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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第13章 死体は語らず、ただ指し示す

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13-72 裏切りと報酬 (5)

「もう幕引きにしましょう」



 ベアトリン(の姿をしたアウディオラ)に、アリーシャ様が放った“拳銃ピストイア”の弾丸が跳ぶ。


 けたたましい爆発音と、むせるような煙の臭い。


 しかし、弾が外れてしまったのか、それともわざと外したのか、ベアトリンは立ったまま。


 これに慌ててマルコが撃たれたばかりの銃を押さえ付ける。



「アリーシャ、何をする!?」



「何をって、裏でこちらを陥れてきた悪辣な魔女を、邪魔な妹共々、排除しようというお話ですわ」



「ベアトリンはお前の妹だぞ!?」



まだ(・・)認知されて(・・・・・)おりません(・・・・・)。よって、“ちぎり”が交わされていない以上、まだ赤の他人ですわよ、お兄様」



 シレッと言い放つアリーシャ様は実に冷たい。


 吐いた言葉自体は法的には正しく、血が繋がっていようが他人は他人。


 捨てて、拾って、そして、契るのがチェンニー伯爵家のやり口です。


 しかし、マルコ様は契っていない。


 妻として迎えていない以上、ベアトリンはあくまで“孤児院出身の伯爵家に仕える侍女メイド”でしかない。


 血の近しい妹であるにもかかわらず、アリーシャ様は血の通わぬ台詞を吐ける。


 見た目は非常に愛らしいのに、中身は怪物と呼んでも障りがないほど。



(心の中を読んだ事もありますが、その中身はマルコ様への愛欲と、自分を捨てようとしたジョルジュ様への憎悪で満たされておりましたからね。こちらもこちらで表面上は嘘で糊塗していたようですが、いやはや本当に恐ろしい一族ですわね)



 何もかもが嘘と欺瞞で満たされ、世間的には“最も古い血の一族”として敬意を払われていましたが、その本質は“世界の澱み”を一身に受けた家系。


 教会法で近親相姦が禁忌とされているにもかかわらず、その禁忌に触れ続ける事で“純血”を維持してきたのですから。


 人類自体も美徳の七兄弟と大罪の七姉妹の交わりの果てに生じた愚かな種族。


 あるいは、地獄であるこの世界には相応しいとも言えましょうか。


 その地獄を最も体現しているのが、今目の前にいる。



「やめるんだ、アリーシャ! お前までその手を血で汚そうと言うのか!?」



「構いませんわよ。どのみち、もうベアトリンは元には戻らないでしょうし」



「だが……」



「戻りません! お兄様、豆茶カッファにミルクと砂糖を入れてスプーンで混ぜたとしましょう。それを元の豆茶カッファとミルクと砂糖に分離できるとでも?」



「そ、それは……」



 返答に困るマルコ様ですが、それだけアリーシャ様の言葉が正しいと言う事です。


 混ぜ込んでしまった物を分離するのは手間ですからね。


 まして、“人の精神”というこの世で最も甘くて苦く、楽しくも辛い代物を“共感”という結合物で一緒くたにしてしまった物など、もはや別物と呼べるもの。


 それを元に戻せなど、無理筋もいいところですわね。


 なお、ベアトリン(の姿をしたアウディオラ)も、まさにその通りだと言わんばかりに首肯します。



「ん~、にぶい箱入り娘かと思いきや、意外とちゃんとした判断力や観察眼はあるみたいね」



「あ~、あなたも鬱陶しいから、ベアトリンの姿で喋らないでいただけますか? 次は本気で撃ち込みますよ?」



「弾、入ってないわよ?」



「品切れだと思う?」



 するとアリーシャ様、懐から更にもう一丁の“拳銃ピストイア”を取り出す。


 過激な御令嬢ですわね。


 それとも宮殿でお見かけした姿がふり(・・)で、こちらが本性というわけでしょうか。


 どちらにせよ、命中すれば人を殺める事をできる武器を、ホイホイ懐から取り出すのはよろしくありませんね。



「アリーシャ、随分と過激ね~。それとも“銃”がそうさせるのかしら?」



「かもしれませんね。なにしろ、使い方さえ知っていれば、武芸の鍛錬を積む事なく、人を殺める事ができるのですから」



「そう、“銃”の本質は“殺しの簡略化”よ。短い訓練で、誰でも人殺しになれる。引鉄一つで人を殺め、しかも手に肉を突き刺す感触も残らないから、殺人への罪悪感や嫌悪感が薄れさせる効果もある」



「ほんと、魔女ってとんでもない物を生み出すわね。少しはヌイヴェル様を見習って、楽しいお話でもできないのかしら?」



「魔女としての知性の方向性が違いますからね。誰かを楽しませる事、喜ばせる事に知恵と知識を使うのがヌイヴェルで、私は誰かと苦痛を共有するのよ」



「なに? 原罪を背負い込む救世主気取り?」



「いいえ。次の世界を導く、あるいは“神”と呼ばれる存在になるのよ」



「妄想もそこまで来れば、ある意味立派ですわね」



「その気でない兄と無理やり契ろうなどという“変質者”に比べればまだマシよ」



「なら、人間すべてが変質者ではないかしら?」



「まさにね。アリーシャ、あなた魔女の素質があるかもしれませんね」



「あいにく、私はそこまで酔狂ではないの。では、死んでちょうだい♪」



 取り出した銃口を向けるアリーシャ様。


 ここでアウディオラが後ろに下がる。


 一歩、一歩、ゆっくりと。


 逃げる気か、そう判断したアルベルト様とゴスラー様が、アウディオラを左右から挟み込むように動く。


 正面からは行きません。


 それではアリーシャ様の銃の射線を塞ぎ、最悪撃たれてしまうので。


 アリーシャも下がるアウディオラに銃口を向けたまま、一歩一歩前に出る。



「アリーシャ、もうやめるんだ!」



「マルコお兄様は何の心配もいりませんよ。これから誰もいなくなった屋敷で、私とお兄様が誰にも邪魔される事なく、新婚生活を営むんですからね! そう! 誰にも邪魔させない! 邪魔者は殺す! お父様も、妹も、誰であろうとも!」



 完全に酔っています。


 いえ、目を(・・)曇らせている(・・・・・・)、そう表現した方が正しいでしょうか。


 本当に“愛しいお兄様”しか見えていない。


 真っ直ぐすぎる情熱というのも、行き過ぎれば毒にしかなりませんわね。


 “恋は盲目”とは、先人も良く表現したものです。


 今のアリーシャ様がまさにそれ。


 止まりそうもありませんわね。


 しかし、やはり“魔女”はどこまでも悪辣で、しかも用意周到。


 アリーシャ様が歩を進める先、先程までベアトリン(の姿をしたアウディオラ)が立っていたところまで来ると、それが起こった。


 

 ズボッ!



 地面がへこみ、アリーシャ様が足を取られる。


 落とし穴か、そう考えましたがそうではありませんでした。


 ズガァァァン、と鳴り響く轟音。


 飛び散る火花に宙を舞う“少女の体”。


 皆がそれに視線を集める。


 またしても魔女の悪巧み。


 何の罠も仕掛けずに、こんな見通しの利く場所にて待機しているとは思いませんでしたが、まさか“地中”に仕掛けていたとは!


 そして、その爆発が合図でした。


 アウディオラは今度はルーポゥ様に姿を変え、全力疾走で逃げ出す。


 我々は爆発に気を取られ、初動に遅れてしまうのでした。

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