13-77 支配からの脱却
「これでまた一つ、枷が外れましたね」
私はしみじみと思う。
それに対して、アゾットもまた頷く。
この世界は地獄であり、“雲上人”によって管理されています。
あるいは、見張られているとも言えましょうか。
かつて存在したという神への反逆行為と、それに敗れた悪しき存在を閉じ込めておくのがこの世界。
我々人間はその邪悪な存在の尖兵の成れ果てである、と。
「生命にとっては、無限に広がる宇宙すら狭いもの。ここが閉じた世界であるというのであれば、いずれその殻を破る時が来る」
「錬金術の極意ですな。“人間”というものへの考察。そして、その真逆にあるのが“人造人間”とも」
「“作られた人間”には、限られた空間でしか生きられない。伝承にて伝わる通りであれば、人造人間は限られた空間、例えば生み出されたフラスコの中でしか生きられないとも言う」
「つまり、現段階での人類は、その域に逗留しているというのが、ヌイヴェル様のお考えでしょうか?」
「そう。創造主より作られた存在から、殻を打ち破る真に独立した生命体へ。その過渡期に至ったのではというのが私の考え……。いえ、むしろ、これはカトリーナお婆様に誘導されたものなのかもしれません」
むしろ、ここへ来て確信へと変わりました。
人を人たらしめるのは、“意志”あればこそ。
我思う、ゆえに我あり。
自分を肯定し、その上で“神”を疑えと。
「疑問、疑念こそ、“盲信”を打ち破る唯一無二の処方箋」
「神への拒絶こそ、大魔女の望みであると?」
「拒絶や否定ではありません。強いて言うなれば“独立”です」
「独立……」
「魔女の奉じる神の名は“自由”。自由とは、言い換えれば“責任を負う”と言う事でもあります。自らで考え、行動し、その結果を甘んじて受け入れる。神は祈る対象ではなく、自らの心に神殿を建て、そこに感じるという事」
「では、あの魔女二人はそれに従っていると?」
「世界が大きく変わるのです。管理者である“雲上人”を超える力を、地上の人々が身に付けつつあるのですから」
「それが”銃”であると?」
「気球や蒸気機関も含めてね。要するに、神の恩寵だの魔術だのではなく、人が考えて考案した道具の数々、それが神の与えたもう奇跡を超えようとしているのです」
それは神の用意した便利な魔術の否定。
恩寵の篤さによって変わる奇跡ではなく、世界に潜む方程式に手奇跡を超える力を行使する。
それこそが“変革”なのですから。
「“雲上人”による支配の要は二点」
「天王の持つ“千里眼”と、法王の持つ“言霊”ですね?」
「そう。これが強烈極まる。聖なる山アラアラート山の頂にある天宮に天皇は座し、地上を“千里眼”にて監視しています」
「何か問題あらば、そこに祓魔師を派遣し、これに対処」
「対象が“怪物”であればその通り。しかし、討伐対象が“人間”であれば、法王よりの有難いお言葉でこれを鎮める」
「統治機構としては完璧ではありますが、それもほころびが生じて来た」
「端緒となったのは『ラキアートの動乱』。ここで人類は“言霊”への耐性を得られる事を知ってしまった」
百年前の事件ではありますが、今の揺れ動く時代の先駆けですからね。
あれが無ければ今がない。
強引に押さえ付けようとした結果、人類は逆に強くなってしまった。
押さえ付けたバネのごとく、反発力が生じた。
その集約された特異点こそ、“カトリーナ=イノテア=デ=ファルス”。
すなわち、私がお婆様と呼ぶ“母”にして“大魔女”。
「そして、その娘や弟子が世界を変えていく。気球によって、もはや“雲上人”の住処はもはや高見ではなくなった」
「響く“銃声”は“言霊”を打ち消す血生臭くも陽気な“口笛”」
「そして、まだ現実世界では完成しておりませんが、蒸気機関もまた世界を一変させるでしょう。馬に乗れない者も、煙吹き出す鋼鉄の馬にその身を預ける事となる」
「いずれも魔女が生み出した、“復讐”のための道具」
「世界から、神から、“独立”せよと」
「この世が地獄であるならば、世界と言う殻を打ち破るか、それとも神の意志に反して、地獄を楽園に作り変えるか」
「私は後者を選択しました。しかし、レオーネとアウディオラは前者を選択……。その際の流血を許容した上で」
「ヌイヴェル様はそれを止めると?」
「当然ですよ。やり方があまりにも私のそれとは違う」
自然と目をやるのは、布にくるまれたアリーシャ様の遺体。
“目の病気”ゆえの暴走ですが、こうも無残な姿を晒すのはあまりにも不憫。
そして、彼女を唆し、利用するだけ利用して、殺しただけに留まらず、その遺体にまで辱めを与えたのです。
許すわけにはいかない。
なにより、これを平然と成す者を、新世界の支配者などにしてはならない。
今、明確に私はあの二人を倒す事を決意しました。
“自由”とは、決して“混沌”ではない。
それを教え込まねばなりません。
たとえどれほどの時間がかかろうとも。




