幕間2.終わりの瞬間
どうして、こうなった。
朝早くからシュレ伯爵邸へ乗り込んできた集団に、ロクサーヌは狼狽えるしかなかった。
乗り込んできたのは黒と緑を基調とした軍服を纏う王立騎士団。そして──金色の刺繍に黒色のローブを纏う宮廷魔術師団だ。
突然の事態に家族と使用人が立ち尽くしていると、宮廷魔術師のローブを纏う王太子であるクェンティンが凛々しく、堂々とした声で話す。
「ロクサーヌ・シュレ伯爵令嬢──エリーゼ・リストン伯爵令嬢の誘拐及び暴行、そして殺人未遂の容疑で捕縛する」
告げられた内容にひゅっと口から音が零れる。後ろから両親や弟、使用人たちがざわめくのが感じ取れる。
なぜ。自分が犯人だと気付かれないように慎重に行動したつもりなのに。雇った男たちにも、口止め料としてしっかりと報奨金を渡したのに。
混乱が頭を支配する。正しく罪状を告げられて背中から冷や汗が出る。
(──それでも)
認めるわけにはいかない。だから、混乱するのを抑え、意識して取り繕って声を上げる。
「な、何を……。王太子殿下、なんのことだか分かりませんわ」
知らない顔をして困ったように微笑む。ここで肯定したら人生が終わる。
だが、とぼけるも目の前の赤紫の瞳は変わらず冷たく、不快な様子で目を細める。
「しらを切る、か。これはこれは。随分と舐められたものだな」
「そ、そんな。本当になんのことだか……」
「リストン伯爵家の御者が騎士風情の男に襲われたことを話してくれた。男の髪色や服装も教えてくれたよ」
「騎士風情の男たちなんて、わたくしは知りませんわ!」
淡々と告げるクェンティンにロクサーヌが大きく声を上げると不敵に笑う。
「男たち、か。俺は複数人だと分からないように言ったが?」
「……っ!」
指摘に顔を歪める。
嵌められた。だが、しらを切り通さなければ罪人として連行されるのは明らかだ。
「か、勝手に複数人だと思っただけです。それで捕縛命令だなんて……」
「それだけで捕縛命令を出すわけないだろう? ──あの森は現在、魔物が出没していて殆ど人が出入りしないんだ。そんなところに馬車が入るんだ、注目して地元民がしっかり覚えているのは当然だ」
「それがわたくしという証拠がどこに!?」
追い詰められているのは分かっている。でも、冷静に対峙できる余裕がない。
気が立って問うと赤紫の瞳を細める。
「情報を元に割り出して拘束した男たちは騎士団で問題を起こして退団した奴らだ。情報を吐かせるために貴重な魔法薬を使用して自白させたら教えてくれたよ。金髪に紅い瞳の女に頼まれたと。偽名を名乗っていたようだが、小屋でロクサーヌと呼ばれていたのも覚えていたよ」
「魔法薬……!?」
紡がれた単語に目を見開く。
魔法薬の存在は知っている。貴重な魔力を含んだ薬草を組み合わせて作る特殊な薬で、調合に特化した一部の魔術師しか作れない、と。
そして例の元王立騎士団の男たちは既に拘束され、貴重な魔法薬を用いて自白させたと言う。
「魔法薬は貴重だが、人体には害はない。もし、関与していないと主張するのなら──拘束した男たちと同じ魔法薬を使用して否認してもらわないといけない」
「ま、ほうやくで……」
告げられた内容に後退る。
人体に影響がないと言われても飲めるわけない。なぜならそれらは全て本当なのだから。
(なぜ。どうして。どうして私がこんな目に……!)
そもそもなぜ助かったのか。あの少女は魔術師になれるほどの魔力を保有していないのは分かっている。なのになぜ。
予想外の展開に頭が混乱する。
身動きできないように縄で手足を拘束した。そこに怪我をし、血に飢えた魔物を置いてあの少女の末路を想像して逃げたのにどうして──。
言葉を失っていると、クェンティンが無機質な声で告げる。
「もう一度言う。ロクサーヌ・シュレ伯爵令嬢、同行するように。──でなければ薔薇の魔女が何をするか分からない」
「薔薇の、魔女……?」
紡がれた異名を復唱すると、クェンティンが感情を伴わない声で言葉を重ねる。
「鮮やかな薔薇色の髪の、女性の宮廷魔術師を知っているだろう?」
「……あ」
「彼女は優秀な宮廷魔術師だが、特に火と氷の魔法が長けているんだ」
薔薇色の髪の女性の宮廷魔術師と聞いて確信する。それは天才と名高い宮廷魔術師──レイリア・リストンの異名だ。
「薔薇の魔女殿は溺愛している妹君が怪我をして大変ご立腹だ。それこそ、強くないとはいえ二十体以上の魔物をたった一人で殲滅したくらいだ」
語られた内容に目を見開く。たった一人で、魔物を二十体以上? 殲滅?
次々と明らかになる事実に固まっていると、クェンティンが続ける。
「例の男たちの自白にも彼女は同席している。今日は彼女を止めて俺が来たんだ。──もし、ここで同行を拒否するのなら、薔薇の魔女殿がどうなるか分からない」
「っ……!」
抑揚のない声で紡がれる、脅しにも聞こえる内容に身体を震わせる。
レイリア・リストンが妹をかわいがっているのは有名な話だ。今はここにいないが、もしここに彼女がいたらきっと自分は──。
最悪なことを想像して顔から血の気が引き、身体から力が抜けて座り込む。
「──彼女を連行しろ。一緒にいた護衛の騎士も一緒に連行するように」
そして俯くロクサーヌを一瞥し、クェンティンが後ろに控える王立騎士団の騎士たちに命じた。




