20.初めての空中飛行
王立自然公園へ向かう当日。服装を整えて荷物を持ってエントランスホールへ向かっていると、母と出会した。
「あら、エリーゼ。どこかへお出かけ?」
「お母様。フェリクス様と郊外にある王立自然公園へ向かう予定で」
「まぁ、フェリクス君と?」
フェリクス様の名前を紡ぐと母が瞬きを繰り返す。その母の様子を見ると少し気恥ずかしくなり、早口になる。
「夕方までには戻ってきますから」
「帰宅は心配していないわ。フェリクス君ならちゃんとエリーゼを送り届けてくれるもの」
早口で帰宅時間を告げるとおっとりとそう返される。どうやらフェリクス様は母に信頼されているらしい。
そんなこと思っていると、母がにこやかな笑みで衝撃的な発言をしてきた。
「ふふ、それじゃあデートね」
「……デートではありません。お出かけです」
「そう。ならお出かけ楽しんでいらっしゃい」
にこやかな笑みで告げる母に訂正すると貴族の夫人らしい笑みで言葉を返される。……アルベルタも母もデートだと言うけどこれはお出かけだ。私がデートと認めなければ違うのだ。
一礼すると早足でエントランスホールへ向かう。早く行かなければフェリクス様を待たせることになる。決して、母のにこやかな笑みから逃げたわけではない。
階段を下りると屋敷のエントランスホールにある照明の光に反射してキラキラと輝く白銀の髪に目が行く。──フェリクス様だ。
遠目からでも分かるサラサラとした髪は、今日も美しい。
下りるとフェリクス様がこちらに気付いて灰色の瞳と視線がぶつかる。
「お待たせしました、フェリクス様」
「エリーゼ。ううん、大丈夫」
声をかけるとフェリクス様が穏やかな笑みで首を振る。待たせたらどうしようと思っていたけど大丈夫だったようでほっとする。
「忘れ物はない?」
「大丈夫です」
「そう、なら行こうか」
出発を促すフェリクス様に頷く。王都と近いと言え、郊外にあるから馬車での移動時間は長いはずだから早めに出発した方がいいだろう。
そんなこと思いながら外へ出ると──屋敷の敷地内に本来いるはずのない白銀の竜の姿の存在に目を見開く。……どうしてここに?
「フリューゲル? どうして……」
「馬車でも移動はできるけど、フリューゲルの方が馬車の渋滞に巻き込まれることなく早く到着できるから。フリューゲルの力を借りようかなって」
「ギュッ!」
目を丸める私にフェリクス様が説明し、続いてフリューゲルが元気に鳴き声を上げて頷く。なるほど、確かにフリューゲルの方が渋滞に遭遇することなく、かつ早く到着できるはずだ。……でも。
「それはそうかもしれませんが……私、竜に乗ることができないのですが」
おずおずと口にする。と言うか、殆どの人がそうだ。
宮廷魔術師の中でも優秀と名高いお姉様ですら空を飛ぶことができない。そもそも、そんな魔法がないからだ。
空を飛ぶことできるのは竜を使役する才を持つ竜騎士だけで、彼らだけの特権だ。
不安を口にするとフェリクス様が安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。フリューゲルの加護をエリーゼに一時的に与えたら問題ないから」
「加護を?」
「うん。フリューゲル」
「ギュ」
名前を呼ばれて返事するとゆっくりと両翼を広げる。
風が吹くと思っていた。なのに、風は一切吹くことなく──フリューゲルの周りからキラキラとどこか幻想的な雰囲気を感じさせる白銀の光が発生して私に舞い降りる。
「これは……」
「竜の加護だよ。これで空高く飛んでも呼吸は苦しくならないし、寒さはもちろん風も無効化されるんだ」
「寒さや風も? すごいですね……!」
フェリクス様の説明に胸が高鳴る。詳しくは知らなかったけどすごいと思う。
キラキラと未だに私の元に舞い降りる白銀の光に目を向ける。……これが竜の加護。加護なんて、竜に認められた人しか受けられないと思っていたのに。
「正式にフリューゲルと契約を結んでいる僕は背に乗ったら常時発動する加護だけど、エリーゼの場合は一時的だからね。今日だけしか効力ないと思うんだけど……」
「だとしてもすごいです! ありがとう、フリューゲル」
「ギュッ!」
加護を与えてくれたフリューゲルに笑顔でお礼を伝えると嬉しそうに鳴く。まさか契約者以外でも一時的とはいえ、加護の恩恵を受けることができるなんて。
「フリューゲルの操縦は僕がするから荷物はエリーゼに任せていいかな。荷物も加護を受けて問題ないから」
「はい。元々私の荷物なので大丈夫です」
私の荷物を見て呟くフェリクス様に頷く。重くないため持っていても負担にならない。それよりフェリクス様にはフリューゲルの操縦に専念してほしい。
フリューゲルに近付くと青い瞳が私の荷物へ目を向ける。さすがは竜、人間より嗅覚に優れているからか気付いたようだ。
瞬きをして私と荷物を交互に見るフリューゲルに口許に指を近付けて囁く。
「あとであげるからね」
「ギュ!」
内緒だと伝えると元気に鳴く。この様子ならきっと喜んでくれるはずだ。
「エリーゼ、手を」
「はい」
先にフリューゲルに乗って片手で手綱を持ち、もう片方の手を私に伸ばす。
その手に応じてフェリクス様の前に横乗りで乗ると──フリューゲルがゆっくりと飛び始める。
フリューゲルの加護のおかげか、少しずつ高度が上がっているのに寒さも感じなければ息が苦しくない。風もまるでないように飛んでいる。
竜の加護に感心しながら周囲を観察する。
「わぁ……!」
地上から見ていた青空が近い。白い雲も地上から見上げていた時よりも大きく見える。
鮮やかな青空に目を細める。……やっぱり美しい。
竜を使役する才がない、と診断された時に空を飛ぶのは諦めていたのに夢みたいだ。
「あれがリストン伯爵邸だよ」
「私の? ……なんだか、小さく見えます」
言われた方を見ると私の実家であるリストン伯爵家の屋敷が見える。伯爵家ということもあり、屋敷は大きい方なのに空から見ると小さく見える。
正直に口にすると、フェリクス様が小さく笑う。
「飛んでいるとみんな小さく見えるね。ああ、向こうが僕の屋敷のローギウス邸だよ」
「フェリクス様の?」
次に言われたのはフェリクス様の実家であるローギウス侯爵邸だ。私の屋敷よりかは大きいけどそれでも小さく見える。
「ちなみに、あっちが王宮だよ」
「ふふ、さすがに王宮は大きいですね」
続いて示された方を見ると見覚えのある建物が見えて笑う。やっぱり王宮は他と違って大きいなと思う。今頃、お姉様は魔法の訓練でもしているだろうか。
「…………」
王宮から目を離してそっと下に目を向ける。
地上にはたくさんの人はもちろん、お店が並んでいて空中からでも賑わっているのが窺える。……これが、フェリクス様が普段見ている光景。
初めて知るフェリクス様がいつも見ている光景に、なんだか嬉しくなる。
「怖い?」
「いいえ」
怖がっていると思ったのか、案ずるように問いかけるフェリクス様に首を振る。怖いなんて感情はない。
「本当? 怖いのならゆっくりと飛ぶけど」
「平気です。だって──操縦しているのはフェリクス様ですから」
美しい青空を一瞥してフェリクス様を見上げると、灰色の瞳と視線がぶつかる。
体調は悪そうではない。──なら、何を恐れる理由があるだろう。
「だから、安心して委ねられます」
微笑みながら平気だと告げる。
乗っている竜はフェリクス様の愛竜であるフリューゲルだ。元気なフェリクス様が、フリューゲルとの飛行に失敗するわけない。
そう伝えると、ぐっと手綱を握る音が聞こえる。
「……うん。ならこのままの速度で行くね」
「はい」
ゆっくりと優しい声で紡ぐフェリクス様に私も返事をして再び地上に目を向ける。
そして初めての空中飛行はなんのトラブルもなく順調に進んでいき、目的地である王都郊外の王立自然公園へと到着した。




