31.向き合う時
「それじゃあ私は仕事に行くわ。いーい? 大人しく過ごすのよ」
「分かってます」
お姉様の何度目か分からない忠告に苦笑しながら頷く。
──あのロクサーヌ様による暴挙から、三日が経った。
セルマから聞いた話だと御者は怪我をしたものの、幸い軽傷であの後すぐに目撃していた人たちに助け出されたようだ。
そして応急処置をしてもらうと、リストン伯爵家へ戻って両親に説明したらしい。
セルマ曰く、私が行方不明になったことで屋敷の中は大騒ぎになっていたようだ。
そんな中での帰還。当然、両親からは何があったのかと問いかけられた。
その問いに答えてくれたのはフェリクス様で、フェリクス様から事情を聞いた両親は彼に感謝して私は医者に診てもらうことになった。
本当はフェリクス様と話したいと思っていたけど、当の本人から今は休息を優先してほしいとお願いされ、私の顔を最後に見ると屋敷を後にした。
その後、医者に診てもらうことになったけど、お姉様の治癒魔法のおかげで怪我はなかった。だけど、フェリクス様から話を聞いた両親からはしばらくは外出は禁止だと命じられた。
そして単独で魔物討伐しに行ったお姉様は無傷で屋敷へ帰宅すると、ずっと私の側にいて容態を心配してくれた。私のことばかり気にしていたけど、私からしたらお姉様が無傷でよかった。
そんなお姉様も昼から王宮へ行くことになっていて、渋々とした様子で立ち上がる。
「じゃあ行ってくるわね」
「はい」
手を振るお姉様に私も手を振って別れ、部屋に飾られている時計に目を向ける。
今日はアルベルタとリベラートがお見舞いに来てくれる日だ。まだ時間があるからそれまで読書でもしようと思う。
そうして久しぶりに読書を楽しんでいると、セルマが声をかけに来る。
「エリーゼお嬢様、アルベルタ様とリベラート様がお見舞いに来ました」
「分かったわ。応接室に通して」
セルマがアルベルタたちの来訪を告げて応接室に案内するようにお願いする。
鏡に映る自分の顔を見る。顔色は悪くない、心配されないはずだ。
「よし」
立ち上がってゆっくりと部屋を出て応接室に向かう。
「アルベルタ、リベラート」
「エリーゼ!」
入室して二人の名前を呼ぶとアルベルタが立ち上がって駆け寄ってくる。その水色の瞳には私を心配する感情がはっきりと宿っている。
「もう大丈夫なの?」
「うん。お姉様が治癒魔法をかけてくれたから」
「だとしても無理してはダメよ。急に会えなくなった理由を聞いた時は心臓が止まるかと思ったんだから!」
「ご、ごめん……」
怒りを隠さずにアルベルタが忠告する。確かに急に会えなくなった理由を聞いてびっくりしたと思う。
謝罪していると、リベラートも近付いて私の顔を見る。
「怪我は本当になさそうだな。姉貴、ずっとエリーゼ立たせるのもよくないからとりあえず座らせたら?」
「はっ……! そうね」
興奮するアルベルタを落ち着かせてリベラートが誘導する。リベラートは派手な外見だけど周りをよく見ていると思う。
お互いにソファーに着席すると、向かいにいるアルベルタが柔らかい表情を浮かべる。
「面会に応じてくれてありがとう」
「ううん。私もアルベルタに会いたかったから」
感謝の言葉を紡ぐアルベルタに首を振り、私も会いたかったと告げる。事情が事情とはいえ、心配をかけてしまったと思うから。
「しばらく外出禁止なんだって?」
「うん。どれくらいかはまだ分からないけど……私もしばらくは外出はいいかな、って」
「その方がいいわ。屋敷ならレイリア様の強力な結界が張られているもの」
リベラートの質問に答えるとアルベルタが賛同する。
手をぎゅっと握り締める。……もしあの時、魔道具を身につけていなかったら私はここにいないと確信できる。
これからは外へ出かける時は魔道具を身につけようと思う。せっかくお姉様が魔道具を渡してくれるだから。
もちろん、何もないことが一番望ましい。でも、何があるか分からないから身につけた方が安心だ。
「大変な目に遭ったな。ま、これでも食べて元気になれよ」
「これは?」
リベラートが差し出すのは大きな箱だ。食べろというくらいだから食べ物だろうけど、これは一体……?
「隣国の菓子。これ美味いからどうかなって」
「私も食べたけどすごくおいしかったわ。エリーゼへのお見舞いの品にどうかなって思ったの」
「本当? ありがとう」
二人の気遣いに嬉しくなる。隣国のお菓子はあまり食べないから楽しみだ。
そして他愛のない話をして楽しいひとときを過ごす。
「それじゃあ、私たちはこれで帰るわ」
「もう?」
帰宅すると言うアルベルタを呼び止める。まだ一時間くらいしか滞在していないのに。
呼び止めるとアルベルタが微笑む。
「また来るわ。今日はもうゆっくりしなさい」
「……分かったわ」
私を気遣うようなことを言われたらそれ以上言えない。
それでも見送りたいという思いからエントランスホールまで行くと、外からこちらへ向かってくる人物を見つけて足を止める。
見舞い用の花束らしいものを持つのはフェリクス様で、私たちを見ると大きく目を見開く。
「フェリクス様じゃない。お見舞いの約束していたの?」
「……ううん」
隣からアルベルタに尋ねられるも、視線はずっとフェリクス様の方を見ていて目を離すことができない。
短く返事すると、隣から笑う声が聞こえる。
「ありのままの自分の気持ち、ちゃんと伝えなさいよ」
「え?」
思わぬ発言にアルベルタを見ると水色の瞳が優しい目でこちらを見る。
「頑張ってね!」
そしてアルベルタがリベラートと一緒にフェリクス様に一礼すると、すれ違ったフェリクス様がゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「突然の訪問してごめん。仕事が早く終わったから」
「い、いえ。大丈夫です」
「よかった」
謝罪するフェリクス様に慌てて言葉を返す。まさか、お見舞いに来てくれたなんて。
驚きながら平気だと告げると、短く言葉を返される。
「…………」
「…………」
無言が続く。アルベルタたちを見送るだけと思っていたから今ここには使用人がいない。……沈黙が気まずい。
そっとフェリクス様を見る。……機嫌は悪そうに見えない。リベラートのことを話すのなら、今だろう。
話そうと決意すると、フェリクス様が話し出す。
「彼、君の友人の身内だったんだね」
「……アルベルタを、知っているのですか?」
予想外の発言に目を丸める。アルベルタを知っていたなんて。
「名前までは知らなかったけど知ってるよ。何回か楽しそうに話しているのを見たことあるから」
「そうなのですね。アルベルタは私と同じ年で、彼は一つ下なんです」
アルベルタは昔から商人をしている父親と一緒に伯爵邸に出入りしている。フェリクス様が偶然、アルベルタの姿を見ていても不思議ではない。
「そうなんだ。……姉弟だからか似ているね」
「リベラートとは恋仲ではありませんよ」
どこか憂いが含んだ声で話すフェリクス様にはっきりと告げる。誤解をしているのなら解かなければ。
灰色の瞳が驚いた様子でこちらを見る。
「アルベルタの弟だから会えば話しますが、恋仲なんかではありません。あの日もたまたま会って話していただけなので」
「……そう、なのか」
「はい。……申し訳ございません。あの時、はっきりと言えばよかったのに」
話しながら後悔の気持ちがにじむ。……あの時、すぐに伝えていれば拗れることなんてなかったのに。
後悔しながら謝罪すると、今度はフェリクス様が慌てる。
「そんな。僕の方こそ、話そうとしていたエリーゼの言葉を遮っていたから。……ごめん、君の口から彼のことを慕っていると聞いてしまったら立ち直れなくなりそうで」
「フェリクス様……」
辛そうな声でフェリクス様が語る。……長文の手紙を受け取った時に思ったけど、フェリクス様もずっと後悔していたのが感じ取れる。
「それではお互いに謝ったのでこれは終わりにしましょう」
「……そうだね」
お互いに謝ったので話題を切り替える。このままではいつまでもお互いに謝罪をしていそうだ。
話題を変えて花に目を向ける。
「こちらの花は?」
「ああ、お見舞いでエリーゼの好きな花を集めたんだ」
「まぁ、ありがとうございます」
告げられた内容に笑みが零れる。受け取ると確かにどれも私が好きな花ばかりだ。……個展の後にも花束を貰ったのに、今はその何倍も嬉しい。
「……フェリクス様、お時間はまだありますか?」
「もちろん、あるけど……」
「では少しお話ししませんか? ──私たちの今後について」
そして震える手を誤魔化して、フェリクス様に向けて小さく微笑んだ。
明日は2話更新で、1話目を12時過ぎに更新します。よろしくお願いします。




