09 覚悟と昏睡③
「どうやって取り入った?」
酒宴の席でそう聞かれた。
質問者は既にホロ酔いで、顔も赤くなっていた。
──俺はというと、酔える筈もなかった。
ベラク・ユアッシャミーはアリス王国の貴族だ。
子爵にして、トライハント派閥に属する軍人貴族の一人。年齢は五十路を越えており、さすがにくたびれた外見であることは否めない。
青い髪を短く刈り上げる一方、ヒゲをたくわえコワモテを演出していた。
その広い額は傷だらけだ。戦場で接近戦を好んだ子爵が出血しようとも構わず、頭突きを繰り出し続けた勲章であるとされていた。
太い首と、頑強そうな太い体躯を維持していた。
背中の一面と胸部、二の腕にかけて幾何学的な紋様の刺青を入れていた。
「おまえが強い武人なのは聞いてるとも。あの人は根っこの部分で童心が残ってるから、そういう人材は囲い込みたがってしまうのよな。戦車隊なんかはその最たるもんだろ、どう見ても」
ぐいと、子爵は酒を呷り、次いで皿のツマミを頬張る。酒場でよく見かける、それはおっちゃんの動作ではあった。
ただし、場の異常さが何もかも──貴族らしからぬ俗っぽさまでをもどうでもいいものとしていた。
全裸。
この一室にいる誰も彼も、その身に衣服を着ていなかった。
「人間は腹に一物抱える生き物よな。仕方ないとは思うが、どうにもオレはそれが気に食わなくてよ。せめて包み隠さず話ができる場が欲しくて、自分の屋敷の中にこの部屋をつくったのよ」
「はあ」
当然、俺も真っ裸にされていた。
先程から子爵とその取り巻きの女性陣の視線がやたらと突き刺さっていた。遠慮のない、艶のある視線がほとんどだった。
白い壁と床、天井。
白い長テーブルに長椅子だけの、窓のない部屋だった。
先輩貴族の呼び出しは無視するわけにもいかず、出向いた先で部下と切り離され、この有りさまとなった。
ロゼは相当にゴネたが、ベラク子爵は同じトライハント派閥の仲間であり、無体な仕打ちはないと言い聞かせ、外で待ってもらっていた。
正解だった。
いまのロゼの全裸はさすがにアウトだし、何より他の男の目になど絶対にさらしたくなかった。
「話は戻るがな、おまえはそんなに強いか」
隠しごとが嫌いだと子爵は言った。何もかもは明かせないにしても、わざわざ機嫌を損ねる必要はない。
「それなりには」
言えることなら正直に。
「確かにな。戦場ではそれがすべてでないにせよ、おまえほどのでかい身体と筋肉量を以てすれば、対抗できる戦士はおのずと限られよう」
「本当、おっきいわぁ」
「滅茶苦茶にされたくなっちゃう」
「フフ。じゃあ互いに酒も程よくまわった頃だし、始めるとしようか」
子爵はそう言って、近くにいた女の手を引くと、そのまま長椅子に組み敷き、おっぱじめた。
「え……?」
「男爵様、お情けを」
左右から、女が迫ってきた。
その柔らかな手が俺の太腿を這い、股間へと伸びていく。
「ちょちょ、ちょい待ち!」
左右二人の女を強引に引き剥がし、俺は待ったをかけた。
「あら」
「なんですの」
「こういうのは、ちょっと、なんていうか」
「おや」
「まあまあ」
「なんだ男爵、おまえ、その年齢で何を初心いことを言っておる」
腰を動かし、音を立てながら、子爵は不思議そうな顔を俺に向けた。
「あの、これ、御夫人は承知のことなんでしょうか」
初対面の時、子爵は王城に奥さんを連れて来ていた。
貴族である以上、当然ながら妻帯者なのだ。
「なぜいちいち話す必要がある? まさかおまえ、許可が必要とか思っとるのか?」
「え」
「アレも若いツバメとよろしくやっておる。お互いさまよ。何より主人が『使用人』にコトワリを入れるなど、聞いたこともないわ」
子爵はスパートをかけた。
女の声が部屋に反響した。
「男爵、経緯はどうであれ、アリス貴族の仲間入りを果たしたのだ。こういうことには慣れておけ。そして他の貴族と結びつきを深めておくのだ。さすれば血も分けてもらえるかもしれん」
見るのは初めてじゃない。
この年齢まで生きて、荒くれ者たちを率いて戦場を渡り歩いて来た。
そういう現場には何度も遭遇してきた。
「二人だ」
ベラク子爵は精力旺盛だった。
一人を満足させるや、すぐさま俺用に手配していた女の一方を抱き寄せた。
「今年は二人、ガキをつくった。うち一人はアリス王家の傍流スジの女でな、上手くすれば血統魔法の発現も見込める優秀な母体よ。やりかたは各々あろうが、その狭い視野はさっさと捨て去るがよかろう。これは先輩からのありがたい助言であるぞ」
獣の交尾だと思った。
子爵は自ら宣言したとおり、包み隠さぬ男だった。
面識の浅い俺を前に、さらけ出した交配を見せつけた。
「おおおおおっ!」
子爵が雄叫びを上げると、女も呼応した。
「ねえ、いいの? それ、辛そうじゃない? 楽にしてあげましてよ」
身体の空いてる女から言われた。
痩せ我慢は毒だと、暗にそう言われた気がした。
「ありがとう。でも、いいんだ」
「あら残念。男爵様って、もしかしてもう婚約者なりいらっしゃるのかしら?」
「いや、いないよ」
「恋人もいないのに遠慮なさるの? 傷つきますわ」
「君らに魅力がないわけじゃないよ。それは……分かるだろ」
隠しようもなく、俺のそれはいきり立ってしまっていた。
自分でも、何をやっているのかと思わなくもない。
「よい。おまえにはおまえのスジの通しかたがあるのだろうよ。無理に交わらせるのはこちらも本意ではない」
「──申しわけありません」
厚意。
こんな場を自ら設定した子爵の言葉だ。そこに何らの嘘偽りもあるまい。もとより疑うつもりはなかった。
食事をするように女を抱く。
それは子爵の、広くは貴族のありかたなのだろう。
平民から貴族に成り上がった俺に、同じ派閥の先輩からのオリエンテーションだったのかもしれない。
なるほどと理解した。
ただ、真似はできない。
そう思うだけ。
自分が本当に大切だと思える人。家族に迎えるなら条件はそれだけだった。
貴族の義務やら何やらは、もう他の貴族に任せるしかないな。
とはいえ独身であるかぎり、子爵みたいに気にする先輩貴族からの呼び出しは今後も続くおそれがあった。
……婚活。…………うーん。
やってるフリだけでもしないと駄目かな、これは。
「大丈夫でしたか? ……って酒臭っ、女臭っ!」
屋敷を出ると、すぐにロゼが駆け寄ってきてくれたものの、すぐに鼻を摘まれ白い目で見られ、距離まで置かれてしまった。
あの時は弁解を聞き入れてくれるまでにだいぶ時間がかかって、ホント参ったっけか。




