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迷宮建築士の防衛戦記 ~勇者を殺すダンジョンを造れと言われましても~  作者: 伊達ジン


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13/19

第13話 空を飛ぶ勇者

 特級迷宮『絶望の箱庭』の深層、第10層の統括管理室。

 前回のステラによる悪魔的な契約交渉のおかげで、迷宮の再建プロジェクトは劇的な進展を見せていた。

 無償で提供された最高品質の魔導コンクリートと大量の資材、そして人間界からリースされた最新型の大型魔導重機。これらが投入されたことで、第11層以降の崩壊寸前だったエリアの解体と基礎工事は、オークたちに無理な労働を強いることなく、安全かつ迅速に進められていた。新しい重機が唸りを上げ、劣悪だった水脈のパイプが次々と最新の魔導配管に置き換えられていく。職人たちにとって、潤沢な資材と機材が揃った現場ほどモチベーションが上がるものはない。


 現場の指揮を執る特級迷宮建築士のグンツは、シフト制の合間の短い休憩時間を、統括管理室の隅に設けた特製の厨房スペースで過ごしていた。


「……よし、鉄鍋の温度は完璧だな」


 グンツは袖をまくり上げ、魔力コンロの火力を最大まで引き上げた。

 十分に熱した分厚い中華仕様の鉄鍋に、香りの良いネギ油をなじませる。白煙がうっすらと上がった完璧なタイミングで、細かく刻んだ自家製の魔獣肉のベーコンを放り込む。

 ジュワァァッ! という爆ぜるような食欲をそそる音と共に、桜のチップでじっくりと燻製された肉の香ばしい脂がジュワッと溶け出していく。すかさず、みじん切りにした新鮮な白ネギと、賽の目に切った乾燥椎茸を投入する。椎茸はあらかじめ一晩かけて冷水で戻し、たっぷりと魔力を含ませており、山の恵みとアミノ酸の旨味が極限まで凝縮されていた。


 具材が脂を吸い込み、たまらない香りが立ったところで、あらかじめ少し硬めに炊き上げておいた麦飯を豪快に投入する。

 ここからが迷宮建築士にして現場の料理長であるグンツの腕の見せ所だ。彼はズシリと重い鉄鍋を軽々と片手で煽り、もう一方の手に持ったお玉の背でご飯を切るように素早く炒めていく。カン、カン、というリズミカルな金属音が室内に響き渡る。強火の魔力コンロの上で、米粒の一つ一つがベーコンの極上の脂と具材の旨味で均一にコーティングされ、見事な黄金色に輝いてパラパラと宙を舞う。


「仕上げの隠し味だ」


 グンツは焦がさない絶妙なタイミングで、鍋肌に沿わせるように、東方の魔界から取り寄せた熟成された『黒酢』をタラリと回し入れた。

 高熱に熱された鉄肌に触れた黒酢が一瞬で蒸発し、特有の芳醇な酸味と深いコクが炒飯全体をふんわりと包み込む。中華の技法を取り入れたこの一手間が、肉の脂のしつこさを完全に消し去り、食欲を無限に掻き立てる魔法の一滴となるのだ。

 プロの料理人顔負けの鮮やかな手つきで、シンプルにして至高のパラパラ黒酢炒飯が完成する。


「……くぅ〜ん!」


 足元で、真っ白な毛玉が尻尾をちぎれんばかりに振っていた。

 グレートピレニーズの子犬、ブランだ。彼は短い前足をグンツのエプロンにかけ、おこぼれを貰おうと必死に背伸びをしている。キュンキュンと甘えるような高い声を出して、黒くてつぶらな瞳でグンツを見上げていた。


「お前には香辛料が強すぎる。こっちの味付け前の茹で肉を食ってろ」


 グンツが別鍋でじっくりと煮込んでいた柔らかい無塩の肉を皿に入れて冷ましてから与えてやると、ブランは夢中になって食らいついた。くちゃくちゃと音を立てて食べる姿は、見ているだけで心が和む。


「……信じられないほど良い匂いがしますね」


 鉄扉が開き、書類の束を抱えた経理担当のリーゼロッテが入ってきた。

 莫大な負債が消え、資材も潤沢にあるおかげで、最近の彼女はいくぶんか精神に余裕があるように見えた。


「出来立てだ。食うか?」

「頂きます。……んっ、美味しい……! 黒酢の爽やかな酸味が絶妙で、いくらでも食べられそうです」


 リーゼロッテが上品に、しかし恐ろしいスピードで炒飯を口に運んでいると、またしても鉄扉が勢いよく開いた。


「大変よグンツ! 今すぐ監視水晶を見て!」


 広報担当のサキュバス、ヴィオラが血相を変えて飛び込んできた。


「なんだ、またお前が変な噂を流して厄介な勇者を釣ってきたのか」

「違うわよ! 今回は何もしてないのに、勝手に変な奴らが防衛ラインを突破してきているの!」


 グンツは炒飯を飲み込み、急いで監視水晶の前に立った。

 水晶には、前任者の手抜き工事のせいで基礎から造り直すことになった、現在まだ本格的な工事の入っていない第11層の広大な洞窟エリアの様子が映し出されていた。そこには、軽装の魔法合金の鎧を着た3人組の勇者パーティの姿があった。

 だが、彼らは地面を歩いていなかった。


「なっ……あいつら、宙に浮いているぞ!?」


 グンツは目を疑った。

 勇者たちは、背中に半透明の光の翼のようなものを展開し、地面から数メートルの高さを悠々と滑空していたのだ。足元のぬかるみも、崩れかけた岩盤も、彼らには全く関係ない。


「ギルドのデータと照合しました」


 リーゼロッテがバインダーを素早くめくる。


「彼らは『天翔ける風』と呼ばれるパーティです。リーダー格の男が持つ固有スキル《飛行》によって、パーティ全員が重力を無視して空を飛ぶことができます。レベル自体は30程度と大したことはありませんが、機動力においては極めて厄介な相手です」


「厄介どころの話じゃないぞ! 落とし穴も、摩擦ゼロの滑り台も、強酸の水路も、空を飛ばれちゃ何の意味もないじゃないか! 物理法則である重力を無視するなんて、ルール違反にも程がある!」


 グンツは苛立ちのあまり、ヘルメットを机に強く叩きつけた。いくら完璧な死の動線を引こうが、床に触れない相手には発動すらしない。


「……あら、空を飛ぶ小鳥さんを落とすなら、ぴったりの素材がありますわよ?」


 部屋の隅の影から、研究開発部のセリアが白衣を翻して現れた。

 彼女は自分の開発した発明品が使えそうな状況に、目を輝かせていた。


「セリア、何か手があるのか?」


「ふふふっ、これをご覧ください。私の《魔導錬成》のスキルが生み出した新作、『自己増殖ワイヤー』ですわ!」


 セリアが取り出したのは、ガラスの小瓶に入った、髪の毛よりも細い銀色の糸だった。瓶の中で鈍い光を放っている。


「この極細の金属糸は、少しでも傷をつけられたり切断されたりすると、周囲の魔力を急激に吸収して、瞬時に2本、4本、8本と細胞分裂のように爆発的に増殖する特性を持っていますの。空を飛ぶ勇者様が邪魔な障害物だと思ってこれを剣で斬り払おうとすればするほど、ワイヤーは無限に増殖し、彼らの体に絡みついて身動きを完全に封じてしまいますわ!」


「なるほど、斬れば斬るほど増える拘束具か。素晴らしい発想だ」


 グンツは感心して深く頷いたが、すぐに現場の図面を開いて眉をひそめた。


「だが、現在彼らがいる第11層や、その下の第12層への連絡通路は、天井までの高さが20メートル以上ある広大な洞窟だ。いくら自己増殖するとはいえ、あんな広い空間に細いワイヤーを少し張った程度じゃ、空を飛ぶ機動力で簡単に隙間を抜けられてしまうぞ。増殖する前に躱されれば意味がない」


「そこは特級迷宮建築士の腕の見せ所ではありませんこと? 今はステラ様のおかげで、資材はいくらでもありますもの」


 セリアの言葉に、グンツの口角が吊り上がった。


「……そうだな。俺としたことが、予算不足の癖が抜けていなかった。資材があるなら、空間の広さなど力技でどうにでもなる」


 グンツは右目を青白く光らせ、《構造解析》のスキルを発動した。第11層から第12層へ続く連絡通路の構造データが脳内に展開される。


「ヴィオラ、奴らが第12層に降りてくるまでの予測時間は?」

「空を飛んでるから移動が速いわ。あと15分ってところね。今のうちにショートカットしてくるつもりよ」

「十分だ。リーゼロッテ、備蓄庫から最高純度の魔導コンクリートと、セリアのワイヤーを全量、第12層への連絡通路に転送してくれ。大至急だ」


 グンツは即座に立ち上がり、愛用のヘルメットを被って現場へと向かった。


★★★★★★★★★★★


 15分後。

 『天翔ける風』の3人組は、余裕の表情で宙を舞いながら第11層を突破し、第12層へと続く大通路に到達した。


「はっはっは! 魔王軍の特級迷宮と聞いて警戒していたが、足元の罠など空を飛べる俺たちの前ではただの飾りだな!」


 リーダーの剣士が、眼下に広がる崩れかけた不気味な底なし沼を嘲笑いながら、全く意に介さずに飛び越えていく。


「このまま一気に最深部まで飛んで、宝を根こそぎ頂いていこうぜ!」


 彼らはそのまま、第12層へと繋がる通路へと侵入した。

 しかし、通路に入った直後、彼らは奇妙な違和感に気づいた。


「……おい、なんだこの通路。やけに天井が低くないか?」


 つい先程まで見上げるほど高かった岩肌の天井が、この通路だけ極端に低く、地面からわずか3メートルほどの高さしかなかったのだ。しかも、天井と床は真新しい、継ぎ目のない滑らかな魔導コンクリートで完全に固められている。


 監視室の水晶越しに、グンツが冷酷に呟いた。


「潤沢な資材と俺の《即時建築》の魔法を使って、通路の上下を分厚いコンクリートのブロックで埋め尽くしたんだ。お前らの最大の武器である『空を飛ぶ空間』そのものを、物理的に圧殺してやったのさ」


 天井が低いため、彼らは大きく上昇して回避行動をとることができない。

 さらに、彼らの行く手を阻むように、通路の暗闇の中に無数の銀色の細い糸が、蜘蛛の巣のようにびっしりと張り巡らされていた。


「ちっ、こんな細い糸の罠など、俺の剣でまとめて斬り払ってやる!」


 リーダーの剣士が飛行の勢いを殺さず、腰から抜いた長剣で前方のワイヤー群を力任せに薙ぎ払った。

 鋭い刃が極細のワイヤーを易々と切断する。


「他愛のない……なっ!?」


 次の瞬間、切断されたワイヤーの断面から青白い魔力が迸り、セリアの言葉通り、糸が一瞬にして細胞分裂のような爆発的な増殖を始めた。


「なんだこれは!? 斬った端から増えていくぞ!」


 増殖したワイヤーは生き物のように蠢き、飛行の勢いで突っ込んできた剣士の手足や翼に容赦なく絡みついた。


「くそっ、離れろ!」


 後続の魔法使いがワイヤーを焼き払おうと強力な火炎魔法を放つが、魔力を吸収して増殖するセリアの特製ワイヤーは、その炎の魔力すらも養分にしてさらに強固に太く、そして密に増殖していく。


「バカな、炎が効かない!? しかも魔法を使えば使うほど糸が増えていくぞ!」

「上に逃げろ! ……ダメだ、天井が低すぎてこれ以上上がれない!」


 天井を極端に低く制限された空間。そして、もがけばもがくほど増殖し、魔力すらも吸収する物理的な拘束網。

 空を飛ぶ機動力を完全に封殺された彼らは、もはや身動き一つ取れない巨大な蜘蛛の巣にかかった蝶に過ぎなかった。


「い、息が……糸が首に……っ!」


 全身を隙間なくワイヤーで雁字搦めにされた勇者たちは、飛行スキルを維持する集中力すら奪われ、成す術もなくコンクリートの床へと墜落した。

 彼らはもはや、剣を振るう空間すら奪われ、窒息の恐怖に怯えるしかなかった。これ以上の進行は不可能だと悟った彼らは、ワイヤーの隙間からなんとか指先だけを動かし、涙目で帰還の転移石を叩き割った。

 淡い光と共に、彼らの姿が迷宮から完全に消え去る。


★★★★★★★★★★★


「……対象の完全離脱を確認。これで防衛完了だ」


 監視室で、グンツはコーヒーの入ったマグカップを手に取り、深く息を吐いた。


「素晴らしい連携でしたわね、グンツ様! 私のワイヤーの特性と、あなたの地形操作が見事に噛み合いましたわ!」


 セリアが白衣をパタパタと揺らして大喜びしている。その横で、リーゼロッテも監視水晶の映像を見て感心したように頷いた。


「それにしても、あの広大な通路の空間を、一瞬でコンクリートで埋め尽くして天井を低くするなんて……。資材さえあれば、グンツさんの建築能力は本当に規格外ですね」


 リーゼロッテはバインダーを開き、テキパキと数値を書き込む。


「決算報告をします。今回使用した魔導コンクリートは、すべてガルシア商会からの無償提供分から捻出しました。また、自己増殖ワイヤーの素材は、以前の防衛で回収したジャンク品の武器をセリアさんが錬成し直したものですので、どちらも実質金貨0枚です。対して、対象がワイヤーの圧力で落としていった高級魔導具の推定売却益は、金貨150枚。……今回も完璧な利益率です」


「まぁ、上出来だな。資材をケチらずに思い切り建築ができるってのは、職人にとってこれ以上ない喜びだ」


 グンツは満足げに笑い、残っていた冷めた炒飯を口に運んだ。

 足元では、満腹になったブランが幸せそうに腹を出して眠っている。


 予算不足という最大の枷から解き放たれた特級迷宮建築士は、各部署のプロフェッショナルたちが生み出す狂気の素材を武器に、さらなる絶望の迷宮を組み上げていく。

 どんな理不尽なチートスキルを持った勇者であっても、彼が構築する物理法則と緻密な建築の前には、ひれ伏すしかないのである。

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