33.ずっと側に
あの事件から、一ヵ月が経った。
事件に関与した元王立騎士団の男性二人と、シュレ伯爵家に仕えていた護衛の騎士三人は既に裁判が始まっていて、間もなく判決が下される予定となっている。
そして、私を害そうとしたロクサーヌ様は現在、王立騎士団で拘束されていて、彼らの判決が決まり次第、裁判が始まる予定となっている。
どんな判決が下されるか分からない。だけど、実刑は免れないだろうというのがお姉様の見解だ。……もう、ロクサーヌ様と関わることは生涯ないだろう。
そしてロクサーヌ様の実家であるシュレ伯爵家はというと、伯爵夫妻は爵位を弟夫妻に譲ることを決断したらしい。
ロクサーヌ様の弟も魔術師団を退団し、これからは伯爵夫妻と一緒にシュレ伯爵領へ移り住むと風の噂で聞いた。
──そして私はというと、大変な目に遭ったけど少しずつ平穏な日常を取り戻しつつある。
「そろそろかな」
アトリエに飾られた時計を見る。そろそろ来る時間だろう。
そう考えているとドアをノックする音が聞こえ、小さく開ける。
そこにいたのは──婚約者のフェリクス様だ。
「フェリクス様、ようこそ」
「エリーゼ。入っても?」
「もちろんです」
頷いてドアを大きく開けると、フェリクス様がおそるおそるといった様子で入室する。
アトリエには私──エリオットが描いた作品や制作途中の作品が並べられていて、フェリクス様が作品に近付くとゆっくりと見る。
フェリクス様の隣に私も行く。興味深そうにエリオットの絵を見ているのが読み取れる。
「……この絵、個展で見た。これもだ」
観察していると、フェリクス様が絵を眺めながらポツリと呟く。
「……エリオットのサインがたくさんあるね。本当にエリオット・ケペルなんだね」
作品にはエリオット・ケペルのサインが記されている。一応、この間エリオットだと伝えたけど、まだ驚いているのが感じ取れる。
「驚きますよね。でもそうなんです」
「……つまり、エリーゼは自分の個展に連れて行かれたってことだよね。恥ずかしい……」
エリオットの個展を思い出したのか、フェリクス様が落ち込む。確かに私は自分の個展を見に行ったということになる。
「でも嬉しかったですよ。絵が特別好きじゃないのに、私のためにエリオットの作品を調べて、勉強してくれていたのは伝わりましたから」
「エリーゼ……」
小さく笑いながら伝えると感動したような眼差しを向けられる。
まだ画家として活動して二年くらいだから、個展に出している作品はそう多くはなかった。だけど、それらの作品の特徴について調べるのは大変なことだと思う。
それなのにフェリクス様は私が楽しめるようにと調べて、私に説明しようとしてくれて嬉しかった。
「でもどうしてエリオットの個展を? 他にも有名な画家が同時期に個展を開いていたと思うのですが」
ふと、気になって尋ねる。同時期に別の有名な画家が個展を開催していた。それなのに、どうしてエリオットの個展に誘ったのだろう。
尋ねると私の作品を見つめながら、フェリクス様が口を開く。
「エリオット・ケペルが個展を開催するのは初めてだったからね。他の画家の個展は今までも行ったことあると思ったから。だからエリオットの個展に誘ったんだ」
「まぁ、そうだったのですね」
告げられた内容に納得する。なるほど、確かに同時期に開いていた他の画家は有名なので私も行ったことがある。だからエリオットの個展に誘ったのか。
「風景画が多いんだね」
「静物画や動物画も一応描けますが、風景画を描くのが一番楽しくて」
「そうなんだ。……知らなかったよ、エリーゼにこんな才能があったなんて」
「秘密にしていましたからね」
感心したように話すフェリクス様に苦笑しながら言葉を返す。ずっと画家のこと秘密にしていたから趣味くらいだと思っていたと思う。
「この海の中を描いた絵も、雪の街並みを描いた絵も、どれもきれいなのに……。エリーゼ・リストンの名前で活動する気はないの?」
きれいだと呟き、フェリクス様がこちらを見つめて問いかける。……エリーゼ・リストンとして活動、か。
「……いつかはするかもしれません。でも、今はエリオット・ケペルとして他の男性画家と自分の腕だけで競いたいと思うんです」
アトリエにある絵に目を向けながら、胸の内にある思いを口にする。
エリーゼ・リストンとして発表したら、貴族階級出身の女性画家ということで確実に注目されるだろう。
だけどその先が分からない。女性画家が描いた絵として過度な注目はほしくない。ただ、絵だけを見て素晴らしいかどうか判断してほしいと思ってしまう。
告げるとフェリクス様が微笑む。
「そっか」
「フェリクス様は、やっぱりエリーゼ・リストンとして活動した方がいいですか?」
「どうだろう。僕の婚約者はこんな素晴らしい絵を描ける才能があるんだって言いたいけれど……」
「けれど?」
口ごもるフェリクス様に続きを促すと、ゆっくりと続きを話す。
「……それで他の男が注目して君に近付くのは嫌だ」
続けられた言葉に目を丸める。……相変わらず、発言が重いなと思う。
でも、そんな言葉に嬉しさと愛おしさを持ってしまう自分も、大概だと思う。
「フェリクス様」
「ん?」
「好きです」
「え」
好きだと伝えると石化の魔法にかかったように固まるフェリクス様。よく固まるなと思う。
そんなフェリクス様に口許を緩めて微笑む。
「不安になったらいつでも言ってくださいね。拗れたら面倒ですから。そんな不安、消しますから」
柔らかい声で伝える。不器用なフェリクス様を安心させたくて。
告げるとまたしても感動した眼差しを向けられる。
「エリーゼが格好いい……」
「フェリクス様にはしっかりと伝えた方がいいと思っているので」
格好いいと口にするフェリクス様に微笑む。フェリクス様にははっきりと言った方がいいだろう。
微笑みながら伝えると、灰色の瞳が愛おしそうにこちらを見る。
「……僕もエリーゼのことが好きだ。愛してる」
「知っています。昔から、フリューゲルが態度で伝えてくれていましたから」
同じく気持ちを返してくるフェリクス様に告げる。エリオットの正体を伝えた後、ハイデマリー様から竜の性質を聞いたことをフェリクス様に伝えたら、恥ずかしかったのか気を失いかけたのを思い出す。
「それでも。好きだ、エリーゼ」
改めてフェリクス様が想いを口にする。……どうやら私は、はっきりと好意を表してほしいタイプのようだ。
「なら、ずっと側にいてくださいね?」
「……ああ、ずっと側にいるよ。約束する」
泣きそうな顔で約束するフェリクス様に私も微笑む。なら、私も約束しなければ。
「私も約束します。ずっと、側にいますね」
約束するとフェリクス様の手がゆっくりと伸びて私の頬に優しく触れる。
そして宝物のように私を見つめるフェリクス様に応じるように瞳を閉じて唇を重ねると、二人同時に笑い合った。
これにて本編は終了です。お付き合いいただきましてありがとうございました!
少ししたら番外編投稿する予定なのでよろしくお願いします。




