13-64 絶望と共感 (2)
私が慕っていたオクタヴィア叔母様が偽者!
しかも、その正体は、“共感”によって叔母様を取り込んだアウディオラだっとのは、完全に意表を突かれました。
「まあ、すり替わったのは割と最近の話よ。息子が子猫と結婚した前後の慌ただしさに紛れてね」
「しかし、なぜ叔母様がアウディオラと“共感”など」
「簡単な話よ。“魔女になれなかった事”が長女の心の歪み。そこを付け込めば、“共感”くらい難しくもないわよ」
「…………!」
指摘されてみればその通りでしたわ。
カトリーナお婆様の腹から生まれてきたのは、名知らずの“三つ子の母”とオクタヴィア叔母様の二人だと考えていました。
でも、“名知らずの母”が存在しない人物であり、カトリーナお婆様こそ我々の母とするのであれば、オクタヴィア叔母様が長女となり、アウディオラが次女、私が三女という事になります。
かなり年の離れた腹違いの姉妹。
しかし、特殊な存在。
(叔母様……、この場合は長姉になりますか。その視点で見た状況を場合、“妹”が選ばれた存在になるのでしたわね。自身は大魔女の長女でありながら魔女にはなれなかった。まあ、娼婦や商売人としては優秀でしたから、それは表面的には出て来なかった。そう、私達が生まれるまでは……!)
叔母様もある程度までは知っていたのでしょう。
そうでなければ私が“名知らずの母”について尋ねた時に、誤魔化すような言動をとらないはずですから。
“嫉妬”は本当に人を狂わせる。
オクタヴィア叔母様は魔女になれなかった事を悔やみ、魔女になってしまった私を奪った者として嫉妬した。
アウディオラは誰からも愛されなかった事を恨み、カトリーナお婆様から愛情を注がれて育った私を奪った者として嫉妬した。
長女、次女ともに、三女を選ばれた者、奪った者として見ていた。
その絶望感と嫉妬が“共感”を生み出してしまったというわけですか。
(その事に気付けなかったのは、私の痛恨の一事でしたわ!)
叔母様は厳しくも思いやりのある方でしたから、全く気付かなかった。
それが“共感”によって得た演技だと気付かずに。
必要なしと“お肌の触れ合い”による情報収集を怠った事による失策。
“身内”に甘かった私自身の見落とし。
「あるいは、こんな方も“共感”してくれましたわ」
またしてもグニャリと体がねじれ、そして、別人へと変わる。
今度は初老の男性。
そして、その顔には見覚えがあった。
「な……、ヴォイヤー公爵まで!?」
アルベルト様が唖然とした声を上げる。
『処女食い』の事件の際、そのゴタゴタを利用して、大公位を簒奪しようと目論んだ男です。
私も見間違う事などありませんわ。
「アルベルト様、公爵の死体は水揚げされたのでは!?」
「されたはず。しかし、今にして思えば、引き上げが最後の方であり、“腐敗”が思いの外に進んでいた。顔の判別が困難なほどに……。着ていた服装と、なんとなしの顔立ちで公爵と判断したが……」
「では、今回のジョルジュ様のように“腐敗”を促進させた可能性もありますわね」
「だな。それとなく公爵に似た死体を調達しておいて、判別困難な状態にまで腐敗させて、湖に投げ込んでしまえば“死んだ”と判断されるな」
手の込んだやり口ですが、死を隠匿するのには必要な手順ですわね。
その事件、レオーネだけでは状況操作が難しいとは思っていましたが、公爵本人が“背乗り”されていたのであれば話は別!
兵士を始めとする人員の手配も、容易に行えるようになります。
「これで分かったでしょう? 私と“共感”した者は、奪われた者、あるいは奪われてていると勘違いした者。そう、私のようにね!」
そして、変わる、次々と変わる。
何人取り込んだのか分からぬほどに、次々と顔が変わる。
見知った顔もいれば、知らない顔もある。
それほどまでに“共感”を得てきたと言う事。
相手の心を読み、その上で寄り添い、辛い現実から逃れさせ、夢を見せる。
(やり口としては、私とそっくり。でも、結果が全然違いますけどね)
私は高級娼婦として、お客様に完璧なご奉仕を提供してきました。
店の中では、嬢とのひと時を過ごす部屋の中では、誰しもが“楽編への扉”を開く事が許される。
辛い現実からも、“対価”さえ支払えば夢の世界へと誘う。
しかし、アウディオラは違う。
悪夢を呼び起こし、辛い現実を突き付け、その上で“世界の破滅”とそこから繋がる“新たな世界への夢物語”を騙って聞かせる。
口車を駆使する詐欺師そのものですわね。
同じ“騙り”であろうとも、悦楽を与える私と、苦痛を与えるアウディオラ。
ここまで真逆だとは!
「さあ、語りもここまでにしましょうか。さあ、ユリウス、私の可愛い坊や、共に新しい世界へと行きましょう」
再び元のアウディオラの姿に戻り、ユリウスに手を差し伸べる。
話を聞いていなければ、実に優し気な母親なのでしょうが、中身は本当に“魔女”。
魔術と話術を駆使し、人々を誑かしては地獄を見せる。
おとぎ話に出てくるような“悪い魔女”そのものですわね。
そんな魔女にして母親であるアウディオラに対し、ユリウス様は露骨なまでに嫌悪感を示され、睨み付けました。
「母上! そのような話を聞かされて、私が“共感”するとお思いか!?」
「思っていないわよ~。あなたは夫ルーポゥにそっくりですからね。真面目で、誠実で、“仮面を外せない汚れた魔女”を心の底から愛してくれるくらいには」
「父上の心を読んだのであれば、その愛も推し量れたはずでしょうに!」
「ええ、そうね。ルーポゥは何一つ不満を漏らさなかった。それこそ、仮面を着けた初夜の際も、それ以降も、ずっとずっと私を愛してくれていました。“仮面”の向こう側にいる私に、唯一真心を以て接してくれていました」
「だったらなぜ今回も、あるいはこれまでも、数々の事件を巻き起こすような愚挙をやってしまったのですか!?」
「もちろん、私を殺そうとした事よ。その巻き添えでルーポゥまでね」
「…………!」
「愛は“渇き”でもある。飲み続けなければ、心が干からびる。私の心は沙漠。水がない、愛がない。でも、それをルーポゥは愛を注ぎ込んでくれた。渇きを気付かぬ者に『お前は渇いている』と示し、その上で寄り添ってくれた。でも、世界はそれを否定し、私を、夫を殺そうとした」
そして、アウディオラは天を見上げる。
今まで見た事のない憤怒の表情を浮かべ、怒りをあらわにしながら。
「ならば! 引きずり降ろしてやるまでよ! 世界が私を否定し、殺そうとした! ならば、私は世界を滅ぼし、作り変えてみせましょう! 誰に文句は言わせないし、言わせるつもりもない! まずは世界の管理者たる“雲上人”を高みから転がせ、私が新たな世界の“管理者”に あるいは“神”になってみせましょう!」




