15.王家主催の夜会1
「王宮で夜会ですか?」
「ああ、開催されるようだね」
夕食の時刻、お姉様を除く両親と私の三人で食事を摂っていると、父が王家主催の夜会について話し出した。
「主催が王家だからね。基本的には全員出席することになっているからエリーゼも参加するように」
「はい。でも、お姉様は?」
「レイリアは仕方ないでしょうね。だって仕事で地方へ行っているもの。帰ってくるのは難しいわ」
お姉様について尋ねると母が答える。お姉様は今、地方の沼地に発生した強力な魔物の討伐に参加しているため参加は難しいようだ。
王家主催の夜会。──なら、フェリクス様とも会うだろう。
フェリクス様は高位貴族であるローギウス侯爵家の後継ぎだ。招待者として招待状を受け取っているはずだからフェリクス様と王宮へ行くことになるだろうと推測する。
そしてその予想は案の定に的中し、翌日、フェリクス様から王家主催の夜会に関する内容の手紙が届いた。
中身は自分も参加するから当日は伯爵邸へ迎えに行くという内容で、一緒に王宮へ行くことが正式に決まった。
***
それから数日。セルマと一緒に王宮で開かれる夜会のドレスやアクセサリーを決めたり、今以上に上達しようと絵を描いていたりと時間を過ごした。
そうして過ごすこと夜会当日。先に出発する父が渋った顔を浮かべる。
「いいか、エリーゼ。今日の夜会だが、フェリクスといるのが嫌なら無理してダンスもする必要はないからね。それから──」
「はいはい、貴方、早く行きますよ」
「待ってくれ! エリーゼ、それと──」
母が私に色々と言う父を連行……いいや、馬車へと引っ張ると御者に出発するように告げる。
指示された御者は私に小さく頭を下げると馬を動かし、一足先に王宮へ向かった。なお、馬車の中から私の名前を呼ぶ父の声がするけど、出発してどうしようもないのでスルーする。
「フェリクス様はもうすぐよね」
「はい。その予定となっております」
共に両親を見送りに来ていた家令のバートンに問いかけると静かに肯定される。……王宮の夜会。それはつまり、フェリクス様のファンの令嬢が集結していることを意味する。
デビュタントを迎えてからフェリクス様を慕う令嬢たちに妬まれていたけど、刺激したくなくてずっと反応せずに受け流すようにしていた。……慣れているとはいえ、やっぱり少し気が重い。こうなったら、王宮のおいしい料理を食べて気分転換しよう。
訪れるであろうやっかみを想定し、その対処方法を考えていると、バートンからフェリクス様の馬車が来たと告げられて目を向ける。
馬車には確かにローギウス侯爵家を表す家紋が刻まれていて、停止するとフェリクス様がゆっくりと馬車から降りる。
「…………」
王宮で開かれる夜会ということもあるのだろう。
月の光に照らされた白銀の髪は神秘的な雰囲気を醸し出し、正装姿はまるで絵物語から出てきたような雰囲気を与える。……これは、会場に着いたら数多の令嬢たちを釘付けにさせるだろうなと思う。
そんな風に観察していると、理知的な灰色の瞳と視線がぶつかり──私を見ると小さく笑って表情を崩して息を呑む。
「エリーゼ」
続いて柔らかい声で名前を紡がれて小さく肩を跳ねる。……婚約を継続することになってから、度々フェリクス様の口から聞くようになったけど、未だ慣れることはできない。
固まっているとフェリクス様が長い足で距離を詰めてくる。
「すまない、待たせたかな」
「……いいえ。少し前に先に王宮へ向かう両親を見送ったところなので」
「よかった。春になってからかなり経つけど今でも冷える夜があるから。少し心配だったんだ」
私が風邪を引かないか案じるような言い方に胸の奥がくすぐったくなる。……別に私は身体が弱いわけではない。むしろ、殆ど風邪を引かないようにくらい健康で丈夫なのに。
フェリクス様もそれは知っている。──なのに、私を案じてくれていて嬉しくなる。
「……私が丈夫なのはフェリクス様も知っているじゃないですか。だから大丈夫ですよ」
「うん、そうだね。なら行こうか」
本当はここでありがとうとお礼の言葉を言うべきなのだろう。でも、恥ずかしくて言えない。
かわいくないと自分でも思う。なのに、フェリクス様は気にした素振りもなく口許を和らげて馬車まで手を引いて歩いてくれる。……フェリクス様は、私に甘い気がする。
馬車に乗ると御者に出発してほしいと頼んで、ゆっくりと動き出す。
「フェリクス様は、今日も竜騎士のお仕事だったのですか?」
「ああ。でも今日は午前で終わらせてもらったんだ。フリューゲルは不満そうだったけどね」
「フリューゲルは飛ぶのが大好きですからね」
「そうだね。だから訓練後も飛び足りないのか、勝手に空を飛んでいたよ」
「まぁ、ふふふ」
笑いが零れる。自由気ままに空を飛ぶフリューゲルの姿が簡単に想像できる。
その後もフリューゲルの話を聞いていると御者から王宮へ到着したと告げられ、驚いて目を見開く。いつの間に到着したなんて。
馬車から降りるとフェリクス様にエスコートしてもらいながら進んでいく。
そうして歩くこと数分。本日の夜会の舞台である大広間にたどり着き、警備する近衛騎士に一礼して入場する。
入場すると既に大広間にいた参加者たちが出入口に目を向ける。さすが王家主催の夜会、人が多い。
あちこちから視線が集まるのを感じながらフェリクス様と歩いていると──ある人物がこちらへやって来て、軽快な声で話しかけてくる。
「やぁ、フェリクス。よく来てくれた、会えて嬉しいよ」
「殿下。──本日は招待していただきありがとうございます」
立ち止まるとフェリクス様が深く一礼する。なので私も追随してカーテシーをする。……まさか、いきなり殿下と会うなんて。
颯爽と現れて話しかけてきたのはクェンティン・アウスリング殿下。黒髪に赤紫色の瞳が印象的なフェリクス様と同じ年の、二十歳になるこの国、アウスリング王国の王太子殿下だ。
「頭を上げてくれ、婚約者殿もね」
「は、はい……」
頭を上げるように促され、ゆっくりと顔を上げると、ちらりとこちらを一瞥してフェリクス様に話しかける。
「忙しくて遅くなったが……。なんだ、解決したのか。まったく、心配かけさせるなよ」
呆れたような声音で殿下がフェリクス様に告げる。……心配? 何かあったのだろうか。
内心で首を傾げていると、フェリクス様が重い空気で紡ぐ。
「……その件は、まだ解決していないので油断はできません」
「は? ……本当か?」
「はい」
何やら二人で話していると思えば、再び殿下がこちらを見る。なんだろう。
気になるけど友人でもないので殿下に聞くことできないでいると、ニコリとまるで友人へ向けるような笑みを向けられる。……んん?
「ようこそ、エリーゼ・リストン伯爵令嬢。本日は来てくれてありがとう」
「……こちらこそ、招待してくださりありがとうございます、クェンティン殿下」
にこやか笑みで話しかけられ、どうにか微笑む。
クェンティン殿下とは接点ない。なのに殿下が私のこと知っているのは、お姉様が殿下の同僚で私が友人であるフェリクス様の婚約者だからだろう。
殿下も魔力量が多く、宮廷魔術師の業務も担っていてお姉様と面識がある。きっとそれで私のこと知っているのだろうと推測する。
「うんうん。そうだ。個展はどうだったかな?」
「個展……?」
「エリオット・ケぺルの個展だよ。彼のチケットをフェリクスに渡したんだが……。まさか、フェリクスと行ってないのかい?」
「あ、いいえ。行きました」
赤紫の瞳が不思議そうに目を丸めて問いかけ、慌てて肯定する。
そういえば、エリオットの絵は王宮でも話題になっているとフェリクス様が言っていた。……なるほど。つまり、殿下からチケットを貰ったということか。
殿下とフェリクス様は友人だ。殿下が友人のフェリクス様にエリオットの個展チケットを渡すのは特別、おかしくない。
ただ、正直に言うと他の画家の個展のチケットがほしかったなと思う。正体を隠しているとはいえ、エリオットは私だから。
「それならよかった。今宵は楽しんでおくれ」
「ありがとうございます」
「いいや。……ああ、でも確かレイリアは討伐か。姉が魔物討伐に行っていては楽しめないか」
感謝の言葉を紡ぐと殿下がお姉様の名前を呟く。
確かに今日はお姉様はいない。なんなら、暴れる魔物を討伐に地方へ行っている。
心配ではないと言えば嘘になる。でも――。
「……そうですね。ですが、姉の強さは存じているので大丈夫です」
問いかける殿下にゆっくりと首を振る。今はもう夜だから宿にでも戻っているだろうけど、日中は意気揚々と魔物を討伐していたことだろう。
魔物に対して容赦なく魔法を放つお姉様を想像していると、殿下が赤紫の瞳を愉快そうに細める。
「はは、そうかそうか。ではエリーゼ嬢。改めて、今宵はどうかフェリクスと楽しんでくれ。それと、どうかフェリクスをよろしくね」
そして私の返答に声を上げて笑うと、にこやかな笑みを浮かべて、明るそうな声でそう告げた。




