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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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第14話 労基署の逆襲

 特級迷宮『絶望の箱庭』の深層、第10層の統括管理室。

 ガルシア商会から無償で提供された潤沢な資材と大型魔導重機により、第11層以降の再建プロジェクトは驚異的なスピードで進行していた。だが、どんなに重機が優秀であろうとも、現場を指揮する特級迷宮建築士のグンツにとって、質の高い食事による確実な栄養補給こそが、すべての過酷な労働を支える絶対的な基礎であった。


「……肉団子のタネは、こんなものか」


 グンツは厨房スペースに立ち、袖をまくり上げて大きなボウルの中で鶏挽肉を力強く捏ねていた。

 そこへ、細かく刻んだ『クワイ』をたっぷりと練り込む。クワイ特有のシャキシャキとした心地よい食感が、淡白になりがちな鶏肉に極上のアクセントを生むのだ。一口大に丸めた肉団子を、魔力コンロで高温に熱した油へ投入し、表面がカリッと黄金色になるまで揚げる。

 別鍋で、東方の魔界から取り寄せたコクのある黒酢をベースに、醤油と砂糖で甘酢を作り、とろみをつける。そこへ揚げたての肉団子を放り込み、手早く煽る。照り輝く特製の黒酢あんが肉団子に完璧に絡みつき、『鶏挽肉のクワイ入り肉団子黒酢あんかけ』の完成だ。


 これだけでは終わらない。

 隣のコンロの大鍋では、乱切りにした根菜と魔獣の鶏肉をごま油でしっかりと炒め、濃厚な出汁でじっくりと煮含めた『筑前煮』が湯気を立てている。

 さらに、調達部のステラが港町から仕入れてきた新鮮なイカを使った、ねっとりと濃厚な自家製の『塩辛』。

 小鉢には、よくかき混ぜた納豆にたっぷりの刻み万能ネギを乗せ、仕上げに南方の魔界群島で採れる香辛料を漬け込んだ特産品『石垣ラー油』を垂らす。ラー油の香ばしい辛味とザクザクとした具材の食感が、納豆の旨味を爆発的に引き上げる魔法の薬味だ。

 最後は、磯の香りが漂う温かい『もずくの味噌汁』を添える。


「完璧な和の定食だ。リーゼロッテ、飯にするぞ」


 プロの料理人顔負けの手際で定食を配膳すると、デスクで書類の山と格闘していた経理担当のリーゼロッテが、ふわりと漂う黒酢と出汁の香りに顔を上げた。


「素晴らしい手際ですね。頂きます。……んっ、この肉団子、クワイの歯応えが絶妙です。黒酢の酸味が疲れた体に染み渡りますね。それに、このラー油入りの納豆もご飯が進みます」

「ああ、しっかり食って体力をつけろ」


「わふっ! くぅ〜ん!」


 足元では、真っ白な毛玉であるグレートピレニーズの子犬、ブランがちぎれんばかりに尻尾を振っていた。グンツはブラン用の木皿に、味付けをしていない柔らかい茹で鶏と野菜を細かく刻んで与えてやる。ブランは一心不乱にそれに食らいつき、あっという間に平らげてしまった。


 食後。グンツが豆から丁寧に挽いた熱いコーヒーを淹れ、ステラからの差し入れであるほろ苦い高級なチョコレート菓子を少々つまみながら一息ついていると、重厚な鉄扉が規則正しいリズムでノックされた。


「入るぞ」


 コツ、コツと硬質な足音を響かせて現れたのは、漆黒のタイトな軍服風スーツを隙なく着こなした長身の女性だった。魔王軍人事部の首席人事監査官であり、魔王軍の法令順守の鬼と呼ばれる竜人族、ゼノビアだ。


「ゼノビア……お前がここに来るということは、また何か労働環境に問題があったのか?」


 グンツが警戒して身構えると、ゼノビアは冷たく光る金色の爬虫類眼で彼を見据えた。

 グンツはふと、彼女の視線が厨房の方へ向いているのに気づいた。


「……ちょうど定食の余りがある。話の前に食っていくか?」

「では、お言葉に甘えさせていただきます。監査官といえど、腹は減りますので」


 ゼノビアはあっさりと頷き、用意された定食を驚くほど上品かつスピーディーに平らげた。食後のコーヒーを飲み終えると、彼女は表情を引き締め、分厚い監査用の魔導書を開いた。


「ご馳走様でした。素晴らしい食事です。……さて、本題に入りましょう。第10層までの防衛設備が完璧に機能し、連日押し寄せる勇者たちを次々と撃退している防衛実績そのものは、高く評価しています。……しかし、問題はその罠が発動した後の『事後処理』です」


 ゼノビアの指摘に、グンツは小さく息を吐いた。


「粉塵爆発、強酸の豪雨、ガス爆発。あなたが構築した罠の威力が強すぎるがゆえに、罠が発動した後の現場は凄惨を極めます。焼け焦げた肉片、溶けた武具、泥と血にまみれた残骸。それらを一つ一つ手作業で片付け、再利用可能な装備品を分別する『清掃作業』が、現場のオークやゴブリンたちに多大な負担を強いているのです。彼らの精神的なストレス値は急激に上昇しており、腐敗臭や感染症のリスクも無視できません」


「……あぁ、わかっている。いずれお前からその指摘が入ると思っていた」


 グンツは目を逸らすことなく、真っ直ぐにゼノビアを見返した。


「罠の構築と下層エリアの再建工事を優先せざるを得ず、最も泥臭い事後処理の作業環境改善が後回しになってしまっていた。現場の責任者として、部下に辛い思いをさせていることは重々承知している。だが、解決策の準備はすでに進めてある」


「ほう。外部の清掃業者に委託するような予算は、この迷宮には金貨1枚もないはずですが?」


 リーゼロッテが眼鏡のブリッジを押し上げ、不思議そうに首を傾げた。


「あぁ、人件費は一切かからない。俺がこの迷宮の構造そのものを改造し、完全に自動化された『究極のホワイトな清掃システム』を構築する。……ちょっと現場に付き合ってくれ」


★★★★★★★★★★★


 グンツが向かったのは、第1層から第10層までの罠が密集する各防衛エリアだった。

 彼は右目を青白く光らせ、《構造解析》のスキルを発動する。すべての罠の配置と、その直下の地脈構造が脳内に立体的に展開されていく。


「どんなに凄惨な現場でも、人間の死体は有機物であり、残された鎧や剣は無機物だ。これを安全かつ全自動で分別処理できればいい。俺たちには、優秀な清掃員がいるだろう?」


 グンツは各防衛エリアの床に《即時建築》の魔法を放った。

 ズゴゴゴゴッ、という地鳴りと共に、罠の仕掛けられた床の一部が滑らかな急傾斜を持つ『ダストシュート』へと変形していく。粉塵爆発の部屋も、酸の通路も、すべての死地から真っ直ぐに地下へと続く太い滑り台のような管が構築された。

 そして、それらの管はすべて、第10層の奥に新設した巨大な『処理プール』へと繋がっている。


「グンツさん、いくらなんでも、あの上層の階層から数十キロもある重装鎧や剣を直接このプールに落下させたら、下にいる清掃員が潰されて死んでしまいますよ!」


 リーゼロッテが慌てて指摘する。


「安心しろ、俺がそんな危険な欠陥工事をするわけがないだろう」


 グンツはダストシュートの内部構造を指差した。


「管の内部には、何重もの緩やかな減速用スロープと、衝撃を完全に吸収する特殊な魔力クッション壁を設けてある。どんなに重い金属の塊が落ちてこようと、プールの水面に到達する頃には、羽根のようにふんわりと着水する安全設計だ。俺の部下に怪我はさせない」


 グンツが巨大なプールに注ぎ込んだのは、半透明の青色をした無数のスライムたちだ。

 彼らは強酸スライムのように金属を溶かすほどの攻撃性はないが、血肉や泥、汚物といった有機物を驚異的な速度で消化・分解し、純粋な魔力水へと浄化する特性を持っている。


「以前、辺境ダンジョンにいた頃から俺の現場で働いてくれている、あの優秀な清掃特化型のスライムたちだ。彼らをこの第10層の奥にある安全で魔力の豊富な部屋で、時間をかけて少しずつ繁殖させておいたんだ。数も十分に増えたし、そろそろ実用化できる。これなら追加の予算は金貨0枚だ」


 グンツは、処理プールの構造をさらに細かく調整していく。


「プールに安全に落ちてきた有機物は、スライムたちが喜んで残さず食べてくれる。彼らにとっては極上のご馳走だ。そして、スライムが消化できない無機物……つまり、金貨に変えられる装備品や魔石だけが、プールの底に綺麗に洗浄された状態で沈む仕組みだ」


 さらにグンツの魔法は続く。

 プールの底をすり鉢状にし、そこから地下水脈の清らかな水を引き込んだ自動洗浄シャワーの通路を接続する。シャワーを抜けた先には、魔力で自動駆動するベルトコンベアが設置され、それが一直線に監視室の隣に設けた『安全な回収部屋』へと伸びていた。


「これで完成だ。名付けて『スライムによる自動循環型・死体処理システム』」


 グンツが誇らしげに腕を組むと、視察に同行していたゼノビアとリーゼロッテは、あまりの完成度の高さに目を丸くした。


★★★★★★★★★★★


 数日後。

 ヴィオラの流した噂に釣られ、中堅の冒険者パーティが第2層の粉塵爆発トラップに引っかかり、無惨に吹き飛ばされて全滅した。

 直後、部屋の床がパカリと開き、黒焦げになった残骸とドロップ品がダストシュートへと吸い込まれていく。

 それらは何重もの安全な減速スロープを経て、第10層の処理プールへとふんわりと着水する。待機していた清掃スライムたちが瞬時に群がり、不要な汚れを跡形もなく浄化してしまう。

 残された立派な魔法金属の剣や金貨の入った袋は、プールの底から自動洗浄シャワーを通ってピカピカに磨き上げられ、ベルトコンベアに乗ってガタゴトと回収部屋へと運ばれてきた。


「……信じられません。臭いも汚れも一切ない、完全に無菌化された状態のドロップ品が、自動でここまで運ばれてくるなんて……」


 リーゼロッテが、回収ボックスに落ちてきたピカピカの銀剣を手に取り、震える声で呟いた。


「これなら、オークたちは清潔な部屋で、綺麗な武器を木箱に詰めるだけの『簡単な軽作業』で済みます。凄惨な死体を見る精神的ストレスも皆無です。おまけに、スライムが吐き出した浄化水は地下水脈に還るという、完璧な環境配慮の循環システム……」


 再度の視察に訪れていたゼノビアもまた、魔導書の数値を何度も確認し、感嘆の息を漏らした。


「……現場のストレス係数は完全にゼロに改善されました。労働環境は、魔王軍本部すら凌駕するほどの最高レベルのホワイト水準を達成しています。グンツ、あなたの部下を思う建築能力の応用力には、人事部としても脱帽するしかありません」


 ゼノビアが深く頭を下げると、グンツは照れ隠しにヘルメットの鍔を下げた。


「ただの土木と配管工事の応用だ。これで、オークたちに過酷な清掃作業をさせずに済む。文句はないな?」


「ええ。今回の事後処理における監査は、最高評価でパスとさせていただきます。……それと」


 ゼノビアはスッとグンツの前に歩み寄り、少しだけ金色の瞳を和らげて囁いた。


「……先日の視察の際にいただいた、鶏挽肉の黒酢あんかけ、とても美味しかったです。もしよければ、今度レシピを教えていただけませんか?」


「あぁ、いつでも教えるぞ。クワイの刻み方がコツだからな」


 グンツが笑って答えると、足元のブランが「わふっ」と元気よく吠えた。

 特級迷宮の防衛と再建は、ただ敵を殺すだけでなく、そこで働くすべての者たちの環境を守る戦いでもある。迷宮建築士の徹底した現場主義は、部下たちの命と心を守りながら、今日も絶望の箱庭をより強固な要塞へと進化させていくのだった。

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