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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第13章 死体は語らず、ただ指し示す

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13-73 伯爵夫人への手向け

 爆発、そして、逃走。


 まさに何もかもが計算ずくめとでも言いたげな一連の動き。


 追い詰められたと思いきや、実は大胆にも自分を餌にしておびき寄せ、するりと手元から逃れるがごとき逃げっぷり。


 走り去っていく後ろ姿は、こちらを嘲るかのようです。



(全部お見通しって事ですわよね。マルコ様が銃器を強奪する事も、それを使って殺しに来る事も、我々がここに来る事も、そして、アリーシャ様がとどめを刺すために距離を詰めてくる事も……!)



 完敗です。


 アウディオラの存在に気付かず、魔女の懐に準備も無しに飛び込んでしまったこちらの迂闊さが招いた事。


 本来なら、ベアトリンを捕縛して終わる話でした。


 しかし、ベアトリンはすでにアウディオラに取り込まれ、取り戻す事も、捕まえる事も不可能な状態。


 であるならば、さっさと始末しておくべきでした。



(どのみち、姉殺しはできませんか、こちらの“甘さ”では)



 ここにいる顔触れは、その全員がアウディオラかベアトリンの身内。


 捕まえるならともかく、殺す事には躊躇がある。


 アルベルト様なら平然と殺せるでしょうが、姉への想いが強いフェルディナンド陛下と後々もめる原因にもなりかねませんので、現段階では捕縛一択。


 今も全力疾走で追跡の真っ最中。


 ルーポゥ様の姿を取るアウディオラとはほぼ互角の走力。


 付近の雑木林に飛び込んでいきましたが、伏兵でもいないかと心配ですわね。


 まあ、僅かに遅れてゴスラー様も追っていかれましたし、二人でしたらば滅多な事はないだろうとお任せする事に。



(問題はこちらですわね……)



 アウディオラ(あるいはベアトリン)に対して躊躇がある顔触れの中にあって、唯一それに縛られていなかったのは、アリーシャ様だけ。


 マルコ様と添い遂げる事しか考えていなかったために、伯爵家の一員とまだ認知されていなかったとはいえ、妹であるベアトリンを排除する事に何の躊躇もなかった。


 しかし、裏切り、裏切られ、今は自らが流した血だまりの中に、自らを沈める。



「まさか地面が爆発するとは、これは想定外でしたわ」



 爆発によって大きく空いた穴を覗き込むと、そこには焼け焦げた跡や木片、あるいは焼け残った“油紙”がありました。


 それと“燧石ひうちいし”も。



「ご主人、これは一体、どういった原理で?」



 オノーレもまた穴を覗き込みつつ、首を傾げる。


 まあ、“火薬”についての詳しい知識が無ければそうなりましょうか。



「恐らくではあるが、地中に“火薬の詰まった木箱”を埋めていたのでしょう」



「それで爆発するのですか?」



「条件が揃えばな。散らばる残存物から察するに、内側を油紙で覆った木箱を用意し、そこに火薬を詰める。蓋はあえて脆く作っておき、誰かがそれを踏めば、仕込んだ燧石が擦れて火花が散り、火薬に引火する。そして、ボンッ!」



「そんな事が可能なので?」



「現にこうなってしまっています。ここはアウディオラが立っていた場所ですし、距離を詰める者がいれば、ここを踏み抜く様に後ろに下がる。それだけで逃げる隙を作り出せると踏んだのでしょう」



 そして、実際にそうなってしまった。


 先程の状況で距離を詰めるのは、“自分を殺そうとする者”と予想。


 それは“銃器を奪った”アリーシャ様になるであろう事も。


 そして、アリーシャ様は銃器の素人で、中距離では決して当たらない。


 ゆえに詰める《・・・》。


 私を含めた魔女の得意技“口八丁いいくるめ”で挑発し、殺意を向けさせる。


 逃げる素振りを見せ、後ろに下がれば確実にアリーシャ様は歩み寄って来る。


 そして、仕掛けの真上まで“歩幅”を調整すれば、これにて完了。


 火薬の木箱を踏み抜かせ大爆発!


 炎、悲鳴、爆音、それを煙幕としてさっと逃亡。


 どこまでも計算ずくですわね、あのは……!



「アゾットや、アリーシャ様は」



「無理ですな。手の施しようがありません」



 倒れ込むアリーシャ様を観察していたアゾットは首を横に振る。


 まあ、私の目から見ても助からないのはよく分かりますとも。


 なにしろ、足がもげています(・・・・・・)


 爆発による火傷、裂傷が下半身を覆う。


 そして、皮一枚だけで繋がっている木箱を踏み抜いた右足。


 出血が止まらない。


 アリーシャ様の血がドクドクとこぼれ、大地がそれを吸う。


 吸いきれない分は血だまりとなり、すぐ近くで呼びかける跪いているマルコ様の服を汚していく。


 求めた“純血”は、元には戻らない。


 何もかもが台無し。


 足が無ければ進む事は叶わず、目が濁れば物事を見る事ができない。


 しかし、手はある。


 求めてやまない“伴侶あにからの愛情”を欲し、なお手を添える。


 血で汚れた手を、アリーシャ様はマルコ様の頬に添える。



「お兄様、残念です。私達をたばかった魔女を取り逃がしてしまいました」



「もういい。喋るな。腕の良い医者がいるし、すぐに治る」



「気を遣っていただかなくて大丈夫ですよ。助からないのは分かっていますから」



 アリーシャ様の声から生気が薄れていく。


 命がこぼれ落ちようとしているのは疑い様もないです。



 懇願するようなマルコ様に、アゾットは首を振るだけ。


 一応、今ある道具で応急処置はして見ても、手術を施す事はできません。


 もう“死”は固定されてしまいました。


 どうする事もできない無力さ、焦燥感。


 マルコ様も気丈に振る舞いつつも、いよいよ覚悟を決めなくてはなりません。


 父親が死に、二人の妹もまた自分の手から離れる。


 もう何も残らない。



「ねえ、お兄様、最後に一つ、よろしいでしょうか?」



「な、なんだ? アリーシャ、何を望む?」



「もし“次”があったなら、今度こそ添い遂げましょう」



「それがお前の望みか?」



「私にとっては、お兄様と一緒にいる事がすべてなのですから」



 この期に及んでなおブレません。


 人間、死ぬ間際こそ本性があらわになると言われておりますが、アリーシャ様はどこまでも正直だったという事でしょう。


 そこへ今度はユリウス様が寄り添う。


 一応、婚約者ですからね、この2人は。


 見事に互いに興味を引かない、すれ違った組み合わせですが。



「アリーシャ殿、君の葬儀は伯爵令嬢の……、いや、“伯爵夫人コンテッサ”の礼装を以て弔わせていただこう。私にできるのはそれが精いっぱいだ」



 ユリウス様の覚悟が、あるいは優しさがにじみ出る提案です。


 普通、貴族であろうとも“罪人”であれば、葬儀が行われないのが常。


 簡略に済ませる略葬がせいぜいで、一族の墓地にすら入れられない事もあります。


 今回の事件、アリーシャ様は主犯ではないにせよ、“父殺し”に積極的に加担している以上、裁判となればその罪を逃れることはできません。


 しかし、ユリウス様はそれを良しとはせずに、すべてを隠した上で“不幸な出来事に巻き込まれて自分の婚約者は亡くなってしまった”とするつもりだと述べました。


 しかも、“伯爵夫人コンテッサの礼葬”は事情を知らぬ者にとっては、チロール伯爵の夫人になるはずだったアリーシャ嬢への手向けと見える。


 しかし、裏事情を知る者からすれば、チェンニー伯爵の夫人への葬儀となる。


 アリーシャ様の想いを最大限汲み取った、ユリウス様のせめてもの“冥途の土産”といったところでありましょう。


 それに対するアリーシャ様の反応は“笑顔”。


 死んだ後とは言え、愛しいお兄様との結婚を礼部次官補より特別に許されたのですから、そうなりましょうか。



「ユリウス様、色々とご迷惑をおかけましたわね」



「ほんの数度、顔を合わせた程度の関係ではあったがな」



「行ってあげてください。あなたの助けを待っているのは、私ではなく、赤毛のあの人なのですから」



「分かっている。もう私も自分の気持ちを偽る事をやめた。ジュリエッタは何が何でも取り戻すさ。たとえ世界が相手であろうとも」



「そうしてあげてください。私もようやく“自由”に……」



 それが婚約者同士の最期の言葉となりました。


 アゾットが脈を計り、その死を告げる。


 アリーシャ様はお亡くなりとなりました。


 愛しい兄と、愛してもいない婚約者に挟まれながら。

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