14-6 別れ (1)
一度決断するとさすがに早い。
フェルディナンド陛下はすぐさま勅書をしたため、それをアルベルト様に持たせて走らせる。
人員の招集と装備の準備と、やるべき事は多い。
私は個人で先行するつもりですので、すでに準備は整っております。
ドレスを着ながら馬に跨り、街道を疾走するのはいささかはしたないとは思いますが、そうも言ってられない状況ですからね。
「おおっと、そうだ。重大な事を忘れていた」
皆が動き出そうかというところで声を上げたのはゴスラー様。
その視線はユリウス様に向けられる。
「なあ、ユリウスよ、お前って何歳になるっけか?」
「私ですか? もうじき18歳になりますが、それが何か?」
「あら~、そいつは残念だ。ここからは“大人”の催しものだ。悪いが“少年”の参加はご遠慮願おうか」
「な……!」
あまりに突然のゴスラー様の物言い。
ユリウス様が目を見開いて唖然とされました。
もちろん、私も、フェルディナンド陛下もです。
まあ、その意図は察しますが。
「侯爵、それはいくらなんでも酷過ぎます! ここまで事を進めておいて、いきなり私に降りろなどと!」
「ここから先は“大人”が責任を取る時間だからな。年少者に首を突っ込まれると、何かとやりにくいのだよ」
「ジュリエッタを助けに行かなくては!」
「それは私や魔女が引き受けた。お坊ちゃまはお留守番してな」
「認められません、そんな事は!」
取り付く島もないゴスラー様の一方的な言葉に、ユリウス様は激昂。
まあ、当然ですわよね。
この場合、捕らわれのお姫様を救いに行くのは、白馬に乗った貴公子と相場が決まっております。
状況的には、まさにそれがピッタリの場面。
ただ、お姫様が娼婦なのはどうかというのは野暮ですが、それでも私の考えでもユリウス様はお留守番していただきたいですわね。
「ユリウス様、どうか今回はご遠慮願いますわ」
「魔女殿まで! 今更、子ども扱いされるのは心外の極みです!」
「いいえ。私はユリウス様を子ども扱いするつもりは毛頭ありません」
「では、何が不都合だというのですか!?」
「アリーシャ様の葬儀は誰が挙げられるのですか?」
「…………!?」
「チェンニー伯爵家は当主であったジョルジュ様が亡くなり、その仮葬儀が終わったばかりだというのに、今度はアリーシャ様がお亡くなりですからね。しかも、伯爵家の継嗣であられるマルコ様もどこかに行ってしまわれて……」
「でしたらば、伯爵家の分家筋の者に適当に喪主になっていただいて」
「アリーシャ様の“婚約者”なのですよ、ユリウス様は」
「それはもう解消された!」
「いいえ。後見役より正式な発表がなされておりませんわ」
この場合、後見役と言えばもちろんフェルディナンド陛下ですわね。
ユリウス様の叔父であり、今回の婚儀をまとめたのですから。
不幸な“事故”で婚約は実質解消されたと言えども、まだ後見役の口から何も発せられていないのもまた事実。
それを指摘され、ユリウス様は狼狽しつつ、陛下に視線を向ける。
哀願するかのように。
どうか同道する事を認めて欲しいと。
しかし、陛下は容赦なく突き放す。
「魔女の指摘はもっともだな。ユリウスよ、お前は留守居を任せる」
「そんな!」
「アリーシャの婚約者として、その葬儀を取り仕切れ。なにより、お前は礼部の次官補でもあるからな。貴族の葬儀はお前の管轄であろうが」
あらあら、陛下からも反論の仕様もない正論が飛び出しましたわね。
“若さ”ではなく、“仕事”を言い渡されたのですから。
むしろここで我を通すのであれば、それこそ子供のわがまま。
勅命に反しては、咎を受けるのは当然ですからね。
苛立ちと焦り、しかし、やらねばならない。
ユリウス様の葛藤が体中からあふれ出ておりますわね。
そんな大人の嫌がらせに苦慮する少年の手を取り、私はニッコリと微笑みました。
「ユリウス様、どうぞ安んじて、我々にお任せください」
「魔女殿……」
「ジュリエッタは必ず私が連れ戻します。なので、葬儀の差配が終わりましたら、次は勝利の宴の準備もお願いしますわね」
「忙しない事だな、それは」
「お互いさまに」
真面目で実直なユリウス様ならば、留守居を任せても何の問題もないでしょう。
最悪、大人達が全滅しても、ユリウス様がいればと考えてしまうものです。
実際、陛下がお戻りにならなければ、大公子ジュリアス殿下が大公位を継がれる事になりますし、ユリウス様が摂政となりましょうか。
もちろん、そうはならないようにこちらも全力を尽くしますが。
「よし! 話はまとまったな! さっさと仕事にかかれ、ユリウス!」
「ゴスラー様、もう少しこう、しんみりとした空気をですね」
「しんみりなんぞ、性に合わん! いつも心に豪放磊落が我が信条なり!」
「そういうゴスラー様もよろしいので? マリアンヌは……」
「なぁに、腹の中の子に父親の顔を拝ませるまでは、死ぬに死ねんよ」
「そういう台詞はあまり吐かない方が……」
「大丈夫だ! 俺には幸運の女神の加護が付いているからな!」
ほんと、この御方は死にそうにありませんわね。
そして、自然と周囲も笑てしまう。
どうせ行くなら、地獄の果てまでも笑って進もう。
そう楽観的になれるのは、やはり転生の性質ですわね、この方の。
ユリウス様もこれには、雰囲気に吞まれて観念したご様子。
後はお願いしますと、その場にいた一人一人に頭を下げ、礼を述べつつ去っていかれました。
(本当は連れて行くのが良いのでしょうけど、私はどこまでも“魔女”ですからね)
相手は悪辣な魔女二人であり、どんな罠を仕掛けているかは不明。
だからこそ、こちらもできる限りの準備を怠りませんとも。
ユリウス様の留守居も、いずれ活きてくる一手なのですから。
「さて、それでは私もすぐに出立をと思っておりますが、一度“魔女の館”に戻ってから準備いたしますわ」
「ご主人、それこそ最後の“別れ”ですか?」
「縁起でもない事を言うな、アゾット。帰ってくるための下拵えですよ」
「ならばよろしいのですが」
まあ、それもこれも“嘘”なのですけどね。
おそらくはもう戻っては来れない。
勝つにしろ、負けるにしろ、私の運命は決まっている。
(そう、それは世界の“人柱”となる事。ただし、自分の意志でそうなるのか、無理やりそうさせられるのかという違いはありますけどね)
いずれにせよ、私の“胎”は利用価値が高い。
欲しがる者は大勢いますし、そのすべてを退けれるか否かが勝負。
誰かの虜となるか、それとも全てを蹂躙した上で玉座に座するか。
ただそれは神のみぞ知る。
そして、この世界には神はいない。
ならば、誰にも分からないという事です。
「せいぜい足掻いてみせましょう! より良き未来のために!」
柄にもなく気勢を上げて、周囲もまた盛り上がる。
捕らわれの姫を助け、悪い魔女を倒し、支配から脱却するために法王と天王をも黙らせる。
それが可能かどうかなど、もはや考えるまでもありません。
できるできないではなく、もうやるしかないのですから。
そうして、私は一度自宅に戻るために、宮殿より辞去しました。
二度と戻らぬ旅路のための準備。
立つ鳥跡を濁さずの精神でね!




