13-67 急転
月下の決闘よろしく、月下の舌戦。
お互いに譲れないもの、目指すものがあり、物別れに終わる。
まあ、今までの言動から鑑みて、アウディオラの事を知ったとて何ほどの事はありません。
むしろ、決して相容れないと言う事を再確認したとさえ思っております。
しかし、そこへ思わぬ乱入者。
チェンニー伯爵家御一行、今回の事件の当事者にして内通者マルコ様にアリーシャ様です。
月明かりの下、遠くから馬で駆け寄って来る何かが二人だと確認し、さてどうしたものかと思案です。
(この二人はレオーネなり、アウディオラなりと繋がっているのは確実。アリーシャ様は積極的に父親であるジョルジュ様の殺害を企図し、マルコ様は積極的でないにせよ、今の状況を黙認、あるいは諦観している。どちらに転ぶか……)
今この場に着た理由は不明。
さりとて、話し合いのつもりか、武器や甲冑の装備も見えません。
まあ、武装していたところで、アルベルト様やゴスラー様に勝てるとは思えませんし、争うつもりはないのでしょう。
アリーシャ様もチュニックにズボンと、動きやすさ重視の格好。
ドレス姿も良いですが、こうした装いも良いですわね。
そして、二人が馬のいななきと共に到着。
こちら陣営は全員、二人に対しては警戒態勢。
アウディオラは歓迎でもしているのか、にこやかな笑みのまま。
そんな二人の内、アリーシャは馬上から顔触れを眺め、そして、私のところで視線を止める。
何か場違いなものを見た、そんな雰囲気で。
「あれ? ヌイヴェル様がいる。なんで?」
などと言いながら、アリーシャ様は馬より下りる。
まるはマルコ様が飛び降り、それを下からエスコートしながらアリーシャ様を地面に下ろしたのです。
そして、こちらに歩み寄り、私の姿をじっくりと見てきました。
「どうもこんばんは、アリーシャ様。随分とご機嫌がよろしいようで」
「ええ。静寂揺蕩う月の夜、お兄様と馬で遠駆けなんて初めてですから」
「それはようございましたね」
満面の笑みでご満悦ですわね、このお嬢様は。
まあ、大好きなお兄様との逢引ですので、ご機嫌なのでしょう。
(そう、私は知ってしまっている。チェンニー伯爵家は長年に渡り、近親相姦を繰り返し、ずっと以前より“純血”を保ち続けている事を。その代償として、“目の病”をその身に刻む事も厭わずに)
むしろ、そうした病の発現こそ、純度の高い一族の証とさえ考えているというふしがあります。
それが別邸での悲劇を生んでしまった。
右目が白内障で失明する程に重症であったメイドのベアトリンが、実はチェンニー伯爵家の血筋である事。
そして、別邸とは“正妻ないし次期当主の花嫁”を閉じ込めておくための、ケガレなき牢獄であった事。
常人の理解の及ばない危険な花園というべき代物。
(そうであればこそ、アリーシャ様は自分を他家に嫁がせようとする“暴挙”に出た父親を殺し、そこからベアトリンに騒動の罪を被せて追放するなりして、自分が兄である次期当主のマルコ様と添い遂げられるとでも吹き込まれたのでしょう)
それが私の立てた推察でした。
しかし、その前提条件が今現在、崩れてしまっています。
なにしろ、ベアトリンは既にアウディオラに取り込まれており、あの日、あの場所での出来事も、全て魔女の掌の内にあったのですから。
それに気付けなかったのは私の落ち度でもありますが、同時に良い様に利用されたアリーシャ様は完全に道化ですわね。
ただ、それに気付いてないのか、私に微笑を投げかけてくるのは、やはり世間からズレた感性の持ち主のお嬢様だと実感できますわね。
「それで、アリーシャ様、この場に私がいる点を不思議がっておりましたが、いかなる理由でしょうか?」
「いえ、だって先程、大聖堂からヌイヴェル様が護送されて行くのを見かけましたので、不思議だなぁと」
「私が護送されて!?」
「あ、そう言えば、あの豪華な馬車の旗印、“金と銀の鍵十字”を掲げていましたから、中央大聖堂の関係者でしょうか?」
「なんですって!?」
思わず叫んでしまった私。
よくよく考えてみれば、ここ最近の騒動を“法王聖下”が傍観している道理がありませんわよね。
(迂闊! 事件に介入してきた捕吏は、明らかに私を強引にでも捕らえようとしてきました! おそらくは“天王”の息がかかった者達なのでしょう。世界の現状を維持しておきたい派閥ですから、その改変の鍵となる私を閉じ込めておくなり、処分するなりしておきたいはず! その動きに反目する形で、法王聖下が動いたとしても不思議ではありません!)
義妹(花嫁)を保護すると言う名目で、騒動から隔離するために側近くへと呼び寄せたという可能性が高い。
しかし、その行動は今、問題大ありです。
何しろ、その護送された“私”と言うのは他でもない、“替え玉”として私に成りすましているジュリエッタなのですから。
(そうなると、正体がバレるのはマズい! 天王側からすれば、『ほれ、重き罪の容疑者が罪から逃れたぞ』と私に連座する形で処断する理由ができてしまう! 法王側からすれば“新世界の聖母”ではなく“一介の娼婦”を花嫁として連れて来た事になるので、『おや、これは良くない。取り違えたか』と顔に泥を塗ったジュリエッタを処分する可能性がある! どちら側もジュリエッタを生かしておく理由がない!)
ここまで事態が急速に動くとは、私も考えておりませんでしたわ。
事態が嫌な方向にばかり動く。
そして、ふとアウディオラに視線を向けると、ニヤリと笑っている。
ここで確信しました。
この状況、目の前の魔女が各所に情報を流し、都合よく動かしていたのだと!
これは完全にしてやられました。
ジュリエッタを人質に取られれば、私が準備も無しに救出に向かう事になる。
そうなると、何かしらの罠を用意しているであろう中央大聖堂に、私を含めた主だった顔触れが勢揃いする事になる。
そこを一網打尽にするつもりなのは明白!
(そう考えますと、ジュリエッタを諦め、切り捨てて傍観しておくのが最善手。とにかく時間を稼ぎ、準備を整えてから動くべきなのは分かっています。しかし……!)
あの子を見捨てろと、“理性”が囁く。
しかし、“感情”がそれを拒絶する。
妹であり、娘であり、弟子でもある私の最愛の“家族”。
血の繋がりは薄くとも、何よりも掛け替えのない存在。
しかも、今回の事件とは何の関係もなく、私が無理やり巻き込んだようなもの。
その何の落ち度もないジュリエッタを見殺しにしろと。
否!
断じて否!
“理性”より“感情”が勝る!
罠が張り巡らされていようとも、助けにいかなくてはなりません!
ああ、つくづく人間と言う生き物は、“感情”に支配されてしまうものなのですわ。




