30.救出
私に飛びかかった魔物が群れのリーダーだったのか、倒れると残りの四体が統制を失ったかのように一斉に飛びかかってくる。
しかし、飛びかかると同時に強風が吹いて吹き飛ばされる。草木が、森が大きく揺れる。
それなのに私とフェリクス様は強風の影響を受けることなく、温かい風に包まれている。
「この風は一体……」
「フリューゲルの風魔法の結界だよ」
狼狽えていると、剣を鞘に戻しながらフェリクス様が答える。
見上げると上空にはフリューゲルの姿があって澄み切った青い瞳と目が合う。……これが、フリューゲルの風魔法。
魔物を吹き飛ばしたのも結界もどちらもフリューゲルが展開した魔法と考えるとすごいと思う。二つの魔法を同時に発動しているのだから。
フリューゲルに続いてフェリクス様の方へ目を向けると、灰色の瞳と目が合う。
「フェリク──」
しかし、最後までフェリクス様の名前を紡ぐことはできなかった。
力強く抱き締められる。まるで、私がここにいるのを実感するように。
フェリクス様の行動に目を見開く。抱き締められるなんて初めてで、気が動転してしまう。
「ふ、フェリクスさ……!」
「──た」
耳元で聞こえた小さな囁きに息を呑む。……今、確かに。
そして気付く。──フェリクス様が、震えている。
「……生きている、よかった」
「…………」
苦しそうな、泣きそうな声で再び言葉を紡ぐ。その言葉は、さっきと同じだ。
ゆっくりと、腕を広げる。
「……はい、生きています。助けていただき、ありがとうございます」
震えるフェリクス様の背中に、安心させるように手を当てる。
感謝の言葉を紡ぐとさらに力強く抱き締められる。でも、苦しくない。
抱き締める力、そしてその言葉にようやく安心する。大丈夫、この腕の中は安全だ。私を、傷つけることはしない。
大人しく腕の中にいるとようやく安心したのか、フェリクス様が私を見る。
「……片方だけ、頬が赤くなっているね。手のひらも切ったの?」
「そ、そうですね」
頬と手のひらを凝視するフェリクス様におずおずと肯定する。気のせいだろうか、後ろから吹雪が見えるのは。
頷いていると魔物たちが起き上がり、背中を見せているフェリクス様に再び飛びかかろうとする。
「フェリクス様!!」
叫ぶと四体が鋭い牙を見せながらフェリクス様に襲いかかってくる。
しかし、それと同時に四体の魔物の身体にそれぞれ大きな氷柱が突き刺さる。……この美しくて鮮やかな氷の魔法は。
「──やっぱり竜の方が早いわね」
静かな森だからかはっきりと耳に通る。やっぱり、この声は──。
「お姉様!」
「エリー!」
現れたのは予想通り馬に乗ったお姉様で、私を見ると素早く降りて抱き締める。まさかお姉様もここにいるなんて。
「どうして、ここに……」
「そのペンダントには位置情報も分かるようにしていたの。エリーの危険にすぐに駆け付けられるようにね」
「え」
さらなる事実に固まる。防御魔法だけと思っていたのに実は攻撃魔法も付与されていて驚いたのに。さらに位置情報まで?
固まっていると私の怪我を見てお姉様の額に青筋が浮かぶ。
「私のかわいい妹に……エリーに誰がこんなことをぉぉぉ!」
「お、お姉様、落ち着いて」
「ええ、ええ、落ち着いているわ。安心して。関わった奴、一人残らず全員に地獄を見せて血の海に、血祭りしてやるわ!」
「落ち着いていませんよね!? フェリクス様も止めてください!」
「そうだね、僕もレイリアに賛同だ」
「二人共、何言っているんですか!」
フェリクス様もお姉様の発言に何度も頷く。ダメだ、フェリクス様も暴走している。
「お姉様、本当に落ち着いてください……っ!」
「エリー! 待ってね、治癒魔法をかけるわ!」
荒ぶって不穏な発言をするお姉様を宥めていると頬に痛みが走って顔を歪める。
すると私の異変に気付いたお姉様が意識を切り替えてすぐに治癒魔法をかけていく。白く光る治癒魔法が、私を包み込む。
「どう? まだ痛む?」
「いいえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ふふ、いいのよ」
お礼を言うといつもの優しい笑みを浮かべる。おかげで痛みがあっという間に消えた。
治癒魔法をかけ終わるとお姉様が立ち上がる。
「エリーをこんな目に遭わした奴らが腹立たしい。腹立たしいけど──私、ちょっと仕事するわ」
「え」
予想外の発言に驚いていると息を呑む。
そして気付く。……お姉様の魔力濃度がなぜか上がっている。
声が出ないでいると、フェリクス様が灰色の瞳を細める。
「……魔物の気配がする」
「ええ。でもここの魔物を討伐する依頼は宮廷魔術師団に来ていないから、そこまで強くないはずよ」
短く語るフェリクス様にお姉様が補足する。まだ魔物がいるの?
「フェリクス、馬を任せるわ」
「いいの?」
「大丈夫よ。先にエリーを連れて安全なところへ行ってちょうだい」
「で、でもそんなことしたらお姉様が……!」
先に森を出るように言うお姉様に声を上げる。お姉様も一緒に森を出た方がいいに決まっている。
声を上げると、同じ緑色の瞳がこちらを見る。
「騒ぎを聞きつけたのか、こっちに向かって来ているから難しいわ」
「そんな……」
「イライラしているから代わりに討伐するわ。大丈夫よ、エリー。私を信じて?」
不敵に笑うお姉様を見る。……お姉様は強い。才能溢れる宮廷魔術師団の中でも特に天才と名高い。
なら、お姉様を信じるべきだ。
「……無理はしないでくださいね」
「ふふ、すぐに戻るわ。それより、エリーが早く森を出てくれた方が私も安心するわ」
そう言うと朗らかに笑う。……私が長居していたらお姉様は討伐に集中できない。ここは、早く立ち去った方がいい。
「分かりました」
「ええ」
立ち上がるとフェリクス様と一緒に馬が止まっている方向へ歩く。
気になって後ろを振り返るとお姉様が奥へと進んでいく。……どうか、怪我しませんように。
「エリーゼ」
「はい」
名前を呼ばれて馬に横乗りすると、フェリクス様が慣れた手つきで手綱を持って走らせる。
馬を操縦するフェリクス様を見上げる。……魔物に囲まれた時、もう助からないと思ったのに。
もう大丈夫だと思うと疲れが押し寄せる。加えて、馬に乗る機会がないから落ちないか緊張する。
「森を抜けたら馬車を用意するから。それまで頑張って」
「大丈夫です」
緊張する私にフェリクス様が告げる。
なのでこくりと頷く。まずは森を抜けることが最優先だ。
その後、魔物と遭遇することなく無事に森を走り抜けて馬を降りると、優しく声で話しかける。
「馬車の手配を頼むから。ここで待ってて」
「はい」
「フリューゲル、エリーゼの側に」
「ギュ」
指示するとフリューゲルが降下してきて私の側に着地する。
案ずるようにフリューゲルが私を見る。だから安心させるために微笑む。
「大丈夫よ。フリューゲルも助けてくれてありがとう」
「ギュ!」
優しく頭を撫でると嬉しそうに目を細める。やっぱり、竜にとって急所なのに嫌がらずに撫でさせてくれる。
「エリーゼ、お待たせ。馬車へ」
「分かりました」
そうして手配が完了し、しばらく馬車に乗っていると、私の家であるリストン伯爵邸へ向かったのだった。




