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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第16話 テストプレイの限界

 特級迷宮『絶望の箱庭』の深層、第10層の統括管理室。

 大規模な再建プロジェクトが軌道に乗り、現場の職人たちにも活気が戻りつつある中、この部屋だけは少しばかり平和すぎる空気に包まれていた。


「ぐるるるぅ……っ」

「わふっ! わんっ!」


 部屋の隅で、二つの小さな毛玉が取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていた。

 一つは、以前の瓦礫の山から救出されたグレートピレニーズの子犬、ブラン。真っ白でフワフワの毛並みを持つ彼は、短い足を踏ん張って必死に威嚇のポーズをとっている。

 もう一つは、艶やかな漆黒の短い毛並みを持つ、ドーベルマンの子犬だった。ピンと立った耳と賢そうな顔立ちをしているが、まだまだ赤ん坊特有の丸みを帯びており、ブランの尻尾にじゃれついては元気よく飛び跳ねている。ブランのお気に入りのおもちゃをめぐる、微笑ましい縄張り争いだ。


「おいおい、お前ら。俺が削り出した木のおもちゃは2つあるだろうが。1つの骨を取り合って喧嘩するな」


 特級迷宮建築士のグンツは、図面から顔を上げて苦笑いした。

 漆黒のドーベルマンの子犬は、数日前に調達部のステラが「ブランの遊び相手がいないと可哀想でしょ?」と言って、人間の街の闇市からわざわざ保護してきたのだ。名前は、白のブランと対になるように「ノワール」と名付けられた。


「キャンッ!」


 ブランがノワールの上にのしかかろうとするが、身軽なノワールはクルリと寝返りを打ってそれを躱し、逆にブランのフワフワの耳を甘噛みする。ブランは「くぅ〜ん」と情けない声を出しながら、グンツの足元へと逃げ込んできた。

 白と黒の小さな命が全力でじゃれ合う様は、過酷な防衛戦線の最前線とは思えないほどの癒やし空間だった。


「……備品を壊さなければ、少々の喧嘩は大目に見ます。これも、将来の優秀な番犬になるための社会性訓練ですからね」


 いつもなら経費の無駄遣いに厳しい経理担当のリーゼロッテも、バインダーで口元を隠しつつ、その瞳はすっかり優しく細められていた。完全に子犬たちの魅力に骨抜きにされている。


「すっかり和んでるところ悪いが、そろそろ仕事の時間だ。第13層の新エリアの基礎工事と罠の設置が完了した。これから最終テストに入る」


 グンツは愛用のヘルメットを被り、図面ケースを背負って立ち上がった。

 ガルシア商会から無償提供された潤沢な資材と重機のおかげで、彼の建築スピードは飛躍的に向上していた。予算の枷が外れたことで、彼の中に眠っていた『職人としてのタガ』が完全に外れてしまっていたのだ。


★★★★★★★★★★★


 第13層に降り立ったグンツとリーゼロッテの目の前には、異様な光景が広がっていた。

 幅30メートル、奥行き50メートルの巨大な密室。壁も床も天井も、極厚の高純度魔導コンクリートで隙間なく固められており、アリ一匹逃げ出す隙間もない。


「グンツさん、このエリアの防衛ギミックはどのようなものですか?」


「あぁ。名付けて『絶対粉砕・灼熱プレスルーム』だ。今回は、あえてドロップ品の回収を度外視して、この迷宮で出せる『最大火力』のテストを行おうと思う」


「最大火力のテスト、ですか?」


 リーゼロッテが少しだけ怪訝な顔をした。


「ああ。最近の勇者どものチートスキルは底知れないからな。まずはどんな理不尽な防御力でも絶対に貫通する『オーバースペックな殺意』の限界値を割り出しておく。そこから、勇者の命だけを奪い、装備品は無傷で残るラインまで威力を逆算して『引き算』していくんだ。最初から手加減して作った罠じゃ、いざという時に火力が足りなくなるかもしれないからな」


 グンツは得意げに起動盤を指差した。


「侵入者が部屋の中央に進むと、前後の分厚い鉄扉が完全にロックされる。そして、天井に仕込んだ超重量の油圧式プレスマシンが、数万トンの圧力で床に向かって降下してくる。同時に、左右の壁からは数千度に達する高熱のプラズマバーナーが放射され、床面からは超振動する無数の回転刃が飛び出す。上から押し潰し、横から焼き尽くし、下から切り刻む。これが当迷宮の最大火力、完璧なキルゾーンだ」


「……素晴らしい、暴力です」


 音もなく、二人の背後の影から一人の少女が現れた。

 魔王軍品質保証部の首席迷宮検証官、吸血鬼のクロエだ。彼女は漆黒のテスト用ジャケットを羽織り、焦点の定まらない漆黒の瞳で巨大なプレスルームを恍惚と見上げていた。


「グンツさんの、一切の妥協を許さない純粋な殺意の結晶……。この部屋の空気だけで、私の細胞が歓喜に震えています。……早く、私を中に入れてください」


「クロエ、今回は本当に危ないぞ。前回の針の山とは威力の次元が違う。俺も少しやりすぎたかもしれないと思っている。万が一、お前の再生能力でも追いつかなかったら……」

「……愚問、です。私の仕事は、その『万が一のバグ』を見つけること。それに……」


 クロエの唇から、鋭い犬歯がわずかに覗く。


「……私の超速再生は、魔王様にも劣りません。この程度の物理破壊で、私が死ねるはずがありません。……開始、してください」


 彼女は迷うことなく、死の密室の中央へと軽やかな足取りで歩いていった。

 グンツはため息をつき、起動盤のレバーに手をかけた。


「……死因記録の計測、開始するぞ。スイッチ」


 ガチャンッ!

 重厚な金属音が響き、前後の鉄扉が完全に封鎖された。

 直後、部屋の内部は文字通りの地獄と化した。


 ゴオォォォォォォッ!!

 左右の壁から、目を焼くような青白いプラズマの炎が放射され、クロエの体を瞬時に業火で包み込む。さらに足元からは、凄まじい駆動音と共に超振動刃が飛び出し、彼女の足を容赦なく切り刻む。

 そして頭上からは、数万トンの質量を持つコンクリートの巨大な天井が、ギシギシと絶望的な音を立てて落下してきた。


「あぁっ……! ぐっ、あぁぁぁっ……!!」


 分厚い防弾ガラスの向こう側から、クロエの絶叫が響き渡った。

 それは苦痛による悲鳴ではなかった。自身の肉体が限界を超えて破壊されていくことに対する、狂気的な歓喜の絶叫だ。

 プラズマで肉が炭化し、回転刃で骨が砕かれ、その直後に吸血鬼の能力で再生する。しかし、再生した端からさらに強力な破壊が彼女の肉体を蹂躙していく。


「……す、素晴らしいぃっ!! 再生が……私の再生速度が、破壊の熱量に追いつかないぃっ……!!」


 クロエの声が、かつてないほどに歓喜で震えていた。

 だが、その声を聞いたグンツの顔からは、サッと血の気が引いた。


「おい、冗談だろ!? 吸血鬼の超速再生を上回るダメージ速度だと!? このままプレス機が下まで降り切ったら、逃げ場のない超高温と圧力で、細胞の一つすら残らず完全に消滅してしまうぞ!」


 グンツは慌てて起動盤に飛びつき、緊急停止の赤いボタンを力任せに叩き込んだ。


 ギィィィィンッ!!

 不快なブレーキ音と共に、天井の降下がギリギリのところで停止し、プラズマバーナーの炎が消え去った。

 分厚い防弾ガラスの向こうには、黒焦げの肉片と瓦礫の山しか残されていなかった。


「クロエ!」


 グンツが鉄扉のロックを解除して駆け込むと、床の上の黒い灰の中から、ボコボコと肉が泡立つようにしてクロエの体が辛うじて再構築されていくところだった。

 数分かけてなんとか元の姿に戻った彼女は、呼吸を荒げ、かつてないほどに疲弊しきっていた。しかし、その瞳だけは不満げにグンツを睨みつけていた。


「……なぜ、止めたんですか、グンツさん。あと数秒で……プレス機が床に到達していれば、私は、私の細胞は完全に焼き尽くされて……念願の『完璧な死』を迎えられたのに……っ!」


「馬鹿野郎! テストプレイでテスターが消滅してどうする! お前が死んだら、誰が死因データをまとめるんだ!」


 グンツが本気で怒鳴りつけると、クロエはしゅんと肩を落とした。


「……申し訳ありません。あまりの威力の美しさに、我を忘れてしまいました。……ですが、検証結果は出ました。この罠の致死率は、完全なる100パーセントです。いかなる防御スキルや再生スキルを持った勇者でも、絶対に生還できません。……最高傑作です」


 クロエが恍惚としながら太鼓判を押す。

 しかし、その背後で、冷酷な計算音が響いた。


「……素晴らしい火力ですが、実戦投入の前に『引き算』の工程に移行していただきますよ、総監督」


 リーゼロッテが、クロエが立っていた焼け焦げた床を指差した。

 そこには、クロエがテストのために着ていた魔力計測用の特殊ジャケットはおろか、テスト用に持ち込ませていた頑丈なミスリル製のダミー剣すらも、完全にドロドロに溶け、原型を留めない灰と化していた。


「この超高温のプラズマと数万トンの粉砕プレスを前にして、勇者が落とすはずの『装備品』や『魔石』、そして『金貨』が、無傷で残ると思いますか? すべてがチリや灰になって消滅します。勇者を殺しても、売却できるドロップ品が一切回収できなければ、我々の得られる利益はゼロです」


「ああ、わかっている。最大火力のデータは十分に取れた。ここからが本番だ。罠の威力を再調整する」


 グンツは深く頷き、すぐに図面と起動盤に向かい合った。


「プラズマバーナーは廃止だ。代わりに、セリアの作った『絶対零度のゼリー』を応用した急速冷凍ガスを充満させる。超低温で金属の強度を下げた上で、天井からのプレスの荷重を数万トンから、人間一人の骨を砕くのに必要十分な『数トン』まで大幅に下げる。回転刃も撤去し、代わりに床面をスライムプールのダストシュートに直結させる」


 グンツの頭の中で、完璧な計算式が組み上がっていく。


「これで、利益率と殺傷力を両立させた『難易度の黄金比』の完成だ」


「……素晴らしい修正案です。それならば、魔力燃料費も事前の見積もりの10分の1に抑えられます。さすがは総監督ですね」


 リーゼロッテが満足げにバインダーに数値を書き込む横で、クロエだけが酷く残念そうに瞳を伏せていた。


「……威力が大幅に下がってしまうのですね。せっかくの完璧な死の美学が薄れてしまって、私の細胞が深く悲しんでいます……。もっと、私を理不尽に壊してほしかったのに……」


「文句を言うな! テストプレイのやりすぎで死に急ぐ奴があるか!」


★★★★★★★★★★★


 数時間後。

 難易度の黄金比へと再調整された第13層の新エリアに、レベル60を超える高位の勇者パーティが足を踏み入れた。

 鉄扉が閉鎖され、急速冷凍ガスが部屋を満たす。超低温によって彼らの動きが鈍り、防具の金属結合が脆くなったところへ、正確に計算された数トンの圧力が天井からゆっくりと降下してくる。


「な、なんだこの寒さは! 体が動かない! うわぁぁぁっ、天井が……っ!」


 彼らは過剰な苦痛を味わう暇すら与えられず、氷点下の世界で静かに、そして確実に圧死させられた。

 罠の発動後、床が観音開きに開いてダストシュートが作動する。

 先日、第10層からさらに数十層の深さまで掘り下げて拡張しておいた『自動循環型・死体処理システム』の縦穴へと滑り落ちた彼らの遺体は、一番底で待機している清掃特化型スライムたちによって瞬時に浄化され、彼らが身につけていた希少な魔法金属の防具や大量の金貨は、凍結されて無傷のまま、自動洗浄シャワーを経て監視室の回収部屋へと届けられた。


「……対象の全滅を確認。これで防衛完了だ」


 監視室のパイプ椅子で、グンツは誇らしげに宣言した。


「決算報告をします。魔力燃料費を極限まで抑えつつ、対象のドロップ品を無傷で完全回収することに成功しました。推定売却益、金貨400枚。今回も圧倒的な利益率です」


 リーゼロッテが、ピカピカに磨かれた高級な魔導杖を手に取りながら微笑む。

 グンツもまた、職人としての冷静さを取り戻し、満足げにコーヒーを飲んだ。


「……くぅ〜ん」

「わふっ!」


 足元を見ると、遊び疲れたブランとノワールが、グンツの安全靴に挟まるようにして、白と黒の毛玉をくっつけ合ってスヤスヤと眠っていた。つい先程までおもちゃを取り合っていた二匹だが、寝る時はとても仲良しだ。


「どんなに強力な重機や資材があっても、それを扱う人間の頭が冷えてなきゃ意味がないってことだな」


 グンツは二匹の子犬の頭を優しく撫でながら、特級迷宮建築士としての『黄金比』の感覚を、二度と忘れないよう心に刻み込むのだった。

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