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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第13章 死体は語らず、ただ指し示す

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13-78 決意

「いや~、すまん! まんまと取り逃がしてしまったぞ!」



 声をかけてきたのは、戻って来たゴスラー様。


 アウディオラを追いかけていたのに、相手は空を飛んで逃げるという常識外れな逃げ方でしたからね。


 随伴しているアルベルト様共々、どう反応すべきか困惑しております。


 そんな二人に、私は笑顔を向けます。



「さすがに達人と言えども、空を飛ぶ相手には拳も剣も届きませんか」



「あんなものまで用意しているとはな。やはり魔女は一筋縄ではいかん」



 アルベルト様にすれば、アウディオラのみならず、レオーネにまでまたしても出し抜かれた格好ですからね。


 やれやれと言わんばかりに、頭をかいて誤魔化すしかありません。



「それで、“姉上”は夜風と共に飛んで行かれたか」



「マルコ様が必死の形相で追いかけいかれましたが、どうにもならないでしょう」



「チェンニー伯爵家はどのみち終わりか」



 アルベルト様が視線を向けるのは、布にくるまれたアリーシャ様のご遺体。


 当主であるジョルジュ様が亡くなり、さらにアリーシャ様にベアトリン(実質死亡)が無惨な死を遂げ、残されたマルコ様は文字通りの迷走中・・・


 伯爵家の本家筋は壊滅したも同然です。



「いずれにしても、“近親相姦”の件や“当主殺し・父殺し”の件もあります。御家のお取り潰しは免れませんか」



「そうはなって欲しくはなかったのだがな」



 そう述べたのはユリウス様。


 つい先日まで、アリーシャ様とは婚約の間柄でしたからね。


 思うところは色々とあるでしょう。



(貴族は政略結婚が当たり前の世界。好いた惚れたは別口で発散し、正妻とは一族の繁栄のための付き合いと割り切るのが常。ユリウス様も陛下からの命とあっては断れませんでしたし、惚れ気の一切ない結婚はしたくないというのが本音。しかし、アリーシャ様の方がその想いが強く、結果として今回の騒動……)



 ユリウス様も騒動を押さえるべく、最大限の穏当な手段での解決を望まれました。


 ところが、事件の真相を追い、その蓋を開けてみれば、死んだはずの母親が生きていて、ジェノヴェーゼ大公国での数々の騒動を裏で糸を引いていたのだとか。


 これが明るいに出れば、自身はもちろん、大公家もその名誉が大きく傷つく。


 全力で第三者による謀略であると喧伝しなくてはなりません。



「ユリウス様、色々とお辛いでしょうが……」



「分かっている、魔女殿。ひとまずは陛下への報告だな」



「正直なところ、それが一番の頭痛の種なのですが」



「だが、報告しないわけにはいくまい。勝手に兵を動かして、中央大聖堂グラン・カテドラルに殴り込みとはいくまいて」



「仰る通りですが……」



 真っ先にカチコミ(・・・・)かけそうなのが陛下なのですよね。


 死んだはずの姉が生きていたと知れば、居ても立ってもいられずに突っ込んでいかれる事でしょう。


 しかも、向かう先は中央大聖堂グラン・カテドラルですから、勢いそのままに“雲上人セレスティアーレ”へ攻撃しかねません。



(今少し慎重な立ち回りが必要なのですが、自重しそうにありませんからね。そこはアルベルト様に全力で止めてもらうしかありませんわね)



 かくいう私も、かなり堪えてはいるのです。


 なにしろ、ジュリエッタを連れて行かれたのですから、これを取り返さなくては行けません。


 しかも、私の“替え玉”で間違って連れて行かれたのですからなおの事。


 ここで動かねば、イノテア家末代までの恥となりましょう。


 カトリーナお婆様も決して許さないでしょう。


 なので、傍観という選択肢はすでになし。


 陛下に報告し、出せるだけの人員を確保して、突っ込むしかないのが現状です。


 どう考えても、準備不足は否めません。


 しかし、悠長に事を構えていては、アウディオラなり、レオーネなりに、全てを持って行かれて、世界が崩壊してしまいます。


 誰の台詞か、本当に“早い者勝ち”なのです。



「朝日が昇って来ましたな。これほど陰鬱な夜明けというのも珍しい」



 そうぼやいたのはアゾットで、それには全面的に賛成です。


 新しい一日が始まる太陽からのご挨拶。


 払暁ふつぎょうのひとときは私自身、かなり好きなのですがね。


 ただ、今日ばかりは本当に陰鬱です。


 長い長い夜が明け、そして、決戦の時が近付く。


 逃げるという選択肢がない以上、決意とやらを固めねばなりませんか。



「では、皆様、一度宮殿に参りましょう。陛下も交えて善後策を練らねばなりませんので」



 私の呼びかけに、皆が頷く。


 時間は貴重です。


 零れ落ちる砂時計の砂は、砂金よりも遥かに価値が高い。


 すべてが落ちる前に、すべてを取り戻さなくてはならない。


 決意は揺るがない、私も、皆も。


 馬に、あるいは馬車に乗り込み、一路宮殿へと向かいました。


 死んだと思っていた者が生きており、生きている者がどことなりへと消えていく。


 そんな事件はなお未解決。


 破滅か、はたまた復讐か。


 暴走する二人の魔女を止めない限り、安息の比は訪れる事はない。


 忙しない私の日常は、なお忙しなく巡る。




【第13章『死体は語らず、ただ指し示す』 完】

これにて第13章【死体は語らず、ただ指し示す】は完結です。


ラストに向けて一気に情報が噴き出しましたが、いかがだったでしょうか?


政略結婚、男女関係のもつれと見せかけて、チェンニー伯爵家の“罪”と、それを暴いてしまったヌイヴェルの葛藤。


そして、死んだと思っていた姉アウディオラの登場。


しかも、ずっと側で監視されていたという衝撃の事実付き。


『この世は地獄』という事実を示し、その上であとは「早い者勝ち!」



あと、今回のお話はイタリアの『チェンチ事件』をモデルにして、オリジナル要素を加味して書きました。


『チェンチ時件』は16世紀のイタリアで発生した事件で、ローマの名門貴族チェンチ家の当主が、娘に殺されるという事件です。


ただ、娘の方はその美貌ゆえに父親に監禁された上に性的虐待を受けており、そんな粗暴な父親に愛想を尽かして、他の家族と謀り、父親を事故に見せかけて暗殺。


しかし、事故とは思えない死体の有様に官憲が怪しみ、調査の結果、娘が父親を殺した事が発覚。


娘はもちろん、共謀した家族ともども、斬首刑にされてしまった。


世間的には事情が事情だけに同情が集まるも、チェンチ家の財産目当てに時の教皇クレメンス8世が問答無用で処刑を言い渡し、残された財産は教皇の懐に収まるという救いようのない話となります。


なお、この事件以降、首を抱えた少女の幽霊がたびたび目撃され、娘の無念がなおローマの中を幽鬼となって彷徨っていると噂されたりしています。


まあ、本作では父ジョルジュの性的虐待を受けた娘ベアトリンに殺された事になっていますが、中身は別人の思惑が働いているという恰好になりました。


どのみち、本家の人間が全員いなくなった伯爵家はお家断絶待ったなしですけどね。


分家筋も、“近親相姦”のかど(・・)で処罰は免れませんし。


救いようのない事件を、救いようのない結末に描き、ただ復讐の鬼となったマルコだけがいずこかへ駆け出してしまいました。


そんな感じのお話。


さて、次回はいよいよ最終章!


長く続いたお話もこれにておしまいです!


最後に笑うのは誰か!?


世界の行く末は如何に!?


連れて行かれたジュリエッタを取り戻せるのか!?


魔女ヌイヴェルの最期の大勝負が始まります!


次回最終章【第14章 おとぎの国の魔女】をご期待ください!

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