22.思い出と決意
昼食を摂り終えると、目的の花を見るために整備された道をフェリクス様と歩いていく。
「わぁ、きれい……!」
色とりどりの花に弾んだ声が出る。王立自然公園にはこれまで何回か訪れたことがあるけれど、国が管理しているだけあってどの花も美しく咲いている。
「人が多いね」
「今が見頃だからでしょうね」
花畑を見ながら呟くフェリクス様に答える。咲き頃だからか来ている人々も多いと思う。
憩いの場とも有名な王立自然公園は、来訪してきた人たちが休憩できるようにベンチが複数設けられている。他にも軽食などが食べられるお店もあり、ゆっくりと過ごせるようになっている。
「あ、見てくださいフェリクス様。菜の花の花畑ですよ」
「本当だ。……一面、黄色だね」
「ふふ、そうですね」
一面黄色の絶景である菜の花の花畑に驚いて目を丸めるフェリクス様を見て笑う。
私は作品を作るために度々花がたくさん咲く場所に行くから驚かないけれど、普段花畑に行かない人からしたらびっくりするかもしれない。
「菜の花は好きな花の一つなんです。見ていると明るい気持ちになれるし、花言葉もポジティブな言葉が多いんですよ」
「そうなんだ。花言葉……エリーゼは詳しいんだね」
「ハンカチとかに花を刺繍する時は花言葉などを考慮して縫うので」
感心するフェリクス様に理由を告げる。刺繍するのなら明るい花言葉がある花を刺繍したいと思ってよく読んでいたものだ。
菜の花を見つめていると、小さな子どもたちがはしゃいだ様子で走る姿を見つける。もしかしたら初めて来たのかもしれない。
「懐かしいね。昔、僕たちも花畑に行ったよね」
小さい子どもたちを見ていると突然昔話をするフェリクス様に瞬きを繰り返す。
フェリクス様と婚約してから一緒に花畑に行った記憶はない。それなら、もしかして──。
「……それって、十二、三年前の話ですか?」
「うん。僕が伯爵家の屋敷に預けられていた時、エリーゼが連れて行ってくれたよね。もしかして、ここだったのかな」
目を細めて語るフェリクス様は昔を思い出しているように見える。……もう、十年以上前になるのか。
両親が多忙なフェリクス様は小さい頃は度々我が家に預けられていて、一緒に過ごすことが多かった。そして──小さい頃の私はお姉様やアルベルタ以外の遊び相手として、爵位の上下などあまり考えずにフェリクス様を連れ回したりしていた。
今思えば年上のフェリクス様は私に付き合ってくれていたんだと思う。私が手を掴んで引っ張ると大人しく付き合ってくれたから。
花畑の時もそうだった。あの日も預けられたフェリクス様とフリューゲルに開花時期を迎えていた花畑へ連れて行った。
フリューゲルは初めて見る花畑に興味津々で、フェリクス様は私の近くで私の保護者のようにいてくれた。
思い出して目を伏せる。……小さかったとはいえ、フェリクス様にはたくさん迷惑かけてしまったと思う。そしてフェリクス様はよく我慢してくれたと思う。
「あの頃はすみません……。小さかったとはいえ、フェリクス様を連れ回して」
「昔のエリーゼは今より行動的だったよね」
「お恥ずかしい……」
笑われて頬に熱が集まるのが分かる。令嬢教育が進むにつれて少しずつ落ち着きを持つようになったけど、昔の私は少々お転婆……行動的だったと思う。
「楽しかったからいいよ。フリューゲルもいつも楽しそうにしていて、その日の夜は中々眠らなかったんだ」
「そうだったのですか?」
「うん」
フリューゲルの話に目を丸めるとフェリクス様が口許を和らげて頷く。いつもどこかへ連れて行くと興味津々そうにしていたけど、すごく喜んでくれていたなんて。
「きっと僕だけだったらフリューゲルに楽しいことをたくさん教えることができなかったと思うから。──だから、エリーゼには感謝しているんだ」
穏やかな声で話すフェリクス様に胸に何かが込み上げる。……初めて聞く内容に口許が緩む。感謝されるなんて、思ってもいなかったから。
「……それならよかったです」
微笑むとフェリクス様も微笑み返してくれる。最近のフェリクス様は感情が分かりやすくて一緒にいても心地いい。
その後もフェリクス様と広い自然公園を歩いて色んな花を見て回る。
「わぁ、たくさんのネモフィラ……!!」
一面に広がるネモフィラに声が出る。青色系統の花は珍しいからやっぱり圧巻だ。
「きれい……」
美しい光景に心を奪われる。まるで海や湖の中にいるみたい。
同時に、絵を描きたいという意欲に駆られる。ああ、やっぱりスケッチブックを持って来たらよかった。キャンバスは無理でもスケッチブックなら軽いから持っていけばよかった。
美しい光景を描くことできないことに悔やんでいると、フェリクス様が戸惑った様子で声をかけてくる。
「エリーゼ……? 何かあった?」
「あ、すみません……。その、スケッチブックを持って来たらよかったと後悔していて」
心配するようにこちらを見るフェリクス様に苦笑いしながら説明する。言っても仕方ないけど、やっぱり落ち込んでしまう。
「エリーゼは本当に絵が好きなんだね」
「……私の生きがいなんです」
噛み締めるように口にする。
絵は私にとって大切な物だ。絵があったから嫌なことも、辛いことも乗り越えられた。
絵は私の人生に必要な物だ。それはきっと、生涯変わらない。
「ならまた一緒に行こうか。もう少ししたら春と夏の花が混じり合ってきれいとなると思うし、絵もその時に描いたらどうかな」
「……え」
肩を落とす私にフェリクス様がそう提案してくる。確かにもう少ししたら春の終わりになって春の花と夏の花どちらも咲くと思うけど……。
「……でも、フェリクス様は退屈ではないですか?」
気になってフェリクス様に尋ねる。私が絵を描いている間は手持ち無沙汰になるはず。それなのにいいのだろうか。
戸惑いながら尋ねるとフェリクス様が小さく微笑む。
「本でも持って来たら問題ないよ。仕事が忙しくて溜まっている本がたくさんあるからね。エリーゼが集中できるのなら隣で本を読むのもいいかなって思うんだ」
「それは、私は大丈夫だと思いますが……」
「じゃあどうかな」
平気だと伝えると口角を上げて微笑む。……スケッチブックも贈って来たくらいだし、フェリクス様は私が絵を描くことに不満はなさそうに見える。
『フェリクス様に、エリオットのこと話したら?』
ふと、アルベルタの言葉が頭をよぎる。
冷え切っていた関係から変化し、今のフェリクス様は以前と比べて話しやすくて表情も分かりやすい。
女性の私が絵を描くことにも特に抵抗をなさそう。……エリオットのこと、フェリクス様なら話してもいいかもしれない。
「……はい、ぜひ」
提案するフェリクス様に頷く。──次に王立自然公園に来た時、私がエリオットだと伝えよう。
そう決めて、フェリクス様と美しい花畑を散策した。




