27.告げられた真実と、分からない真意
混乱の渦から抜け出せない私に屋敷でゆっくりするように促したのは、ハイデマリー様だった。
その厚意に甘えてお礼を言うと、御者にゆっくりと屋敷へ向かってほしいと伝える。
「…………」
馬車の車輪の音が聞こえ、景色が移り変わっていくけど楽しむことができない。……ハイデマリー様とのお茶会は、それだけ衝撃な内容が多かった。
俄に信じがたい。でも、母親同士が親友ということで昔からハイデマリー様のことは知っている。そんな、調べたら分かるような冗談や嘘をつく方ではない。
「フリューゲル……」
青空を彷彿させるような青い瞳が印象的な白銀の竜の、これまでの様子を思い出す。
フェリクス様がよそよそしくなった時も、フリューゲルはずっと、ずっと私に対して態度が変わらなかった。
ローギウス侯爵家へ訪れると私の元へやって来て、竜にとって急所である頭や首を触らせてくれた。契約を交わした主人でもないのに、一時的な効力しかないとはいえ、加護を与えてくれた。
そして──フリューゲルの主人でもないのに、背に乗せるのを許してくれた。
初めてフリューゲルを見たのは私が五歳の頃。腕に抱きかかえられるくらい小さかったフリューゲルは、気位の高い竜なのに私に対してすごく懐いていた。
『──もし、主人以外に懐くのなら、主人がその相手を好いているからよ』
ハイデマリー様の発言が頭に浮かぶ。……好いている。フェリクス様が、私を。
あり得ないと思っていた。だって、それくらい私たちは婚約者なのに交流が少なくて、会話も殆どなくて冷え切っていたから。だから婚約の解消を持ちかけたのだから。
それが少しずつ変化してきたのは、婚約の解消を提案してからだ。
不器用なりに私のこと思って行動してくれる姿を見て、一緒に過ごす時間が増えてから少しずつ認識が変わっていった。
だけど、フェリクス様からはっきりと好きだと言われることはなかった。だからそれらしい行動が見えても勘違いしたくなくて、期待しないようにしていた。
でも、ハイデマリー様の一連の発言が本当なのだとしたら──。
「……どうして、素っ気なくなったの?」
ポツリと零れた言葉が、車輪の音に消えていく。
私のことが嫌いじゃなくて、好意を持っている。
だとしたら余計分からない。どうして、急によそよそしくなって、距離を置くようになったのだろう。普通、好きなら距離を置くようなことしないと思う。
少なくとも、私だったら好きだと思ったらそんな行動しない。少しずつでも、相手との距離を縮めようと努力すると思う。
「……心でも読める魔法でもあればいいのに」
席に背中を預けて呟く。心を読む魔法があればあっという間に解決しそうどけど、お姉様曰くそんな魔法はないらしい。まぁ、私は魔法を扱えるほど魔力量を有していないけど。
ただ言えることは、いくら好意があったとしても、言葉にしなければ分からないことはたくさんある。
「……また日を改めて会わないと」
そっとため息をつく。決意して侯爵邸へ来たから、できたら今日会いたかった。
車輪の音を聞きながらフェリクス様について考える。……素っ気なくなったきっかけは、なんなのだろう。
態度が変わったのは三年前。その時には既にフェリクス様は竜騎士として活動していた。
変化した前後について頭を捻らせて思い出す。三年も経っているから曖昧な記憶もある。
「……長期任務」
記憶を巡らせて呟く。そうだ、確かその後くらいから急によそよそしくなった。
詳しい内容は知らない。だけど、確か幼竜の密猟を取り締まるために東部へ長期間向かっていたのを思い出す。
「……やっぱり、本人に聞くしかない」
屋敷に戻ったら改めてフェリクス様に予定を聞こう。今度は複数の日程を聞いてきちんと話をしたい。
「確か、明日はアルベルタと会う日ね」
明日の予定について思い出す。明日はアルベルタと商談ではなく私的にお話しして過ごす予定となっている。
そんなことを思っている時だった。馬車が、急停車したのは。
「きゃっ……!」
急停車したことで体勢を崩す。……何?
突然の事態に状況が確認できず、運転している御者に問いかける。
「一体、どうしたの?」
「申し訳ございません! 急に王立騎士団の騎士が止まるように言ってきて……」
「王立騎士団の騎士が……?」
御者の焦った声に片眉が上がる。……どうして騎士が?
御者の声に私も混乱していると、窓を軽く叩かれてびくりと肩を跳ねる。今度はなんだ。
近付いてそっと覗くと、黒と緑を基調とした軍服を纏う若い男性が見える。……黒と緑の軍服ということは、王立騎士団の騎士だ。
アウスリング王国の騎士団は、その色によってどこに所属しているか分かるようになっている。
そして、アウスリング王国にある主な騎士団は三つ。
一つは、黒と緑を基調とした軍服を纏う王立騎士団。これは王都や各地の治安を守っていて、一番数が多い。
二つ目は、白と金を基調とした軍服を纏う近衛騎士団。これは王家や王宮の守護を担う騎士団だ。
そして──美しい青空の色を切り取ったような青を基調とした軍服を纏うのは竜騎士団。三つの騎士団の中でも一番数が少ないけど、戦力は一番とも呼ばれている。
再び窓を叩かれて小さく窓を開けると、若い騎士が話し出す。
「失礼します。リストン伯爵家のご令嬢でしょうか?」
「……そうですが」
問いかける若い騎士にゆっくりと肯定する。
じっと若い騎士を顔を見る。……知らない顔。もしかして、貴族ではないのかもしれない。
王立騎士団は平民と貴族どちらも所属できる。だからもしかしたら平民出身の騎士なのかも。
そう思いながら肯定すると、若い騎士がニコリと微笑む。
「よかった。実はリストン伯爵令嬢にお話したい内容がありまして……。申し訳ございませんが、声が聞き取りにくいので窓を大きく開いていただけますか?」
「……分かりました」
私に話したい内容が何か分からない。だけど、王立騎士団の騎士に頼まれたら断れない。彼らは、国に属する騎士団だから。
その考えが悪かったのか。頷いて窓を上げて大きく開くと──鼻と口許に布を押し付けられる。
「っ……!?」
「しっー、静かに」
抵抗するも片手で容易に顔を固定されて、もう片方の手で布を押し付けられ、どこか甘い匂いが鼻をくすぐる。
同時に力ががくっと抜けていき、急激な眠気に襲われる。これ、は……。
眠気で思考も回らなくなり、意識も曖昧になる。……どうし、て。
そして声を上げることもできず──瞼を閉じて意識を失ったのだった。




