241 侯都の現状 下
誤字報告ありがとうございます。
「奥様が昏倒した事で傍仕えが口を割った」
「目覚めなければ連座を恐れたか」
「それでなくても尻尾切りに怯えていた」
「余程の事があったか」
盗賊ギルドに襲撃を依頼する程度の事なら貴族に取っては日常茶飯事だ。やり過ぎて謹慎になる心配は普通だ。だが尻尾切りの可能性を考える者は少ない。
「事はラディアンド籠城戦が発生する前だ。閣下が精鋭を率いてラディアンドに出陣した隙を狙われた。その日はアッシュ卿が闘技場で戦う二日前になる」
「まさか!?」
闘技場の日に言及するとなると悪魔絡みなのか?
「証言によると奥様はその日まで普通に生活していた。しかし夜の内に寝室に侵入者が入った」
異性が入っただけでも大騒ぎなのに不審者が入ったら不義密通を疑われる。そのために寝ずの番や部屋の前に護衛を配置する。アメリアみたいに表向き処女だから不要と言うのは未婚女性の特権みたいなものだ。アメリアを襲った暗殺者の腕からして、リル以外の護衛は逆に足手纏いになっていただろうし、必ずしも護衛を置くのは正解とは言えない。
少なくても護衛が突破された時点で正室は護衛の処遇に頭を悩ませる。そしてその事が露見しない様に正室周りが口を噤んだか。噂が立つだけでどれだけの人間が粛清されるか分かったものじゃない。そして気付けばとんでもない大事になってしまい、一抜け出来るチャンスを誰かが目ざとく見つけたか。
「どうやって入れたの?」
自身も潜入経路を調べただろうリルが問う。幾ら侯爵家の精鋭がラディアンドに出払っていても痕跡を完璧に隠して侵入するのは難しい。
「空を飛んで3階のベランダから入った」
これの対策をしろと言われても無理だ。
「人型なんだな?」
「そう聞いている」
空を飛べる人間なんてそういない。俺だって魔導鎧を操縦して風の精霊王のバックアップがあってギリギリだ。
「他に乗りものは居なかったのかしら?」
アメリアが常識的な質問をする。どちらかと言うと確認か。
「残念ながらその形跡は無かった。去り際に人の姿で空を飛んだと確度の高い報告がある」
「で、そいつは何を?」
「分からん。奥様の部屋に居た寝ずの番と寝室前の護衛は眠っていた。話をしたのは奥様だけだ。異常に気付いて寝室に踏み込んだ時には月に映る人影が南に飛び去るのを辛うじて目撃出来たそうだ」
南と言う事は帝国に向かったか? 直進したと思い込むのは危険か。南に進んで東に行けばクロードの実家がある。あそこに助勢しに行った可能性は否定できない。
「不義密通で処刑か修道院送りで決着ですか。何とか決闘裁判に持ち込めないかしら?」
アメリアは余程自分の手で焼けない事に不満があるみたいだ。
「話の内容は分からないが、傍仕えは奥様との会話からある程度の情報を抜いた。不審者は奥様に姫様の事を伝えていた。どうやったか皆目見当がつかないが、姫様の生存を何らかの方法で知った」
「見た、のさ」
「見た?」
「あいつの移動経路を考えると、ルビー(・・・)の上空を飛んで南に向かったはずだ。その時に特徴的な赤髪を見てすべて理解した」
「私を見逃す理由は?」
「二つ。一つは時間が惜しかった。アメリアが本気で抵抗して火柱を上げたら俺もオークも全力でそこに向かった。一つは搦め手で被害拡大を狙う性格だからだ。北の砦で俺を殺せば良かったのにあえて生かす事で俺はラディアンドの闘技場で大暴れする羽目になった。あれで辺境伯に与えた政治的なダメージは計り知れない。追加で南に飛んだのはオークをラディアンドに誘引するためだろう」
「主君、では?」
「ああ、ラッセの名を名乗っている下級悪魔にほぼ間違いない。次の狙いは侯都か侯爵家か」
「どうかしら?」
「アメリアは違うと思うのか?」
「ええ、だってそんな価値無いでしょう。私なら放火だけして次のもっと美味しい獲物に向かうわ」
ラッセは南に飛んだ。侯都に比べて帝国は遥かに美味しい獲物だ。
「去ったのならそれは上々だ。しかしこちらはまだ鎮火が終わっていない」
人事の様に言うアメリアに厳しく言うハインリック。場合によってはアメリアが継承する都市だから当然だ。
「真実を伝えただけでは終わらなかったか?」
「そうだ。奥様はその日を境に新しい商人を数人召し抱えた。少なくても一人は暗殺教団の取次だ。彼は既に捕えて拷問中だが、果たしてどこまで話すか。
更に借金が嵩んでいる下級貴族に援助したり、軽度の違反を犯した者達への恩赦を積極的に開始した。流石に重犯罪者にまでは手を差し伸べなかったが、それでも相当数の捨て駒と違法ギルドの歓心を買えたはずだ」
襲撃の時に自死した騎士爵や動きが怪しい従騎士もこうやって絡めとられたか。北から攻めて来た山賊も同じかもしれないがアメリアが消し炭にしたから証拠が何も残っていない。
「厄介ですね。あの女の仕事をしながら本当の依頼主の仕事をやるでしょうね。そして気付けば侯都は穴だらけに」
「まさしく。奥様に取って姫様を暗殺するのはメリットがある行動だったが、グイードの暗殺は百害あって一利なし。グイードが殺されたために閣下ですら奥様を弁護出来なくなった」
さてこの状況で侯爵はどう動くか? 侯都を巻き込んだ大掃除でかなりの首が飛ぶ。恐らく孫二人の経歴に傷が付くのを恐れて遠ざける。最悪事が終われば侯爵が責任を取る形で自裁して孫の一人に侯爵位を譲る形で終わらせられる。俺の考えを裏付けるようにアメリアに「ダンジョン攻略が終わるまで侯都に近づくのは禁止」と言い渡される。狡いが有効な手だ。あのダンジョンはシーナが来ないと攻略出来ない。シーナの動きをコントロールすればアメリアもコントロール出来る。
「そう言う事ならダンジョンコアを目指して攻略を開始しよう。コアまでたどり着けば宰相家も動かざるを得ない」
「そうね。私をそう簡単にハブれないとお爺様に教えなくては駄目ね」
こうしてやっと毒沼のダンジョン攻略に向けて全員の意見が一致する。
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