23.波乱の気配
フェリクス様と花畑に行って一週間。
屋敷のアトリエで制作中のキャンバスに色を塗っていると、ふと、空の部分が気になって手を止める。
「……空の色、もう少し青色を強めにしようかな」
離れながら全体図を見て呟く。……上と中間部分の空の色が似ている。上の部分はもっと鮮やかな、目の覚めるような青色にした方がいいだろう。
そう決めて上の部分を重ねようと青色の絵の具を手に取るも、殆ど残っていないことに気付く。
「あれ? えっと、予備は……」
立ち上がって予備の青の絵の具を探す。
しかし、いくら探しても求めている絵の具は見当たらず、予備がないことが分かって肩を落とす。
「……仕方ない」
他の色で代替えはできない。空の色を明確に区別しなければ完成したとは言えない。
決意すると作業を中断し、パレットと筆を洗い落とす。
そして慣れた手つきで片付けるとアトリエを出て部屋へ向かう。
部屋へ到着するとクローゼットを開けて平民の少女が着るようなシンプルな服に着替え、髪を後ろに一つ結びする。
「うん、これなら大丈夫」
髪を整え、鏡に映る自分を見る。私の髪は薄茶色で、お姉様のように鮮やかな薔薇色の髪色ではないからか、服装次第ではすぐに平民の少女のように変身できるのはいい点だと思う。
鏡で確認して部屋を出て回廊を歩いていると、セルマに遭遇する。
「あれ? エリーゼお嬢様、お出かけですか?」
「セルマ。うん、絵の具が切れたから買いに行こうと思って」
目を丸めて尋ねるセルマに絵の具が切れたことを話す。今は休憩中に入っているから会うとは思わなかった。
説明すると平民の少女が着るようなシンプルな服を見て納得する。
「そうなのですね。私も参りましょうか?」
「セルマは休憩中でしょう? 絵の具を買ったらすぐに帰るから大丈夫よ」
同行を申し出るセルマに平気だと告げる。せっかく休憩しているのに私の買い物について行ったら休憩がなくなる。
絵の具を購入するお店は今までも何度も行ったことある場所だ。歩いて行ったとしても一時間ほどで帰って来られる場所にあるので歩いていこうと思う。
「分かりました。……その服装ということは、歩いてですか?」
「ええ。歩きながら新しい作品のモデルを探そうかなって」
「もう、エリーゼお嬢様ったらすぐに絵の話になりますね」
セルマが苦笑しながらそう言う。そんなこと言われるけど仕方ない。それくらい、絵を見るのも描くのも大好きなのだから。
「分かりました。ですが、護身用にレイリアお嬢様から受け取った魔道具を持ち歩いてくださいね」
「お姉様からの? ……心配しすぎじゃない?」
セルマの発言に首を傾げる。向かうのは王都の中心街で治安もいいから大丈夫なのに。
そう言うも、セルマの意思は固くて折れない。
「せっかく高価な品をエリーゼお嬢様にお渡ししてくれているのですよ。王都は治安がいいですけど、一応持ち歩いてください。でないとお渡ししたレイリアお嬢様が不憫です」
セルマの言葉に口を閉ざす。……確かに魔道具は高価な物だ。魔法の才能があるお姉様は魔道具の開発も一部担っていて簡単に渡してくるけれど、貴重な物なのは変わりない。
過保護だと思うけど、お姉様も私を心配して渡してくれているのだ。持ち歩いていても邪魔にならないから身につけよう。
「分かったわ。この間、お姉様から貰った防御魔法付きのペンダントつけていくわ」
「はい!」
頷くとセルマが元気に返事する。これでセルマの心配が晴れるのならつけて行こう。
そして部屋に戻って貰った防御魔法が付与されたペンダントを首にかけて屋敷を出る。
「わぁ、素敵な青空」
太陽が差していて目を細める。空は美しい青空をしていて快晴なのが窺える。
爽やかな青空の下、いつもは馬車に乗って窓から外を眺めるから歩くのは新鮮だ。
歩いていると王都の賑やかな様子が感じ取れる。他にも店主の明るい声やおいしそうな匂いもしてくる。
賑やかな様子を見ながらいつも絵の具を購入するお店で青色の絵の具を購入する。それに加えてよく使う色の絵の具も購入する。
あっという間に買い物を終えてお店を出る。あとは屋敷へ帰るだけだ。
行きで通った道を歩いていると、名前を呼ばれる。
「あれ、エリーゼ?」
「え?」
突然、知っている声に名前を呼ばれて立ち止まる。この声は──。
声が聞こえた方向へ目を向けると予想通りの人物がいて、今度は私が相手の名前を紡ぐ。
「リベラート?」
名前を紡ぐと透明にも見える淡い水色の瞳が笑ってこちらへ近付いてくる。
「やっぱりエリーゼじゃん! 久しぶり!」
「ふふ、久しぶり」
明るい笑みを浮かべながら駆け寄ってくる青年に私も微笑んで頷く。
声をかけてきたのはリベラート・ステイシア。金色の髪に水色の瞳が印象的な、友人であるアルベルタの一つ下の弟だ。
「何ヵ月ぶり?」
「半年くらいじゃない?」
「ええ? そんなに?」
屈託のない笑みで笑うリベラートに私もつられて笑う。
アルベルタの弟ということもあり、もちろんリベラートとも顔見知りだ。とは言え、社交的なリベラートは同性の友人がたくさんいたため、遊んだ記憶は少ない。
それでも人懐っこいリベラートとは会えば気軽に話ができる存在だ。
「もしかして一人?」
「うん」
「ふーん。なんか買い物でもしてたの?」
「絵の具がなくなってね。それで買いに行ってたの」
尋ねるリベラートに説明する。アルベルタの弟である彼は私がエリオット・ケペルという名で画家をしていることを知っている。
絵の具を買いに行っていたと話すとリベラートが笑う。
「そうなんだ。で? もう買い終わったのか?」
「ええ、これから帰るつもりよ。リベラートは?」
「俺は先日王都に戻って来てさっきまで友人と食事してたんだ」
「そうなのね。王都に戻って来たということはどこかへ行っていたの?」
「南西のティナールにな。親父の商談に同行してたんだ」
「まぁ、そうだったの」
以前アルベルタに聞いた時は父親と一緒に隣国にいたのに、今度は国内とはいえ南西の大都市であるティナールにいたとは。父親の下で頑張っているのが窺える。
「頑張ってるのね」
「おうよ! 親父を超えるのもそう遠くないはずだ!」
堂々と宣言するリベラートに笑ってしまう。リベラートは人を笑わせるのが得意だと思う。
明るくて社交的な性格のリベラートは簡単に人と打ち解けることができる。商人として有利な才能を持っているなと思う。
「なら屋敷まで一緒について行こうか? さっき友人と別れて暇だし」
「いいの?」
「ああ」
リベラートの提案に思案する。あとは屋敷へ帰るだけだからトラブルに巻き込まれることはないと思うけど、アルベルタと違ってリベラートと会うのは本当に久しぶりだから歩きながら話すのもいいかもしれない。
それに、商人として頑張っている彼に何か屋敷のお菓子をあげるのもいい。リベラートは甘いお菓子が大好きだから。
「……それならお願いしようかしら」
「ん。じゃあ行こうか」
「ええ」
そして、リベラートと屋敷へ向かって歩こうとするも──それは叶わなかった。
なぜなら、突然後ろから腕を掴まれたから。
「え……」
急なことに動転しながら後ろを振り返り、息を呑む。
そこにいたのは──。
「……フェリクス、様?」
驚きながらフェリクス様の名前を紡ぐも、反応がない。
同時にフェリクス様の様子に狼狽える。……怒っている?
美しい顔立ちはどこへやら、眉を顰めて険しい顔を浮かべながら私を見つめ、名前を紡いだ音は、街の賑やかなざわめきに消えていった。




