17.知ろうとしなかったのは
王家主催の夜会から一週間後。お姉様がようやく地方の魔物討伐任務から帰って来た。
「エリー! ただいま!」
屋敷へ到着するや否やお姉様が私を抱き着く。遠征が終わって屋敷へ帰って来るといつもこうだけど、苦しい。
いつも通り、なんとかお姉様から逃れて帰宅の挨拶をする。
「おかえりなさい、お姉様。お元気そうで何よりです」
「ええ。移動する時間が長かっただけで討伐自体はさほど難しくなかったわ」
笑いながら感想を述べる。宮廷魔術師に依頼するということは簡単な討伐じゃないのに簡単そうに話していて、さすがお姉様だなと思う。
内心でそんなこと思っていると続けて話し始める。
「お土産もあるわよ。地元で有名なおいしい焼き菓子を買ってきたから一緒に食べない? もちろん、エリーのお仕事が忙しくなければの話なのだけど」
同じ緑色の瞳がこちらを見ながら提案する。今もエリオットとしてゆっくりと絵画の仕事はしているけど、締め切りはまだまだ先なので大丈夫だろう。
「嬉しいです。お姉様のお話、色々聞きたいです」
「本当? じゃあ一緒に食べましょう」
「はい。ではセルマにお茶の用意お願いしますね。私の部屋でいいですか?」
「大丈夫よ」
頷いてセルマにお茶の用意をお願いして先にお姉様と共に部屋へ向かう。
そして部屋に行き、セルマがお茶の用意をしている間に両親へのお土産について尋ねる。
「お父様とお母様には何を?」
「お父様はお酒でお母様には新しいティーカップよ。お母様の好きそうなデザインの物を買ったから気に入ってくれるはずよ」
「お姉様はセンスがいいですからきっと気に入ると思います」
安心させるためにそう告げる。実際、お姉様のセンスはよく、私へのお土産も私が好みそうな物を買ってきてくれる。
「ふふ、ありがとう。セルマ、ここまででいいわ」
「分かりました。それでは私は失礼します」
お姉様が声をかけ、お茶を淹れ終えたセルマが退室する。
お茶と一緒にきれいに並べられた焼き菓子に手を伸ばすと、そのおいしさに頬が緩む。
「わぁ、おいしいですね」
「エリーの好みに合ったのならよかったわ」
感想を述べると嬉しそうにお姉様が微笑みながらお茶を味わう。さっぱりとしたお茶と焼き菓子は相性が抜群だ。
そしてお茶と焼き菓子を楽しみながら魔物討伐の話を聞く。
「今回は沼地に生息している魔物と聞きましたが、討伐自体は手間かからなかったのですか?」
「ええ。まぁ、沼の底に潜り込むからちょっと面倒だったけど。でも引きずり出したら後は魔物の眉間に雷撃で狙い撃ちして動きを鈍らせるくらいだから難易度は難しくないのよ?」
「雷撃で……」
お姉様が簡単に説明する。魔術師じゃない私に伝わるように分かりやすく説明しているのが窺えるけど、果たして眉間にめがけて狙い撃ちするのは簡単なのだろうか。
「あ、そうだ。はい、エリー、お守りよ」
「またですか?」
お守り、と言って細長い箱を私に差し出す。お姉様は度々私に魔法が付与されている魔道具を私にプレゼントしてくる。
「安心して、今回は防御魔法よ。願ったらすぐに発動する優れ物よ」
「防御魔法ですか」
細長い箱には小さな石がついたペンダントが入っていてじっと見る。防御魔法なら人に害を成さないから身につけていてもいいかもしれない。
「ありがとうございます。受け取っておきますね」
「ええ」
箱を閉じて自分の机にそっと置く。せっかくお姉様が贈ってくれたプレゼントだ。大切にしよう。
机に置いて席に戻るとお姉様が問いかけてくる。
「エリーは? 何もなかった?」
「私の方は王宮の夜会に一回参加したくらいであとはずっとアトリエで絵を描いてましたよ」
「そうなのね。ふぅん、王家主催の夜会、ね。あいつ――フェリクスと一緒に参加したのでしょう?」
「……婚約者ですからね」
片眉を上げて確認するお姉様に苦笑しながら頷く。
一度は婚約を解消しようとフェリクス様に提案したけど、結局、婚約解消の件は進まずにいるのが現状だ。
挽回する機会がほしい、そう言ってからフェリクス様は今までが嘘みたいに私と関わろうとしている。
「まったく、今さらなのよね。捨てられそうになって必死になって。それなら最初から優しくしたらいいのに」
「捨てられるのは違うと思いますが……」
毒舌を吐くお姉様にまたしても苦笑してしまう。捨てられるは違うと思う。
でも――。
「……フェリクス様、私が何が好きか知っているんです」
「あいつが?」
「はい」
同じ緑色の瞳が私を確認するように見る。なのでこくりと頷く。
続いてお皿に並べられた焼き菓子に目を向ける。……思えば、フェリクス様の屋敷でお茶会をする時、いつも私が好きなお菓子とお茶が用意されていた。
用意してくれたのは使用人たちだろう。でも、使用人たちは遠くに控えているから私がどれを気に入ったかは分からないはず。
考えられるのは──フェリクス様だ。
フェリクス様なら向かい合っているから私がどのお茶とお菓子を気に入ったか分かる。それを使用人に用意するように伝えていたのだろう。
エリオットの個展に行った時もそうだ。私が絵が好きだと知っていたからわざわざ誘ってくれた。その後のレストランも、私が好きだと言ったお店だった。
加えて、花束をプレゼントしてきた時。花束の中にある花の色は、私の好きな色が多かった。
「…………」
対する私はどうだろう。フェリクス様が何が好きか堂々と、口にすることができない。
三年前にフェリクス様が突然距離を置いてよそよそしくなった時。たった一度、勇気を振り絞って諦めてしまった。――フェリクス様のことを知ろうとしなかったのは、むしろ私の方だ。
逃げてしまった。仮にも婚約者なのだからもっとフェリクス様と向き合えばよかったのに、十四歳の時の私は突然の変化に戸惑って傷つき、そして──諦めてしまった。
もしあの時、怖がらずに向き合っていたら。もしかしたら今のような状態になっていなかったかもしれない。
「はぁ……」
「エリー……? 大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと、自分が不甲斐なくて」
心配するお姉様に微笑んで安心させる。……今からでも、フェリクス様のことを知るべきだ。
十四歳の私は逃げてしまった。でも、今はあの頃と違う。
婚約の継続はどうなるか分からない。でも、たとえ、婚約を解消するにしてもフェリクス様の人柄を誤解したまま婚約を解消したくない。
その後、お姉様と別れて自分の未熟さを反省してフェリクス様と向き合うために、一筆認めた。




