26.ローギウス侯爵家の秘密
「これ、エリーゼの好きなお茶で合っているかしら?」
「は、はい。ありがとうございます……」
そっとティーカップを置くハイデマリー様に慌てて頷く。まさかハイデマリー様自らがお茶を淹れてくれるなんて。
美しい花が咲く庭園でハイデマリー様が淹れてくれたお茶を一口含む。……温かくておいしい。
「ごめんなさいね、急に誘って」
「い、いえ。時間があったので……」
謝罪するハイデマリー様に大丈夫だと伝える。元々、フェリクス様とお話しするために時間を作っていたので問題ない。
告げると口角を上げてふわりと微笑む。
「そう? よかったわ」
安心したように微笑むとハイデマリー様もお茶を口に含む。その所作は侯爵夫人らしく、美しい。
フェリクス様と同じ白銀の髪を持つハイデマリー様は女性ながらに竜を使役する才を持ち、二十年間という長い間、竜騎士として活躍していた女傑だ。
そのため、幼い私はハイデマリー様に憧れていた。女性ながらに竜を従えるハイデマリー様がとても輝いて見えたから。
現在は竜騎士団を引退しているけど、ハイデマリー様の竜はローギウス侯爵邸で飼われていて、有事の際は竜騎士として行動することが義務付けられている。それくらい、竜を使役する才を有する人は貴重で少ないのだ。
ティーカップを置くと、ハイデマリー様が問いかける。
「単刀直入だけど、フェリクスとの仲はどう?」
「……フェリクス様との仲、ですか」
「ええ。あの子ったらエリーゼに婚約の解消を提案された後、寝込んだのよ?」
「え。急ぎの用があると言っていたのに……」
「あら、そうなの? ふふ、ごめんなさいね、フェリクス」
ここにはいないフェリクス様に軽く謝るハイデマリー様。……寝込んでいたなんて。やっぱり体調が悪かったのだろうか。
「それだけ、エリーゼから婚約の解消を求められてショックだったのね」
「……え」
体調が悪かったのかと思っているとハイデマリー様の発言で目を丸める。私が婚約の解消を提案してショックで寝込んだ?
驚いて声が出ないでいると、口許を緩める。
「生き恥を晒すことになるけれどいいわよね。だって、かわいいエリーゼがずっと辛い思いしていたのだもの」
「え、えっとあの……」
美しく笑うハイデマリー様に戸惑う。どうしたらのいいだろう。よく分からないけど、このままではフェリクス様は自分のいないところで恥をかくことになるようだ。
「あの、私──」
「ローギウスの男にはね、呪いがかかっているの」
「……呪い?」
聞かない方がいいと思って声を上げるも聞き捨てならない単語を聞いて復唱する。……ローギウス侯爵家の男性にかかる呪い? ……そんなの、聞いたことない。
だけどハイデマリー様は微笑んだままで冗談だと言わない。……そもそもハイデマリー様はこんなたちの悪い冗談は言わない。
「本当、なのですか?」
「ええ。本当よ。私も先代の侯爵夫人から聞いた時は驚いたわ。ずっと昔から続く呪いみたい」
その発言に胸が苦しくなる。……そんなこと、知らなかった。フェリクス様も一言も教えてくれなかったから。
魔法の才能がない私は呪いに関しても素人で何もできない。……それでも、私に何かできることはないのだろうか。
お姉様のように魔法に優れているわけではない。それでも、フェリクス様が呪いにかかっていると言うのなら、助けたいと思ってしまう。
聞くのは怖い。でも、何も動かずにフェリクス様が苦しむのは見たくない。
勇気を振り絞って、ハイデマリー様に尋ねる。
「……それはどのような呪いか聞いてもよろしいですか?」
「もちろん。ああ、怖がらないで。死ぬとかそんな恐ろしい呪いではないから」
力が入りながら質問する私に、ハイデマリー様が安心させるように告げる。……死ぬ呪いではない。
その発言に、心の底からほっとして肩の力が抜ける。……よかった、フェリクス様が死ぬ呪いにかかっていなくて。
深呼吸するとハイデマリー様が困ったように笑う。
「聞いてみれば大したことない呪いかもしれないけれど──ローギウスの男はね、一途で面倒くさいの」
「…………はい?」
笑いながら告げるハイデマリー様に瞠目する。一途で面倒くさい……?
覚悟していたのに、全く予想していなかった言葉に拍子抜けする。
「えっと……?」
「ふふ、分かるわぁ。私も先代の侯爵夫人に言われた時は同じ反応だったもの。懐かしいわね」
戸惑う私にハイデマリー様が盛大に笑う。どうやらハイデマリー様も同じ反応だったようだ。
笑いを終えるとハイデマリー様が目を細める。
「はっきりと言うわ。フェリクスは面倒くさいでしょう?」
「えっと……」
頬杖をして笑顔で問いかけるハイデマリー様に声を詰まらせる。実の息子なのにひどくないだろうか。
「庇う必要ないわよ。顔は私に似ているのに中身は夫とよく似ているわ。口数は少ないくせに重くて面倒くさい。正にローギウスの男だわ」
「重くて面倒くさい」
「ええ」
眩しいくらいの笑顔で断言される。笑顔がフェリクス様と同じくキラキラと輝いているなと場違いにも思う。どうやらあのキラキラはハイデマリー様譲りのようだ。
そんなこと内心で思っていると、ハイデマリー様が微笑みながら話す。
「ローギウスの男たちはね、一度相手のことを好きになったら目移りすることがなくて、相手に尽くしたがる性質みたいなの。夫もそうなのよ? 私のこと好きになってからは毎日毎日竜騎士団の訓練場に赴いて花束を贈ったり、私の竜の世話を手伝ったりと過剰なくらい接近して来たから」
「あの侯爵様が……」
ハイデマリー様が語る侯爵の姿が想像できない。
フェリクス様の父親であるローギウス侯爵は近衛騎士団に所属していて無口で厳しい顔をしている。その侯爵が花束……?
花束を手に持って毎日ハイデマリー様のところへ向かう侯爵……似合わなすぎる。
「それで、好意を持って婚約を……?」
「いいえ? 最初は鬱陶しいと思っていたわ。私の竜も夫が来ると唸り声を上げていたもの」
尋ねるとばっさりと言い切る。どうやら好意はなかったらしい。
でも私の知る侯爵夫妻は大変仲睦まじい。一体、どんな過程でそうなったのだろう。
「では、どうして結婚を……?」
「……訓練中にね、あの人怪我をしてしばらく竜騎士団に来なかったのよ」
声のトーンを落としてハイデマリー様が語る。その瞳は憂いを帯びている。
「そうしたらなんだか違和感があってね。それで一ヵ月後くらいかしら、再び夫が花を持って竜騎士団のところへやって来たのよ。そうしたら私の竜が態度を変えてね」
「ハイデマリー様の竜が?」
話を聞いているとハイデマリー様の竜は侯爵のこと好いてなさそうだった。どうして急に心変わりを?
「それで気付いちゃったわ。──ああ、私はこの人のこと気になっているって」
「……え?」
ハイデマリー様の発言が分からなくてきょとんとしてしまう。どうしてそれで自分の気持ちを自覚したのだろう。
首を傾げているとくすっと笑う。
「幼竜に気に入られて契約を結ぶと、自分の魔力を提供するのは知っているわよね?」
「はい」
問いかけにこくりと頷く。幼竜の時は契約者が自身の魔力を提供して、竜との絆を深めていくというのは有名だ。
頷くとハイデマリー様が話を続ける。
「理由は詳しくは分かっていないわ。でも魔力による繋がりのせいか、ある程度竜と意思疎通ができるようになって、竜の好みも主人にある程度似てくるの。──だから、竜が好いているってことは自分がその人のこと好いているってことになるの」
「……それって」
説明を聞いて目をゆっくりと見開く。それが本当なら、フリューゲルは?
幼竜の時から私に懐いていた。そして、フェリクス様は途中で私に素っ気なくなったけど、フリューゲルはずっと、変わらず私に懐いていた。
初めて知る事実に呆然としていると、ハイデマリー様がさらに言葉を重ねる。
「フリューゲルは竜にしては好奇心旺盛で人懐っこいわ。でも、あの子も竜よ。知性が高く、誇りも高い竜は主人以外簡単に背に乗せないわ。急所の頭部や首を触らせるなんて以ての外よ。──もし、主人以外に懐くのなら、主人がその相手を好いているからよ」
続けて告げられた真実に声が出ない。
脳裏に浮かぶのは、ずっと変わらずに私に懐いていたフリューゲルの姿だ。
固まっている私にハイデマリー様が苦笑する。
「やだ、私もなんだか恥ずかしくなってきたわ。……でも、ローギウスの男は面倒くさい奴らばかりだけど一途なのは確かよ。──それで、フリューゲルはどうだった?」
「フリューゲル、は……」
問いかけられて何か言わないと、と分かっているのにそれ以上言えない。……だって、それってつまり──。
口ごもる私にハイデマリー様が再び苦笑する。
「ごめんなさいね。急にたくさん色々話してびっくりしたわよね。大丈夫よ、一度整理してちょうだい。それで、改めてフェリクスと会ってちょうだい」
混乱を隠せない私に、ハイデマリー様が優しくそう告げた。




