13-65 絶望と共感 (3)
「新たな世界の“神”となりましょう!」
アウディオラの目指す望みは示されました。
完全に“狂人の戯言”ですわね。
世が世なら、間違いなく“異端者”として魔女は火炙り。
周囲も完全に困惑しておりますわね。
もちろん、誘いを受けているユリウス様も。
「母上! そのような戯言を形にするために、暴挙に出られたのですか!?」
「ユリウスや、戯言でもなんでもないのですよ。この世に神などいません。いないのであれば、その空席に誰かが座るのが道理。人は高みを目指し、奇跡と恩寵を求めるよう作られておるからな。神を求めるのが人の性」
「なればこそ、人が神になろうなどという大それた事は間違っています!」
「別に大それた事ではなかろう。現に、今は神の忠実なしもべを騙る“雲上人”が世界を管理し、神の名の下に統治している。その神の名に少しばかり手を加えるだけですよ。そう、作られし偶像ではなく、真の創造主とね」
「く、狂っている……!」
「狂っていると感じるのは、人が毒されている証拠です。ゆえに、私は世界中の人々に対して、真実を突き付ける! 欲望を! 飢餓を! 憎悪を! 世界は美しくもなければ優しくもなく、辛い現実を突き付け、その上で神の聖名を唱えるのです!」
あ~、これは完全に酔っていますね。
アルベルト様も、ゴスラー様も、完全に引いておりますね。
逆にアゾットは醒めておりますわね。
オノーレに至っては「なんだこいつ」とでも言いたげに呆けております。
この対比もそれはそれで面白い。
狂信者、とでも言えば良いのかもしれませんが、救いを求める“神”がいないというのがより救いがありません。
しかも、その神の座に自身が滑り込もうというのですから、余計に質が悪い。
(カトリーナお婆様、あなたが何を目指して腹を痛めて産んだ子を、こうも狂った存在にしてしまったのか理解しかねますが、はっきり申せば失敗しておりますよ)
育児の失敗は親の責任ですが、その責任を問うべき親はいない。
と言うより、いい年こいた大人がこうも高らかに妄想を垂れ流して、ご高説をぶっているのですから痛々しい事この上なし!
しかも、自分と同じ顔というのが余計に嫌ですわ。
共感性の羞恥心とは、こういうものなのでしょうか。
このような者が母親とは、ユリウス様、早めに親離れできて良かったですねと一声かけてあげたい気分ですわ。
しかし、そうも言ってられないのがとうのユリウス様。
完全に道を踏み外している母を呼び起こすのに必死ですわね。
「救いを求めるのであれば、そうなりましょう。しかし、母上の述べるその先に、救いがあるとは思えませんが!?」
「救いなど、始めからありませんよ。この世は最初から地獄であり、汚れた魂を閉じ込めておくための牢獄。世界がそう作られているですから……。ゆえに、救いなき道に救いを、救済を、私が作るのです。『正直に生きよ』、これのみを真言として」
「それでは野山の獣と何ら変わらないではありませんか!」
「そう、人もまた獣なのです。ただ、理性と言う仮面を付け、自分を偽っているだけ。かつての私のように、ね」
そう言うと、アウディオラは懐から仮面を取り出しました。
かつて自分が付けていたもの。
大公女でありながら、何もかもを隠匿し、偽りと秘密によって塗り固められてきた己自身の象徴。
「ユリウス、あなたも私の素顔を見たのは、今日が初めてでしょう? ずっとこの仮面を着け続けていたのですからね。ただ、私はこの仮面を私だけが着けていただけとは思っていません。人は誰しも仮面をかぶり、自分自身を偽る。それこそ、“家族”の前であろうとも」
「それはそうかもしれませんが、その理性と言う仮面によって秩序を維持しているのです」
「人はそれを“我慢”と呼ぶのですよ。なんと息苦しい事でありましょうか」
「母上に窮屈な思いをさせてしまった点は、息子として不徳の致すところ。なればこそ、そのような狂気に捉われず、清く正しく生きるべきです」
「ユリウス、何度も言うけど、私は“正直”に生きたいだけよ」
「人間すべてが“正直”になれば、世情は乱れます。それは全力で阻止させていただきますよ、母上」
「奇妙なものよね。嘘は良くない、正直者であるべしと。しかし、皆が皆、揃いも揃って“嘘つき”にならないと、社会を維持できないなんて」
「母上の求める世界は“混沌”でしかありません! 過ぎたるは及ばざるがごとし。苦い毒を拒んでも、甘い物ばかりではこれもまた体を損なう元となりましょう」
「それは甘い物を口にできる恵まれた者の物言いよ。そうは思わない、アゾット?」
ここでアゾットに話をふりますか。
まあ、ここにいる顔触れは揃いも揃って貴族と言う上流階級。
ただ、アゾットだけが貧民という最底辺を経験しています。
文字通り、“苦い経験”をよく知る。
しかし、アゾットは首を横に振る。
退屈、そう顔に書きながら。
「残念ですが、私は“出来損ないの魔女”に共感する事はありませんよ」
「ほう、そう言い切れるのはなぜですか?」
「“自由”を口にしながら、“圧制”を強いているからです」
「おや、弱肉強食を圧制と言いますか」
「力こそ全て、欲望の赴くままに、なるほど、確かに“自由”だ。しかし、それでは弱者は救われません。私はそうした弱きを助けるために医の道を進んでいるのです」
「お前ほどの実力と見識があれば、もっと上を目指せるでしょうに。現在の秩序が失われ、誰しもが同じ戦場に立てば、実力ある者が世を制する。木っ端貴族のお抱え医師などではなく、もっと大きな舞台に立てるのですよ?」
「それが押しつけだと言うのです。私は今の生活に満足しているのですよ。わざわざ政治のしがらみに捉われるような、そんな馬鹿げた真似はしません」
「より多くの人を救えるのには、それ相応の地位が必要ではないかしら?」
「あいにくと、私はそこまで自惚れてはおりませんよ。自分の腕の長さは弁えているつもりです。自分の手の届く範囲で、命に対して抗うつもりです」
「抗うついでに、世界に対して摂理を逸脱してみるつもりはないかしら?」
「では、世界に存在するすべての方程式をご教授願いましょうか」
「そんなものはありませんよ。それを知るのは応えもしない神のみです。そして、神はどこまでも高みにあり、人の事など一顧だにしない。ただ、地獄でのたうつ我々を眺めているだけです」
「救いがたいですね」
「ああ、あなたもそう思う?」
「ええ。そのような妄執に捉われているあなた様が、ですよ。心の病は専門外ですが、多少は知識があるつもりです。私で良ければいつでも診察いたしますよ」
さすがはアゾット。
この程度の誘いは一蹴してしまいますか。
まあ、地位や富に執着しない、純然たる医者ですからね。
そういう風に仕込みましたし、それだけに危うさもありますが、“妹”以外の事にはほんと頓着しませんからね。
残念ね、アウディオラ。
私の従者はその程度では絶対に“共感”しませんわわよ。
まして、壊す事と奪う事に尖った思想ではなおの事ね。
アゾットの思想、理想とは完全に真逆なのですから。




