13-70 裏切りと報酬 (3)
「甘いわね、あなたは。やる事なす事、全てが中途半端」
ベアトリンの姿になったアウディオラは、にこやかな笑みをマルコ様に向ける。
マルコ様の手が震え、銃の狙いが定まりません。
妹を取り返しに来たのに、その妹に銃を向けるのは筋違い。
しかし、その連れ戻しに来た妹の中身は魔女。
本当に良い性格していますわ、私の姉は。
「マルコ、あなた方チェンニー伯爵家はジェノヴェーゼ大公国での策源地として利用させてもらったわけですし、感謝しているのですよ」
「父上を甘言で誑かしておいて、よくも抜け抜けと!」
「でもまあ、フェルディナンドがユリウスの相手にアリーシャをあてがって、色々と計画が狂ってしまったわ。余計な事をしてくれたものね、まったく」
そう言って、私の方を睨んでこられましても反応に困りますわね。
確かに、ユリウス様の結婚相手にアリーシャ様を勧めたのは私。
伯爵家同士の同格の婚儀であり、二人の歳も近い。
あと、ネーレロッソ側の接触ありとの情報もあったので、それを頓挫させる意味においても、チェンニー伯爵家とジェノヴェーゼ大公家の縁続きを重視した話になるはずでした。
(あの頃は“裏”がここまで根深く、絡まっていたとは思っても見ませんでしたからね。結果として、今の状況を作ってしまったのは、私の責任でもありますか)
アウディオラの計画を狂わせたと言うのであれば、諸手を叩いて喜ぶべきところなのでありましょうが、別の厄介事が生じたのでは意味なし!
徒労とは申しませんが、上手くいかない事を嘆きたくもなりますよ。
ですので、状況を整理するために問いかけました。
「この際、ちゃんと聞いておきましょうか。マルコ様、お答えください。ジョルジュ様はなぜ殺されたのですか?」
「禁忌を犯したのだ。それゆえにベアトリンからも、アリーシャからも“敵”と認識された。もちろん、私もだ。そこにレオーネの入れ知恵が加わり、今の状況になった」
「禁忌?」
「もうご存じだと思うが、チェンニー伯爵家は“純血”を重んじる最も古い家系だ。それゆえに、その“純血”を保つために、身内での婚儀を繰り返した」
「その結果が“目の病気”というわけですか」
「そうだ。いつの頃からか、チェンニー伯爵家の血を引く者は先天的に目が悪い者が多くなり、それがむしろ一族の証であると珍重された。結果、当主やその継嗣はその純度の高い花嫁を娶るべしとなり、今日に至った」
「つまり本来であれば、マルコ様とベアトリンが兄妹婚で結ばれたはずであったと」
「だが、私にはできなかった。父上が何を言おうが、ベアトリンが“誘惑”してこようが、それらを全部退けた。兄と妹が結婚するなど間違っている、そう考えて」
むしろ、それが“普通”なのですけどね。
近親相姦は、人類が最初に犯した罪とされます。
神話においては、七つの美徳を持つ七兄弟、七つの大罪を持つ七姉妹、その異母兄妹が混じり合う事により、人類が誕生したとされ、その子孫たる人類は罪と美徳を同時に内包する存在になったと伝わっております。
それを現在まで継承してきたのは驚くべき事。
しかし、それは美徳ではなく、罪なのです。
病気を前提として、一族を紡いでいくなど狂っているとしか思えません。
「そんな折、父上が『ベアトリンがダメならアリーシャでも良いぞ』とこれまた受け入れ難い提案がなされた」
「アリーシャ様も妹ですからね。しかも、ベアトリンほど重度でないにせよ、“目の病気”も持ち合わせていますわね」
「結果、アリーシャまで人目のない所では、私を誘惑するようになった」
「逃げ場なし、ですわね」
「そんな時だ。ユリウス殿との結婚話が持ち上がったのが」
「あの時期でしたか」
チェンニー伯爵家にとっては、最高であり、最悪でもある時期に、大公家と所縁のあるユリウス様との婚儀が持ち上がりました。
ユリウス様はフェルディナンド陛下の甥であり、若手の出世頭で将来の宰相候補。
これと縁続きになる利は大きいと、ジョルジュ様は判断されたのでしょう。
結果、ベアトリンとの契りに失敗し、次いでアリーシャ様は他家に嫁ぐ事となる。
しかし、その他家への嫁入りを良しとしなかったのがアリーシャ様。
(ベアトリンと言う正妻候補が失敗し、次は自分の番だと諦めていた兄との関係を構築できると喜んでいたら、いきなりの結婚話。身内を愛するように組み上がっている精神構造のアリーシャ様からすれば、諦めかけていた兄との関係が現実のものとなる好機。ようやく手に届く兄との密な関係が、ご破算という事になりましょうか)
状況を考えれば考える程、正気が失われていく気分です。
その大渦のど真ん中にいるのがマルコ様であり、よく正気でいられましたねと感心致しますわ。
「それでマルコ様、ジョルジュ様が犯した“禁忌”とは?」
「私はベアトリンと契りを交わす事が出来なかった。アリーシャも他家に嫁ぐ事となり、いよいよベアトリンと無理にでも引っ付けなくては後が続かなくなる。それこそ私を廃嫡して、一族の男子を養子入りさせた上でベアトリンと結ばせなければな」
「なるほど。そういうやり口もございますか」
「しかし、父上には私を廃嫡する理由がない。花嫁の件を除けば」
「そうですわね。マルコ様は文武共に優秀で、しかも人格的にも温和で理知的。それが未だに結婚相手の話が一切ないと言うのは、他家の貴族からすれば疑問でありましょうね」
「実際、私のところにも縁組の話はあったのだが、それを父上はすべて断っていた」
「つまり、ジョルジュ様は何が何でもベアトリンと結ばせるつもりであったと」
「だが、私はそれを拒み続けた。そして、業を煮やした父上はついに禁忌に手を出す事となった」
「それは?」
「“娘”に手を出す事だ。伯爵家の歴代当主は姉妹や従姉妹を嫁にしてきたが、暗黙の内に“親子間での婚儀”は禁じていた。それを父上は破ったのだ」
吐き出されたそれは、チェンニー伯爵家が内包する狂気の中でも特一級。
“父”が“娘”に手を出すなど言語道断の所業。
マルコ様は露骨に嫌悪感を示す表情を浮かべ、アリーシャ様もこの上なく不機嫌そうにしております。
(なるほど。アリーシャ様から“お肌の触れ合い”によって情報を抜き出した際、父親への明確な敵意を抱いていた理由はそれですか)
ああ、やはり救い難い状況ですわね、これは。
ジョルジュ様は何食わぬ顔で私やフェルディナンド陛下と接し、アリーシャ様の婚儀の心配をしていながら、もう一人の娘ベアトリンを手籠めにしていましたか。
なんと言う暴挙!
なんと言う破廉恥!
殺されて当然と言えば当然ですわね!




