5.5話 大江の回想
---大江 和の話---
自分は生粋のおばあちゃんっ子だ
というより正しくは両親が居ない
自分が4歳くらいの頃に事故で亡くなったそうだ
仏壇にはまだ若い両親の遺影が飾ってある
あまり両親の記憶は無く、寂しいと感じたこともない
毎朝手を合わせる遺影を見ても、若くに亡くなって可哀想だなと、どこか他人事のような感想が浮かぶ
「和、朝ごはんだよ」
おばあちゃんはまだ元気で、毎日ご飯を作ってくれる
とてもありがたいことだし、この生活で満足している
小さい頃は、寂しくないようにか
それとも両親の顔を忘れないようにか
おばあちゃんはよくアルバムを見せてくれた
でも自分にとっては今のままで満足しているので、今更両親の話をされても困る、と可愛げのない事を言ってから棚の奥にしまわれている
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中学3年生になった
そろそろ進路を決める時期だが、自分は中卒で働こうと思っていた
そこまで成績が良い訳ではないし、今はおばあちゃんの年金で暮らしているようなものなので、少しでも楽させてあげたかった
おばあちゃんは膝が悪く、三者面談に来られなかったので、進路の話は自分1人で進めていた
「和、進路はどうするんだい?」
いつも笑顔で優しいおばあちゃんの声が、いつになく真剣だった
「働くつもりだよ。ばあちゃん、どこかツテとかある?」
縁故採用はずるい気もしたが、その方がおばあちゃんに何かあった際に休みやすいかなと考えていた
「あんたは大学まで進学しなさい」
ピシャリと言われた
まさかそんな事を言われるなんて思ってもみなかったので狼狽える
「そんなお金も学も無いよ。別にばあちゃんを心配して、とかじゃ無いよ。俺が早く働いてみたいんだ。」
「お金ならある」
おばあちゃんは通帳とタンス預金を引っ張り出してきた
「私の貯金とあんたの親の遺産だよ。全部和が使いなさい」
有無を言わせず渡される
「ちょっと!急に困るよこんな大金!」
「あんたはね、小さい頃からわがまま一つ言わなかったよ」
おばあちゃんが遠い目をしながら続ける
「親がいっぺんに死んじまったから、寂しいとか甘えたいとか不安だとか、そういうのが混ざってどうしたらいいか分かんないみたいだった」
「他の子が持ってるオモチャも、お菓子だって欲しがらないんだ。要らないのかって聞いたら、いつか無くなっちゃうから要らないって」
おばあちゃんの目から涙がこぼれ落ちる
泣いているところを見たのはこれが初めてだった
「あんたはね、親からたくさん愛されて育ったんだ。覚えていないかもしれないけどね」
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和が生まれて4歳の頃に大きな地震があった
幸い命に別状は無かったが、両親は保育園に預けられている和を急いで迎えに行ったのだ
「もっと落ち着けば良かったと、後からなら何とでも言えるよ。」
「でもね和。その時は次の瞬間なんて分からないんだ。1分でも1秒でも早く和の無事を確かめたかったんだよ」
両親はそこで事故に遭ったのだった
青信号で車を発進したが、信号無視をした車が突っ込んできたそうだ
その車も子供の安否が心配で焦った結果、信号無視をしたのだという
誰もがパニックで、誰もが大切な誰かを想っていたのだ
「あんたは愛されてる。昔もこれからもずっとその事実は変わらない」
おばあちゃんはホコリの被ったアルバムを引っ張り出す
「これはね、あんたが生まれた時。あんたの父親は抱っこが下手でね、」
アルバムの中身を話してくれる
何度も聞いた話だ
それなのに、あぁこの時の両親は幸せそうだなと感じられる度に涙が溢れた
母子手帳や育児日記も手渡される
「あんたの母親はマメでね。小さな事でも全部書いてたんだ」
赤ちゃんのイラストを交えながら、日常の一コマを書いており、親の想いが伝わってくる
ずっと両親がいる“普通の”家族というのが他人事だった
でも今は分かる
自分がどれだけ愛されて、どれだけ将来を期待されていたか
「こんな環境でも、諦めたらいかん」
「う“ん...」
涙で思い出が汚れないようにしながら答える
「何だっていいんだ、あんたが幸せなら。でも諦める選択はさせたくないんだよ」
おばあちゃんの声は普段通りの優しい声だった
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自分が小さい頃作った作品が並べられている部屋が廊下の突き当たりにある
昔は誇らしくて嬉しい気持ちになるので、その部屋によく行っていたが、ここ最近はめっきり入らなくなっていた
何年かぶりに入ると電球は切れて薄暗く、埃っぽくなっていた
おばあちゃんの話を聞いて、今まで泣いてこなかった分の涙を流し切ったからか、憑き物が取れたように心が軽くなったのを感じる
そして、もう一度進路について考えつつ、思い出が詰まった部屋を整理し始めた
(小さい頃の作品、猫ばっかりだ...)
自分が猫好きなのも初めて自覚した
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別に特別勉強が出来る訳ではなかったが、スマホもゲームも無い質素な生活をしていたので、勉強に割ける時間は人より多かった
進学を考えてることを先生に相談すると、喜んで参考書を貸してくれたので、勉強には思ったよりお金がかからなかった
進学先は一番家から近い所にした
県内一の進学校を目指していたが、雰囲気を見に行こうと思い、交通費を調べて愕然としたので交通費のかからない徒歩圏内の学校に絞ったのだ
(通学時間は少ない方が勉強時間を確保出来るし、授業のスピードが遅くても空き時間にいくらでも進められるはず)
担任には最後まで進学校を勧められ、勿体無いと泣きつかれたが、無理なものは仕方ない
おばあちゃんからお金は心配するなと言われてたものの、使わないに越したことはない
高校在学中は勉強に専念するためバイトもしないつもりなので節約生活は変わらず続けている
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春。入学式では新入生代表として登壇した
中学時代は別に優秀だった訳ではないので、人生初のイベントに緊張が込み上げる
なんとかこなして教室に行くと「頭良いんだね」やら「クラス長とかやるの?」など
同級生に色々話しかけて貰えたが、そのポジションに居たことがないので、何と返したらいいか分からず曖昧な返事をしてしまった
(まぁ高校生活は勉強メインで遊んだりしないつもりだったからいいや)
スタートダッシュに失敗したので諦めて休み時間も勉強に専念する事にした
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「大江くん♡」
いつからか國塚 くるみに、なぜかよく声をかけられるようになった
(俺なんかしたっけ?)
ノートは貸しているが、お礼にお菓子や手作りお弁当を貰うほどの事ではない筈だ
ノートの内容が分かりやすいと褒められたが、自分は頭の良いタイプでは無いから綺麗にまとめているだけで、國塚の為にやった事ではない
今までの人生、恋人はおろか女友達も居なかったので、正直に言って何を考えているのか分からない
(能天気に“俺のこと好きなのかも!”とか思えるほど身の程知らずじゃないんだよな...)
まだ入学して1ヶ月程度だが、國塚くるみはとても可愛いし気遣いが出来ると評判だ
170センチあるため、背の低い男子からは「もう少し小さければ...」という声もあるが、スラっとしていて格好良いなと勝手ながら思っている
そして、これは本人には言えないが、國塚の弁当があまりにも美味しかったので、貧乏な育ち盛りの身としては、また作って欲しかったりする
(お礼は要らないと言った手前、二度とチャンスは無いだろうけど...)




