるようなお伽噺の魔法じゃないんだぞ。加工するための物理的な資材がなければ、壁ひとつ作れ――」


 その時、監視室の重厚な鉄扉がバンッ! と勢いよく開け放たれた。


「絶望の箱庭のみんなー! おはよう! 今日の注目度も最高潮よ!」


 カツカツと高いヒールの音を響かせて入ってきたのは、魔王軍・営業推進部から出向してきているサキュバスのヴィオラだった。

 年齢は25歳。身長170センチの抜群のプロポーションを、魔界の高級ブランドで仕立てた最新流行のパンツスーツでスタイリッシュに包み込んでいる。背中にはサキュバス特有の小さなコウモリの羽とスペード型の尻尾が生えており、彼女の周囲だけひまわりのような明るい気配が漂っていた。手には情報端末である最新型の魔導板を抱え、画面は大量の通知で光り続けている。


「ヴィオラ……お前、また勝手に何かやったのか」


 グンツのこめかみが、ズキリと鋭く痛み始めた。この広報担当が異常なハイテンションで現場に現れる時は、決まってろくなことがない。


「何かやったって、人聞きの悪い! 私は有能な広報担当として、この『絶望の箱庭』の宣伝を盛大に打ってあげただけよ!」


 ヴィオラは得意げに魔導板の画面をグンツの顔の前に突き出した。


「人間界の冒険者ギルドのメイン掲示板や、酒場の裏情報ネットワークに、最高の噂を流してあげたわ! 『絶望の箱庭の最深部には、伝説の聖剣エクスカリバーが眠っており、美しき囚われのエルフの姫君が助けを待っている』ってね! 見てこの反響! 魔界の通信網の話題でもぶっちぎりの1位よ!」


 グンツは両手で頭を抱え、机に突っ伏した。


「バカ野郎! うちの予算ゼロの迷宮に伝説の聖剣なんかあるわけないだろう! 姫君なんて、そこにいる物理で殴ってきそうな筋肉ダルマのダークエルフくらいだぞ!」


「誰が筋肉ダルマですか、経費の無駄遣いと共に名誉毀損で訴えますよ」


 リーゼロッテが背後で青筋を立ててバインダーをミシリと握りしめる。


「いいのよ、そんなのただの誇大広告なんだから!」


 ヴィオラは全く悪びれずにパチンとウインクした。


「中に誘い込んでしまえばこっちのものじゃない。どうせ最深部に来て文句を言われる前に、グンツが仕掛けた素晴らしい罠で死ぬんだからクレームなんて来ないわ。死亡率100パーセントなら、冒険者の満足度なんて気にする必要もないでしょ?」


「……お前のその、命を金貨としか見ていない話し方、本当に腹が立つな。殺意が湧くぞ」


「広報にはこれくらいの図太さが必要なのよ! そして見なさい、私の完璧な仕事の成果を! さっそく、噂に釣られた素晴らしいお客様がいらっしゃったわ!」


 ヴィオラが監視水晶を指差す。

 そこには、迷宮の第1層に堂々とした足取りで足を踏み入れた、4人の人間の姿が映し出されていた。

 先頭を歩くのは、白銀の重装鎧に身を包んだ大柄な騎士。その後ろには、高位の法衣をまとった魔法使い、純白のローブを着た神官、そして鋭い目つきで罠を警戒する盗賊が続いている。彼らの装備は素人目に見ても一級品の業物であり、全身から強力な魔力を帯びていた。


「……おい、リーゼロッテ。あいつらの胸の紋章、どこかで見たことないか?」


「王都の『白銀のペガサス』ですね。人間界でもトップクラスの知名度を誇る、高位のベテラン冒険者パーティです。下位の飛竜なら数分で討伐できる実力者たち。ギルドのデータによれば、平均レベルは――45です」


 グンツは、その場に膝から崩れ落ちそうになった。頭痛が限界を突破し、目眩すら催してくる。


「レベル45だと……!? 冗談じゃない、今のこの迷宮の防衛設備をなんだと思ってる!? 触っただけで折れる錆びた槍と、深さ2メートルのただの穴しかないんだぞ! レベル45の重騎士なんて、そんな槍を素手でへし折って、穴を跨いで鼻歌交じりに歩いてくるわ!」


「ヴィオラさん」


 リーゼロッテが極北の氷のような冷徹な声で尋ねた。


「この宣伝の標的は、一体どのレベル帯に設定したのですか?」


「えっ? もちろん高位の冒険者よ! レベルが高い勇者ほど、死んだ時に落とす装備品が高く売れるじゃない! 少ない手間で最大の利益を生むためよ!」


「バカ! 標的の選定ミスにも程がある!」


 グンツは叫んだ。


「倒せる設備が全く整ってないのに、強敵を呼んでどうする! 高位の勇者を呼ぶための防衛システムに、予算ゼロで挑めって言うのか!」


 リーゼロッテがバインダーに挟んだ計算用紙に素早くペンを走らせる。


「レベル45のパーティを確実に処理するためには、最低でもミスリルゴーレム3体、もしくは第4階位の致死性毒ガスの充満が必要です。推定費用、金貨1500枚。現在の当迷宮の予算、金貨0枚。防衛失敗確率は――99.8パーセントです。終わりましたね」


「あちゃー……やらかした?」


 ヴィオラが少しだけ舌を出して頭を小突いた。


「ごめーん、グンツ。なんとかあなたの得意な物理で倒して?」


「お前は本当に……っ! あとで絶対に始末書を書かせるからな! 減給だ!」


 グンツは立ち上がり、血走った目で壁に貼られたダンジョンの巨大な設計図を睨みつけた。

 敵はすでに第1層を闊歩している。彼らは余裕の笑みを浮かべ、迷い込んだコウモリを魔法使いが遊び半分で火ダルマにして笑っていた。


(魔法使い……しかも火炎の魔法を操る者か。魔法に対する絶対的な自信がある。そして、傲慢だ)


 グンツの右目が青白く光り、彼が持つ構造解析のスキルが発動する。迷宮内のすべての質量、素材、気流、そして残存するガラクタのデータが凄まじい勢いで脳内に流れ込む。


「リーゼロッテ、第2ブロックのC区画にある大部屋……あそこには何がある?」


「C区画ですか? あそこは前任者が放置していった古い備蓄庫です。湿気対策も一切されず、数年前に消費期限が切れた超乾燥小麦粉の袋が50袋ほど放置されています。廃棄費用がかかるため手付かずになっている無価値なゴミです」


 グンツの顔に、凶悪な、そして職人としての狂気を孕んだ笑みが浮かんだ。


「無価値じゃない。それは、立派な火薬だ」


「小麦粉が、火薬ですか?」


「ヴィオラ、あの魔法使いは、薄暗くて怪しい部屋に入ったらどうする?」


「え? そりゃあ、明かりを灯すためか、あるいは罠を焼き払うために火の魔法を使うんじゃない? プライドの高い魔法使いなんだし」


「正解だ。お前ら、よく見ておけ。圧倒的な火力を出すのは魔法だけじゃない。化学と物理の力を見せてやる」


 グンツは愛用のヘルメットを被り直し、猛ダッシュで現場へ向かった。

 彼が向かったのは第2ブロックのC区画。密閉された頑丈な石造りの大部屋だ。

 グンツはそこに居眠りしていたゴブリンたちを蹴り起こし、大声で指示を飛ばす。


「小麦粉の袋を全部破り捨てろ! スライムたちには絶対に無理をさせないよう優しく扱いながら、彼らの弾力をトランポリン代わりに使わせてもらい、粉を部屋中の空気に撒き散らせ! 部屋の空気が真っ白に濁るまでだ!」


 ゴブリンたちは文句を言いながらも、言われた通りに小麦粉を空中に散布し始めた。長年放置され極度に乾燥した細かい粉末が、密閉空間の空気をあっという間に白く染め上げていく。

 部屋の中央には、ヴィオラが持っていたいかにも宝箱らしい派手な装飾の箱を配置する。

 粉が十分に充満したのを確認すると、グンツはゴブリンたちに指示を出し、粉まみれになって疲労したスライムたちを優しく抱え上げさせ、全員を部屋の外へ完全に避難させた。部下を絶対に犠牲にしないのが彼のルールだ。

 そして、分厚い石の扉を少しだけ開けた状態にして固定した。


「よし、ゴブリンもスライムも、全員安全な第3ブロックまで退避しろ。絶対にこの付近には近づくなよ。俺は監視室に戻る」


 数十分後。

 余裕の足取りで第2層に降りてきた『白銀のペガサス』一行は、少しだけ開いた石の扉を発見した。


「おい、見ろ! あの中に豪華な宝箱があるぞ!」


 盗賊が目を輝かせた。


「罠はないか? 空気が少し白いようだが……」


 重騎士が警戒するように一歩下がる。


「毒ガスにしては、魔力の気配が全くありません。長年放置されたただの埃でしょう」


 神官が鼻で笑った。


「フン、薄暗くて宝箱の鍵穴が見えんな。俺が明かりを灯してやる」


 傲慢な魔法使いが、前に進み出た。

 彼は立派な装飾の杖を掲げ、得意げに火炎魔法の詠唱を始める。


「燃え上がれ、光の――」


 杖の先端に、ソフトボール大の高熱の炎が灯った。

 監視室で水晶を見ていたグンツは、冷酷に呟いた。


「空気中に浮遊する可燃性の微粒子。圧力を逃がさない密閉空間。そして、十分な熱量を持った着火源。……条件は完全に揃った」


 魔法使いの杖から生じた炎が、空中に浮遊する高密度の小麦粉に引火した。

 その瞬間、極小の粒子が次々と連鎖的な急速燃焼を起こす。

 いわゆる粉塵爆発である。


 ドンッッッッッ!!!!!


 巨大な特級迷宮全体を揺るがすような、規格外の大爆発が巻き起こった。

 急激に膨張した燃焼ガスは行き場を失い、凄まじい爆風となって重厚な石の扉を粉々に吹き飛ばした。部屋の内部は一瞬にして数千度の超高温に達し、急激な酸素の消費により真空に近い状態が引き起こされる。


「ぎゃあああああっ!?」

「な、なんだこれはぁっ!? 魔王の魔法か!?」


 レベル45の彼らが誇る結界や防御力など、物理化学現象の前には何の意味もなかった。魔法結界は物理的な爆圧を防げず、分厚い重装鎧は彼らを守るどころか超高温を伝えるオーブンと化し、衝撃波は彼らの内臓を直接激しく揺さぶる。炎そのもののダメージよりも、肺の中の空気を奪う爆圧と酸欠が、彼らの体力を一瞬で極限へと叩き落とした。


 もうもうと立ち込める煙が晴れた後、そこには全身真っ黒に焦げ、自慢の鎧がひしゃげ、鼓膜が破れて血を流しながら無様に地を這う『白銀のペガサス』の姿があった。


「て、撤退だ……! 今すぐ帰還の転移石を使え!! こんな未知の超大魔法が飛び交う迷宮なんて、ギルドの資料には一言も書いてないぞぉぉぉっ!!」


 彼らは恐怖で半狂乱になりながら帰還の転移石を叩き割り、逃げるように人間界へと消え去った。


「……対象の完全離脱を確認。これで防衛完了だ」


 監視室で、グンツは酷く疲弊した体をパイプ椅子に深く沈み込んだ。


「きゃあああっ! グンツ、最高! やっぱりあなた天才ね!」


 ヴィオラが魔導板を抱きしめて歓喜の悲鳴を上げている。


「今の爆発の瞬間、監視水晶の映像を全部動画で撮ってたわ! これを魔界の動画サイトにアップすれば、莫大な再生数間違いなしよ! 題名は『高慢な勇者、謎の爆裂魔法でこんがりローストされる』で決まりね! 広告収入がっぽりよ!」


 リーゼロッテは、淡々とバインダーの用紙に数値を書き込んでいた。


「……素晴らしい。消費期限切れの小麦粉の費用、金貨0枚。対象がパニックで落としていった上質な銀の剣と高級ポーションの売却益、推定・金貨120枚。これほど少ない元手で大きな利益を出したのは、当迷宮でも過去最高の記録です。グンツさん、あなたの資金をやり繰りする手腕はもはや芸術的です」


「……うるさい。俺は疲れた」


 グンツは机に突っ伏し、かすれた声で言った。


「ヴィオラ……次に標的を決める時は、絶対に事前に稟議を通せ……勝手なことをするな。そしてリーゼロッテ、俺に至急……一番強い胃薬を出してくれ……」


 魔王軍の迷宮建築士の胃痛は、厄介な部下たちのせいで特級迷宮に着任して早々、さらに加速していくのだった。

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