16.王家主催の夜会2
その後、クェンティン殿下はたくさんの貴族たちに声をかけられ、私たちに手を振るとそちらへ向かった。……次期国王であり、宮廷魔術師で魔法の才能がある殿下に近付きたい人は大勢いるとはいえ、大変だなと思う。
ちなみに殿下も令嬢たちに人気だけど、殿下の婚約者は隣国の公爵令嬢ということもあり、みんな諦めている。さすがに国際問題になるのは危険だと思っているようだ。
「殿下はお忙しそうですね」
色んな貴族に囲まれた殿下を見ながらポツリと呟くと、フェリクス様が隣で頷く。
「そうだね。今日が王家主催の夜会だからだろうね」
「王家の夜会だから、ですか?」
「ああ。王太子の執務に加えて宮廷魔術師の役割を兼ねる殿下は高位貴族主催の夜会に招待されても殆ど参加しない。参加するとしたら、国王夫妻主催の夜会くらいだから殿下と接点を持ちたい貴族たちはこぞって集まるんだ」
「まぁ……そうなのですね」
説明されて納得する。王太子の執務や公務に加えて宮廷魔術師の仕事をするのはかなり忙しいはず。そこに高位貴族主催の夜会。手が回らないと言われても頷ける。
それにしても殿下と友人だとしても詳しいなと思う。竜騎士団と宮廷魔術師団と所属する隊は違うのに。
「お詳しいのですね」
「頻度は多くないけど、宮廷魔術師団と連携する必要がある任務の時は情報をすり合わせるために殿下のところへ訪れるんだ。訪れるといつも公務関係の書類や魔術師団の書類があって大変そうだなって思うよ」
疑問に思って尋ねるとそう返される。稀とはいえ、宮廷魔術師団と竜騎士団が共同で担う任務があるとは知らなかった。
そんなこと思っていると、演奏する曲が変化し始めたことに気付く。
「──あ」
小さく声を上げる。先ほどまでも今の音楽も美しくて優雅な音色だけど、曲調が違う。──この音色は、ダンスの時間だ。
音楽が変化したことに他の参加者たちも気付いたようで、パートナーがいる人たちが順次ダンスの準備を始める。
「僕たちも踊ろうか」
隣にいるフェリクス様が紡いでゆっくりと手を差し出す。……今日は婚約者として参加しているのだ。踊らないという選択はない。
「はい、よろしくお願いいたします」
了承して手を重ねて他の踊る人たちと同じくホールの中央へ行く。
そして音楽が演奏されると、曲に合わせてステップを踏む。穏やかな曲調というのと、フェリクス様のリードのおかげで踊りやすい。
曲に合わせてくるりと回転しながら周囲の様子を窺う。中には踊りながらパートナーと楽しそうに話す人たちもいてすごいなと思う。ダンスが苦手、というわけではないけれど、得意でもないから話しながら踊る余裕なんてない。
意識を周囲からフェリクス様とのダンスに集中して踊っていく。演奏が終了するまであと半分だ。
そうして集中して最後の回転をして少しするとようやく演奏が終わり、手を離してお互いに感謝の礼する。少し緊張したけど失敗することなく無事に踊り終えてよかった。
ほっと安堵していると、婚約者のいない男性貴族が同じく婚約者のいない令嬢に声をかけていく。
夜会もダンスの時間も始まったばかりだけど、他に踊る相手もいないため中央のホールを抜ける。ダンスの後はフェリクス様いつも竜騎士団の仲間の元へ行くので私も好きに過ごそうと思う。
「ダンスも終わりましたし、私は少し休憩しようと思います。なのでフェリクス様は竜騎士の皆様方のところへどうぞ」
「いいや、今日はエリーゼの近くにいるよ」
「はい、分かりまし──え?」
分かった、そう返ってくると思っていた。
なのに予想外の返答に瞬き、自分の耳を疑う。聞き間違い? いつも会場に着いたら竜騎士団の仲間の元へ行っていたのにどうした。
「あの、フェリクス様? よろしいのですか? 竜騎士の仲間がいるのでは?」
驚きながらフェリクス様に再度尋ねる。
と言うか、いる。王家主催の夜会だ。殆どの貴族は参加しているし、現にフェリクス様と同じ竜騎士団の騎士が複数人見える。いつもはダンスの後、彼らと話しているのにそちらへ行かなくていいのだろうか。
「気にしないでいいよ。彼らとは毎日仕事で会っているから。急いで話さないといけない内容もないから」
尋ねると平気だと穏やかな表情を浮かべて返される。それ以上言われたら行けとは言えない。
「それより、あっちはどうかな。人も少ないからゆっくりと過ごせそうだよ」
「……そうですね」
提案するフェリクス様に頷く。よし、ならばフェリクス様には防波堤になってもらおう。
フェリクス様が私の隣にいれば、フェリクス様のファンが私に絡んで中傷することはないだろう。誰だって好きな人の前では自分の悪い部分は見られたくないだろうから。
フェリクス様が提案した方向は確かに人が少なく、音楽を演奏する楽団とも離れて、なおかつ料理と比較的近い休憩に最適な場所だ。あそこで休憩して宮廷の料理を堪能しよう。
向かうとフェリクス様が給仕から飲み物を二つ受け取り、うち一つを私に渡す。
「柑橘だけど大丈夫だよね?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
受け取ると冷たい柑橘の味がする果実水を口に含む。喉が潤っていつも以上においしく感じる。
「おいしいです」
「よかった」
感想を述べるとフェリクス様も果実水を口に含む。
ホールの中央では色んな人がダンスを楽しんでいて、宮廷楽団による美しい音色により煌びやかな夜会をさらに華やかにさせている。
そして予想通り、フェリクス様を慕う令嬢たちがこちらを見ているけど私に絡んでくることもない。
そこに以前、中傷してきたロクサーヌ様もいるけど、近付いてくる気配が見えないのでほっとする。口撃を受けなくていいのなら受けずに帰りたい。
気持ちを変えようと料理に目を向ける。さすが王宮勤めの料理人。どれもおいしそうで気持ちが高揚する。
「食べる?」
「はい!」
聞いてくるフェリクス様に元気に答える。どれから食べよう。今日はダンスをもうしないので好きな料理を選べる。
肉料理に魚料理。野菜をふんだんに使った料理に温かい料理に冷たい料理。さらにはケーキなどのスイーツなどもあって迷ってしまう。
「どれから食べよう……」
「迷っているのならまずはこれにしたら?」
フェリクス様が示したのは卵がたっぷりと使用された卵料理だ。おいしそうだなと思う。
「そうですね、まずはこちらを」
「はい」
料理人に伝えてまずは卵料理を皿に乗せてもらう。
「この肉料理も柔らかくておいしいよ」
「本当ですか? それではこちらも一つ」
「はい」
そして、たくさんある料理の中から時折フェリクス様からお勧めを聞いたりして選び、一緒に食べる。
「おいしい……!」
どの料理も絶品で笑みが零れる。お肉は味が染みこんでいて、魚は柔らかく、卵は風味はもちろん、素材の味が引き立つように工夫されていて幸せな気持ちになる。
「フェリクス様が勧めてくれた料理、どれもおいしいですね。特にこのケーキ、すごくおいしいです」
「よかった。エリーゼが好きそうだなって思ったんだ」
笑いながら話すとフェリクス様も目を細めて柔らかい声で紡ぐ。……仮にそうだとしても、よく分かったなと思う。
「だとしても驚きです。どうして私が好きそうだって思ったのですか?」
「……分かるよ。だって、エリーゼは好きな料理は特においしそうに食べるから」
穏やかな表情で、優しい声でフェリクス様が紡ぐ。その表情は小さい頃、よく見ていた姿で幼い頃を彷彿させる。
「そうだったのですね。……フェリクス様は、私のこと興味ないと思っていたので少し驚きです」
目を伏せながら呟く。同時に、自分の発言に棘が刺さったかのようにチクリと胸が痛む。
素っ気ないのは、私に興味がないからだと思い切っていた。
だから驚いてしまう。私が何が好きなのか見ていたなんて。
呟くと隣から息を呑む気配がする。その反応から、私がそんなこと言うとは思わなかったのが窺える。
「──そんなことない。ずっと、君を見ていたから」
「……フェリクス様?」
力強い声に目を丸める。同時に、告げられた内容に驚いて目を瞬かせる。
真剣な様子でこちらを射貫く灰色の瞳は、夜会の華やかで煌びやかなシャンデリアのせいか、いつもよりきれいに見える。
「エリーゼ、僕は──」
何かを言っているのは分かった。でも、それ以上聞くことはできなかった。
なぜなら新しい演奏が始まり、その演奏が色んな楽器が混ざっての演奏で音が大きくなったから。
「フェリクス様? すみません、もう一回よろしいですか?」
先ほどより大きい声で確認する。何を言っていたのだろう。
問いかけるとフェリクス様が憂い顔になって小さく首を振る。
「……いいや、なんでもないよ。今は、まだ言うべきじゃない」
「どういうことですか?」
「気にしなくていいよ」
分からずに尋ねるも微笑んではぐらかされる。この様子は絶対に言う気ないなと思って諦める。
そしてその後もフェリクス様と一緒に過ごし、王宮で開かれた夜会は大きなトラブルもなく無事に閉会となった。




