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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第13章 死体は語らず、ただ指し示す

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13-76 魔女は箒を使わず空を飛ぶ (3)

「おのれ! 魔女め!」



 怒りの声を上げたのはマルコ様。


 空を飛ぶ二人の魔女に向けて“拳銃ピストイア”を向ける。


 そして、発砲。


 火薬の爆ぜる音と共に、筒から弾が上空へと飛ぶ。



(でも、届かない……! 殺意のこもる一撃も、空を飛ぶ魔女には届かない!)



 物体は大地に見えざる糸で縛り付けられ、必ず下に落ちるものです。


 風を捉まえて、気ままに空を舞う鳥でさえ、落ちる力には抗う事も出来ず、いずれは止まり木を必要とします。


 発射された弾も、最初は勢いよく空に向かって飛んでいきますが、落ちる力によって威力が削がれ、最終的には止まる。


 そして、落ちる。


 マルコ様の放った一撃もまたそうなってしまった。



(空気抵抗、そして、重力による減速。高度を下げて来ない事には、とても空を飛ぶ“気球”とやらには届きませんか)



 マルコ様も諦め悪く、また弾を込めようとしておりますが無理ですわね。


 高所に陣取るのは兵法の基本。


 上からの攻撃は防ぎようがありません。


 ましてや、上空から爆裂弾を投げ込まれてはなおの事。


 お婆様の作ろうとした“蒸気機関”もそうですけど、アウディオラやレオーネが作った“気球”もまた、時代を変革させかねない可能性を秘めておりますわね。



「じゃあ、そろそろお暇させてもらうわね~♪」



「早く追いかけて来ないと、赤毛ちゃんがどうなるか知らないからな!」



 これ以上になく挑発してくるアウディオラにレオーネ。


 こちらからは手が出せないと知っていればこその余裕な態度ですわね。



「チィッ! 逃がさんぞ!」



 なおも怒りを抑えられないマルコ様は馬に跨り、夜風に吹かれて飛び去る気球を追いかけて行かれました。


 黒焦げになった妹を放り出して復讐に走られるとは。


 あなた自身も焦がす事になりますわよ。



「ヌイヴェル様は追いかけなくてよろしいので?」



 話しかけてきたのはアゾットです。


 黒焦げになってしまったアリーシャ様のご遺体を布で包み、オノーレ荷馬車へと積み込むようにと指示を出していました。


 ただ、やはり真新しい発明品には科学者として心躍るようで、視界から消えてく気球を見る目は輝いております。


 まあ、そこは私もですが。



「アゾットや、あれを追いかけて、追い付けると思うか?」



「無理ですな。風任せの移動とは言え、今の風向きから予想進路を考えますに、じきに森林地帯に差し掛かります」



「マルコ様は馬で追いかけて行かれました。全速力では、馬の脚の方が早いでしょう。しかし、地形がそれを邪魔してしまう」



「ですな。平坦な地形ならいざ知らず。山あり谷あり森ありの地形では、馬も全速力で走る事はできません」



「そうじゃろう。ゆえに追撃は不可能。地形を無視して移動できる“飛行”という状態は、なかなかに厄介じゃのう」



「風任せではあります」



「それを克服した時、人は空を支配できることになるかもしれませんね」



 人は空に憧れを持つ。


 私とてその一人。


 子供の頃に何度空想したか分からぬほどに、空を見上げ、飛ぶ鳥を羨んだ事でありましょうか。


 しかし、人には翼がない。


 鳥や天使のごとく、空へと舞い上がる事は叶わない。


 ところが、あの二人の魔女は飛んで見せた。


 まだ完璧ではありませんが、“人類の空への渇望”を叶えてしまったのです。


 それは大いなる前進。


 これにはやはり魔女として、“嫉妬”というものを覚えてしまいますわね。



「さてさて、どうすれば気球とやらの進路を“風”以外の方法で動かしてみるか」



「とりあえず、オールでも漕いでみましょうか?」



「阿呆! 空気が水ほど抵抗があるわけではないでしょうに」



「ならば、扇子でも用意しましょうか?」



「重量の関係で難しいでしょうね。方向転換が可能にする程の巨大な扇子を、どう積み込むというのじゃ」



「答えは難しそうですな」



 危機的状況にありながらも、あれやこれやと考えてしまうのは科学者としての楽しさが出てしまいますわね。


 私とて暇があるなら、あの“気球”とやらを作ってみたいものです。


 しかし、今はその時間がない。


 逃げた二人を追うか、ジュリエッタを追いかけるか、それともフェルディナンド陛下への報告に向かうか、やるべき事が多いですわね。


 手分けして一つずつ効率よく進めて行かなくては、そのままあの性悪魔女の二重奏デュエットに世界がメチャクチャにされてしまいます。


 どこまでも忙しない事です。

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