18.好きなもの
それから数日後。フェリクス様に「大切な話がある」と手紙で伝えると、これまでと違って少し時間をおいて返信が届いた。もしかしたら竜騎士団の仕事が忙しかったのかもしれない。
届いた手紙には日程は複数記載されていて、私の好きな日を選んでいいとのこと。なので一番早い日付を選んで返信した。
「返信が遅かったのですか?」
「ええ。一応、予定が変更できるように一番早い日付を選んだけど。……急にお休みが変更にならなければいいけれど」
尋ねるセルマに頷く。今までも休日が変更になることがあったから早い日にしたけど、どうだろう。
そう思いながら絵を描くためにアトリエへ向かった。
***
結果的に急な休日の変更の連絡はなく、私の小さな杞憂は解決した。
約束していたフェリクス様と会う当日。馬車に乗って御者にローギウス侯爵邸へ向かうように告げる。
そうして馬車に乗ること数十分。ローギウス侯爵邸へ到着して馬車から降りると──フェリクス様が緊張した面持ちで私を出迎え、目を瞬かせる。
「フェリクス様? 出迎えに来てくれたのですか?」
「ああ。ようこそ、エリーゼ」
「本日はありがとうございます」
淡く微笑むフェリクス様に感謝の言葉を紡いで会釈する。まさか出迎えくれるとは。少しびっくりしてしまった。
しかし、会釈を終えるとフェリクス様の顔色が青白いことに気が付く。……婚約を解消しようと言った時と同じだ。もしや、また体調が悪いのではないだろうか。
「あの、顔色が悪い気がしますが大丈夫ですか?」
「え? ああ……不安であまり深く眠れなくて」
「不安? 何かお仕事で不安なことが?」
「いいや、仕事は問題ないけどちょっとここ数日トラウマを思い出して……。大丈夫、体調は大丈夫だから」
心配する私にフェリクス様が青白くしながら微笑む。……こんなこと考えるのは場違いかもしれないけど美しい。憂いを纏った青白い状態でも絵になるのだからすごいなと思う。
「案内するよ。今日は中庭でいい?」
「はい」
問いかけるフェリクス様に頷いて隣を歩く。気になるけど、大丈夫だと強調されると聞きにくい。ここは、フェリクス様の言葉を信じよう。
そう思いながら歩き慣れた侯爵邸を歩いていく。小さい頃からお姉様と一緒に侯爵邸へよく行っていたから庭園はもちろん、屋敷も見知っている。
中庭へ到着すると侍女たちが温かいお茶とお菓子をテーブルに置く。……今日も、私の好きなお茶とお菓子だ。
「……それで、大切な話って?」
出迎えと変わらず緊張した面持ちでフェリクス様が問いかける。……覚悟を決めたのだ、なら尋ねるしかない。
まっすぐとフェリクス様の顔を見ながら口を開く。
「……フェリクス様は私が何が好きかよく知っていますね」
「え?」
簡潔に、短く告げるとフェリクス様がきょとんとした顔を浮かべて瞬きを繰り返す。その反応から想定外の発言だったのが読み取れる。
きょとんとするフェリクス様を見ながら、続きを告げる。
「最近、気付いたんです。――侯爵邸へ訪れる度、私の好きなお茶とお菓子が並ばれていることに。……用意するのは使用人でしょうが、遠くに控えているので私が何が好きかは分からないと思うのです。目の前にいる、フェリクス様以外には」
侯爵邸でのお茶会について話すとフェリクス様が息を呑む。だけど、そのまま話を続ける。
「お茶会以外もです。……私が絵が好きなこと、明るい色合いの花が好きなこと。好きそうな料理。フェリクス様は私が何が好きなのかよく知っていますよね。……でも、私は自信を持ってフェリクス様が何が好きか言えません」
嘘をつかずに正直に告げる。
優秀なフェリクス様なら、私が何が好きかなんて観察していたら分かるのかもしれない。
でも私は違う。平凡な私は、観察だけではフェリクス様の好みを正確に把握できない。
灰色の瞳と視線がぶつかる。その瞳は、どこか困惑しているように見える。
「だから知りたくて。……フェリクス様のこと、教えてくれませんか?」
「エリーゼ……」
お願いすると驚いた様子で私の名前を紡ぐ。いつもは落ち着いた、理知的な灰色の瞳が、今は驚愕の感情を宿しているのが窺える。
「申し訳ございません、突然このようなこと聞いて」
固まるフェリクス様に深く一礼する。……分かっていたけど、改めて口にすると胸が苦しくなり、自分が不甲斐ないと思ってしまう。
「……顔を上げて、エリーゼ」
深く一礼していると、フェリクス様が上げるように促す。
なのでゆっくりと顔を上げ──フェリクス様の表情に目を丸める。
本音を言うと、あまりいい顔されないと思っていた。
なのにそんな私の予想とは裏腹に、フェリクス様の表情は安堵としていて、口許が嬉しそうに微笑んでいてその様子に瞬きを繰り返す。
「嬉しい。すごく嬉しい。……ありがとう」
灰色の瞳を細め、柔らかい声が耳朶を打つ。
その表情は本当に嬉しそうで、幸せそうで別の意味で胸が苦しくなる。……どうしてそんな幸せそうな声で、頬を緩めて笑うのだろう。
「怒っていないのですか?」
「……僕も非があるからね。いつもエリーゼが話しかけてきてくれたのに、口が上手くないからって相槌ばかりしていたから」
尋ねると眉を下げて、低い声が申し訳ないように答える。
「だから殿下が羨ましいなって思ってたんだ。あの方は、僕と違って話し上手で退屈させないから」
続けて灰色の瞳を伏せて呟く。確かにフェリクス様は殿下と違ってあまり話し上手ではないと思う。
先日の王家主催の夜会で見た殿下を思い出す。関わりのない私に対しても朗らかに笑っていて、親しみやすい印象を感じた。
話し上手の殿下と口数の少ないフェリクス様。きっと、幼少期から殿下の聞き役をしていたのだろう。容易に想像ができる。
「だから気にしないで。それと、なんでも聞いていいよ」
「な、なんでも」
「うん」
嬉しそうに微笑んでいて、柔らかい声でフェリクス様が告げる。……特別何かいいことしたわけでもないのにそんな風に喜ばれると心が乱れる。
とりあえず、何か聞かないと。先ほどからキラキラと眩しい光を放ちながら私の言葉を待っている。
「えっと、それでは好きな食べ物は……?」
「そうだね。好き嫌いは特にないけど、やっぱり肉料理が好きかな。特に羊肉が好きかな」
穏やかな声で一つ目の質問に答えていく。どうやら食の好みは昔と変わっていないようだ。
「そうなのですね。ではどんな時間がお好きですか?」
「エ……フリューゲルと過ごす時間かな」
「フリューゲルですか。では趣味は?」
「エリ……フリューゲルと空を飛ぶことと読書かな」
尋ねると私の質問に答えてくれる。その返答から、フリューゲルが大好きなのが伝わってくる。
「本当にフリューゲルが大好きなんですね」
「……ああ、好きだよ」
「ふふ、私もフリューゲルが好きです。同じですね」
「っ……そっか」
笑いながら私もフリューゲルが好きだと告げる。きっと直接伝えたらすごく喜ぶだろう。
その後も色々とフェリクス様に尋ねたりして過ごしていると、青かった空が夕焼け空に変化していく。
「もうこんな時間。そろそろ帰りますね」
「その方がいいね。正門まで見送るよ」
「ありがとうございます」
帰宅すると伝えるとフェリクス様が見送ると告げる。なのでその申し出に頷いて一緒に正門まで歩いて行く。
「エリーゼ。今週末、どこか出かけないかな」
「今週末ですか?」
「ああ。……また、君と一緒に出かけたいんだ」
言葉を捻らずにまっすぐと行きたいと言われ、一瞬胸が高鳴る。……私と一緒に。
一緒に出かけるのはあの個展以来だ。これはフェリクス様のことを知る機会だと思うから応じた方がいいだろう。
「嬉しいです。どこへ行きますか?」
「そうだね……。エリーゼの行きたい場所へ行こうか」
「え、私が決めていいのですか?」
「ああ。前回は僕が勝手に行き先や予定を決めたから今回はエリーゼの行きたい場所を選んで」
フェリクス様を知る機会だと思っていたのに委ねられてしまった。
委ねられて思案する。どこへ出かけよう。
考えていると、ふと、先日の夜会で聞こえた場所を思い出す。
「……それでは王立自然公園でもよろしいですか?」
「王立自然公園?」
「はい。王都郊外にある王立自然公園の花が咲き頃のようで。先日の夜会で耳にして見てみたいな、と……」
おそるおそる口にする。本当は絵も描きたいけれど、道具が必要になるから今回はやめておこう。
行きたい場所を告げると一瞬目を丸めるもすぐに微笑む。
「そうなんだ。ならそこに行こうか」
「本当によろしいのですか? フェリクス様からしたらつまらないんじゃ……」
「ううん、大丈夫。当日、伯爵邸へ迎えに行くよ」
そうしてフェリクス様と王都郊外の公園へ向かう約束をすると、屋敷へ帰ったのだった。
ちなみにフェリクスの顔色が悪かったのは、前回「大切な話があるから会いたい」という内容を送られて浮かれて応じたら婚約の解消を提案されたからです。エリーゼは気付いていませんが。




