フリューゲルにとって怖い存在
春から夏へと変化していくある日の昼下がり。
私の屋敷へとフリューゲルと共に訪れたのは、婚約者のフェリクス様だった。
「いらっしゃいませ、フェリクス様」
「エリーゼ」
出迎えると目を細めて嬉しそうに私の名前を呼ぶ。その姿を見ると自然と口角が上がる。
続いてフェリクス様の隣にいるフリューゲルにも声をかける。
「フリューゲルも来てくれてありがとう。会えて嬉しいわ」
「ギュ!」
話しかけると元気に返事してくれる。
そして近付いて来ると頭を下げてくる。これは、撫でてということだろうか。
「撫でていいの?」
「ギュ」
肯定するように大きく首を振るとゆっくりと頭を撫でていく。
すると嬉しそうに目を細め、私もつられて目を細める。
「ふふ、フリューゲルは甘えん坊ですね」
「甘やかしてしまっている自覚はあるよ。今の仕草ももっと撫でてって言ってるんだよ」
「まぁ」
初めて教えられる事実に笑ってしまう。
ローギウス侯爵邸へ訪問するとよく頭や首を触らせてくれたけど、そんな意味があったなんて。
「フリューゲルはあまり竜の威厳が感じませんね」
撫でながら口にする。思えば、この子は昔から竜にしては天真爛漫で竜の威厳がなかった。
幼竜の時はまだ空を飛ぶことができない。
それなのにハイデマリー様の竜が空を飛ぶ姿に憧れて飛ぼうとしたことがある。
結果はもちろん失敗して顔から地面にぶつけていた。そして、大粒の涙をポロポロと流して甘えてくるフリューゲルをフェリクス様と一緒に慰めた記憶がある。
私の発言にフェリクス様が同意する。
「そうだね。他の竜はもっと貫禄があるからね」
「ギュ!?」
フェリクス様の呟きにフリューゲルがびっくりしたような顔をする。もし人の言葉が話せたら「そんな!?」と言いそうだ。
「──でも、それでも僕にとって唯一の相棒なんだ。だから、他の竜はいらない」
穏やかな、でも力強い声に思わずフェリクス様を見る。
フリューゲルを見つめ、同じく頭を撫でるその横顔は優しい顔を浮かべていて、フリューゲルを本当に大切にしているのが感じ取れる。
「ギュッ……」
フェリクス様の言葉にフリューゲルが嬉しそうに目を閉じる。竜と竜騎士の絆は深いと有名だけど、その通りだと思う。
「そうですね。──私も乗るのならフリューゲルじゃないと嫌です」
優しく頭を撫でる。
空を飛ぶのならフリューゲルに乗りたい。そして──操縦してくれるのはフェリクス様じゃないと嫌だ。
「また空の旅したいです」
「……うん。また行こうか」
「はい!」
頷くとフェリクス様が嬉しそうに笑う。お互いの予定を確認してどこか出かけたいなと思う。
「お茶の用意はできています。行きましょうか」
「ああ。じゃあ、またフリューゲル」
「ギュ」
フリューゲルに声をかけて一緒に屋敷へ入ろうと足を進める。
すると屋敷の方から家令のバートンが来て、フェリクス様に話しかける。
「フェリクス様、旦那様がお呼びです。執務室までお越しいただけますか?」
「リストン伯爵が?」
驚いた様子でフェリクス様が確認する。父がフェリクス様に用? 一体、なんの用だろう。
父は私たち姉妹をどちらも溺愛している。そのため、私と婚約しているフェリクス様に対しては少々厳しい。
「伯爵が呼んでいるのは僕だけですか?」
「はい」
「分かりました。それでは案内をお願いしてもよろしいですか?」
「かしこまりました」
了承すると、フェリクス様が申し訳なさそうにこちらを見る。
「ごめん、少し遅れる」
「そんな。私も同行しましょうか?」
「大丈夫だよ。すぐに行くから」
同行の申し出をするも安心させるように微笑む。……父も、あの事件の後からフェリクス様に対する態度は軟化しているから大丈夫だと思うけど。
「……分かりました」
「うん。じゃあ」
バートンと共に先に屋敷へ入るフェリクス様の背中を見つめる。……私も行こう。
そう思っていると、頭上に大きな影ができて振り返る。
後ろには案の定──フリューゲルがいて鳴き声を上げる。
「ギュ」
「わっ」
またしても近付いて来て首を動かす。これは首を撫でてほしいということ?
ゆっくりと触れると嬉しそうに鳴く。どうやら正解らしい。本当に甘えん坊だと思う。
でも、その姿がかわいいと思ってしまう。
そうして首を撫でていると、目を見開いて急に様子を変える。
「どうしたの?」
「ギ、ギュ……」
カタカタと震えるフリューゲルに目を丸める。一体、どうしたのだろう。
竜の言葉が分からなくて戸惑っていると──後ろから声をかけられる。
「エリー?」
「! お姉様……」
声をかけてきたのはお姉様で鮮やかな薔薇色の髪が太陽の光に反射していつも以上に美しく見える。
「お仕事は終わったのですか?」
「いいえ。忘れ物があって取りに来たの。繊細な魔道具だから私が直接来たの」
「そうなのですね」
突然のお姉様の登場で驚くも理由を知って納得する。繊細な魔道具なら人にお願いするのは難しいだろう。
納得しているとお姉様が私の後ろを見る。
「フリューゲルがいるってことはあいつもいるのね。フェリクスは?」
「フェリクス様はお父様に呼ばれて……」
「ふぅん。フリューゲル、元気だった?」
「ギューー!!」
お姉様が近付いて問いかけるとフリューゲルが悲鳴のような声を上げて私の後ろへ隠れる。隠れるけど、私よりも大きいからまったく隠れていない。
「ふ、フリューゲル?」
「ギュ……」
名前を呼ぶも震えていて、涙目になっている。昔からこうだ。なぜかフリューゲルはお姉様をものすごく怖がっている。
一方のお姉様はと言うと、眉を下げて残念そうな顔を浮かべる。
「そんなに怖がれて私も傷つくわ」
「お姉様、前々から気になっていたのですが、どうしてフリューゲルに怯えられているのですか?」
はっきりと質問する。お姉様が怖いからか、フリューゲルは伯爵邸に訪れる度、いつも慎重に周りを見る。まるで、お姉様に見つからないように、だ。
尋ねると頬を手を添えてお姉様が答える。
「私はフリューゲルのことは嫌いじゃないのよ? フェリクスは嫌いだけど」
「ではどうして……?」
「うーん、考えられるのは昔、言ってしまったことでしょうね。それくらいしか思いつかないもの」
困ったようにお姉様が呟く。一体、フリューゲルに何を言ったのだろう。
「何を言ったのですか?」
「夢でね、竜のお肉が出てきておいしかったのよ。それで、まだ幼竜の時のフリューゲルに聞いたのよ。『竜のお肉っておいしいの?』って。それからはずっとこの状態よ」
「…………」
告げられた内容に無言になる。これはどう考えても──。
「それはお姉様が悪いです」
「ギュッ!!」
「えー、夢の話なのに?」
お姉様が悪いと伝えると後ろからフリューゲルが大きく頷く。フリューゲル、隠れようとしているけど殆ど隠れていないと言いたい。
「食べるわけないじゃない。フリューゲル、どうしたら許してくれる?」
「ギューー! ギュ、ギューー!!」
フリューゲルが首を横に振って震える。これは仲直りは難しそうだ、とそう思ってしまった。
ちなみにフリューゲルはレイリアに向けて「怖いーー! 食べないで、おいしくないよーー!!」と叫んでます。仲直りは限りなく難しいと思います。




