完璧な竜騎士の変貌
王太子で、宮廷魔術師もしているクェンティン視点です。
夜会や茶会は新しい情報を得るのに最も適した場所だ。
それもそのはず。それらの集まりでは多くの人が集まり、情報を得られやすい環境だからだ。
──そして今、ある話題が夜会や茶会で令嬢たちを中心に飛び交っている。
「──よぉ、フェリクス」
「殿下」
王宮の回廊で知っている後ろ姿を見つけて声をかけると、相手が立ち止まって振り返る。
声をかけた相手は十年以上の友人になるフェリクス。この国、アウスリング王国の竜騎士団に所属する竜騎士だ。
「これから王都の巡回か?」
「いえ、それは先ほど終わったところです」
「そうか」
歩きながら問いかけると小さく首を振られる。どうやら竜騎士団の業務の一つである空からの王都の巡回は既に終わったようだ。
そして隣を歩いて気付く。古くからの友人の機嫌が、とてもいいことに。
「どうした、なんだか機嫌がいいな」
「そうですか?」
「ああ。何かいいことあったか?」
好奇心が芽生えて問いかける。目の前の友人は感情が豊かなのに、表情の変化が分かりにくいという欠点を持つ。
(だが、根はいい奴だ)
フェリクスは口数が少なくて表情の変化が乏しい。そのため誤解されやすいが、根は決して悪い奴ではない。だからクェンティンは気に入っている。
問いかけるとフェリクスがゆっくりと話し出す。
「……実は、明日は仕事が休みなんです」
「ほぉ。よかったな、竜騎士団は宮廷魔術師団より団員が少ないからな」
フェリクスの休暇を聞いて自然と朗らかな声になる。それだけ、フェリクスの所属する竜騎士団は人が少ない。
無詠唱で魔法を行使し、人の言葉が理解できるほどの高い知性を有する竜は、本気を出せば千の騎士と匹敵すると言われている。
そんな竜は希少な種族として有名で、同時に竜を使役する才を持つ人間も少ない。その故、竜騎士はどこの国も非常に少ない。
それはクェンティンの父が治めるアウスリング王国も例外ではなく、竜騎士団の団員は三十人も満たない。自身が所属する宮廷魔術師団はその三倍近くの百人近くいるのに、だ。
それでも竜騎士団は国の最高戦力と称されるほど大切にされていて、竜騎士になれば平民出身でも一代限りだが騎士爵という貴族の称号を与えられるほど厚遇だ。
竜を使役する才を持つのは遺伝ではなく、先天性と言われている。それでも、やはり竜騎士と縁組をしたいという貴族は一定数、存在する。
フェリクスも竜騎士団入団と同時に騎士爵を有している。しかし、フェリクスが持つ爵位はそれだけではない。
白銀の髪が印象的なフェリクスは端整な顔立ちをしている。
同時に、人口の割合で平民出身の竜騎士が多い中でフェリクスは侯爵家の嫡男で次期侯爵という肩書きを有している。そのため、本人は興味なくてもフェリクスを慕う令嬢は多い。
「以前、団長に一ヵ月分の有給を一気に使うと宣言した甲斐がありました。おかげで休みが取りやすくなり、他の団員にも感謝されました」
「宮廷魔術師団も忙しいが、竜騎士団はやばくないか?」
「忙しいですよ、団員が少ないので。……まぁ、竜は元気ですが」
口にすると大きく同意する。その様子から本当に忙しいのが読み取れる。
「それでようやくの休暇か。よかったな」
「はい。……明日、エリーゼと出かけるんです」
「ほぉ。機嫌がいい理由はそれか」
柔らかい声音で告げるフェリクスにニヤリと笑う。久しぶりの休暇で喜んでいると思っていたら違ったようだ。
(エリーゼ嬢との仲が良好なら何よりだ)
嬉しそうに話すフェリクスに、クェンティンの口許も自然が柔らかくなる。
フェリクスは婚約者に首ったけだ。だが、生来の口下手と自分に近付く令嬢から守ろうと距離を置いたことが原因であやうく婚約を解消しようという事態になった。
今は解決しているが、相談を求められたフェリクスの顔色は生きているのが不思議なくらい青白かった。
「もう失敗するなよ。いいか、喧嘩は長引かせずにちゃんと相手の話を聞け。それで仲が良いのを見せて周りの令嬢たちを諦めさせろよ」
「分かっています」
助言するとフェリクスが力強く頷く。
気持ちが通じ合っていると言ってもフェリクスを慕う令嬢は多い。
しかし、気持ちが通じ合ってからのフェリクスは今までが嘘のように婚約者に幸せそうな笑みを見せるようになり、その笑みを見た令嬢たちが嘆き、諦め始めているのが現状だ。
(エリーゼ嬢は茶会や夜会にあまり参加しないと聞く。フェリクスも竜騎士団の仕事が忙しくて夜会も殆ど参加しない)
さらにはエリーゼの姉であり、同僚のレイリアも優秀な宮廷魔術師で忙しいため社交にあまり顔を出さない。
(──だから知らないはずだ。今、夜会で「完璧な竜騎士が変貌した」と騒ぎになっていることに)
それまで共に外出する姿なんて見たことない。夜会に共に参加してもエスコートしてダンスを踊ればすぐに別行動していたのに。
なのに、今は婚約者に柔らかい、幸せそうな笑みを見せていて令嬢たちが悲鳴を上げていることに。
(令嬢たちよ、早くフェリクスを諦めてどうか良縁を見つけてくれ)
隣にいる大切な友人がずっと、幸せに笑い続けるためにも。
歩きながら口に出さずに、ひそかにそう願った。




