239 奴隷解放
「私が到着する前にその様な事があったとは。事前の想定がこうも木端微塵になるとは断腸の思いだ」
領主館にある会議室の上座に座るハインリックが眉間にしわを寄せて呻く。ハインリックかアメリアの双方が譲り合ったため、どちらが上座に座るかで揉めたが、子爵で侯爵の名代として来ているハインリックが座る事で決着が付く。
会議室の上座にはハインリック。左側にはアメリア、レイナー、そして若グイード。右側には俺、ガイルズ、そして俺の強い要望でネイサン。ハインリックと一緒に来たリルが俺とガイルズの間に挟まる案はあった。しかしリルが会議に参加すると左右のバランスが悪くなるので辞退する様に説得した。王家は余程ダークエルフを叙爵したかったのか、リルの子爵位には様々なイレギュラーな付帯条件がある。その一つが領地を持たない準男爵である俺をリルの寄親にする事だ。準男爵が子爵の寄親なんておかしすぎるだろう!? その問題を解決するために頃合いを見て俺に伯爵位を授けると言う頭を抱えたくなる条件まである。色々パトリックを問い詰めたい事があるが、この会議限定で言うと、俺とリルがセットで出席すると俺の発言力がハインリックを優越すると言う法的解釈が成り立つらしい。
直近の問題を侯爵の鶴の一声で解決させるのが目的なのに、俺の一声でそれを強制した形になるのは避けたい。それが地方貴族を中央貴族の下に置きたい宰相家の狙いだとしても、黙って従う謂れは無い。せめてシーナをリルと一緒に送っていたらもうちょっと中央の事情に配慮したんだが、シーナは中央の問題に掛かりっきりで参戦はダンジョンコア破壊直前までお預けだ。
「ハインリックは良い時に来ました。私の領民とアッシュの奴隷の仲が決裂する前で良かったです」
その件については俺とアメリア、そして当事者全員が安堵している。戦勝パーティーを開く事でタイムアップしたのに二日酔いで数日稼げたのはラッキーの極みだ。「酔いが覚めるのが開戦の合図ですか?」とスフィーとエミールが本気で心配する位に状況は悪化している。
「侯爵家が奴隷を買い取る方法もあるが?」
「信用問題だ。農民だけなら良いかもしれないが、冒険者がいる。俺が約束を守らない主人と思われたら命懸けでダンジョン攻略はしない」
しばし考え返答する。侯爵の権力で奴隷の早期解放をするより、侯爵が奴隷を買い取る方が侯爵にメリットがある。今回は事実上の徳政令だ。そして徳政令を乱発すると侯爵の法による統治が弱体化する。村規模で明確な功績があるので踏み切る判断に傾いたみたいだ。
「資金面の補填は不要と?」
「農民の購入資金は十把一絡げなのは知っているだろう? 日々の食費の方が痛い」
「ふっ、そうであったな!」
食費は宰相家が支払うので資金面でのダメージはほぼゼロだ。それにここで解放した場合、ダンジョン攻略をしている間は俺に好意的な一大勢力が後方拠点に出現する。前世からの経験だが、大規模プロジェクトで一番面倒なのは後方から味方撃ちする奴だ。それが無くなるだけでダンジョン攻略の難易度は大幅に落ちる。
「開拓に功有りの奴隷農民30人、トロール撃退に大功有りの奴隷農兵15人、そしてこの45人の縁者で未成年奴隷18人を侯爵の権限でこの村の住人にして欲しい。開拓についてはネイサン、戦闘についてはガイルズが報告する」
俺の発言を受けてネイサンとガイルズが報告し、ハインリックが所々質問する。一時間程過ぎた頃にハインリックが若グイードに向き直る。
「グイードよ、新しい村民が増える。対応は任せられるか?」
「お任せください、と言いたいのですが農地の分配はどうしましょう?」
「うむ、良くぞ気付いた」
農民と言っても一家を食わせられる土地持ちの自由農民、土地を持たない小作農、そして自由と引き換えに小作農より裕福な暮らしが出来る農奴などがある。実際は更に細分化しているらしいが、村内の序列は貴族に取ってはブラックボックスだ。
「試算した限り、全員を自由農民にするのなら9月まで本格的な開拓の継続が必要です」
担当しているネイサンが言う。
「開拓の継続はお願いしても?」
若グイードは解放されない魔法使いについて俺に問う。俺が魔法使いをダンジョン攻略に使うと言えば開拓は夢のまた夢だ。
「開拓に従事する魔法使いを解放し、侯爵家の開拓責任者の下に組み込んでも良いが……」
「何か懸念が?」
ハインリックが引き継ぐ。
「魔法使いは十人だ。村に残る意志がある六人を解放するか、全員解放するか」
四人だけ解放しないのはどうなんだ? かと言って解放したらダンジョン攻略を拒否する可能性もあるし。
「此度の徳政令は『村民になる』事が条件に含まれています。これを盾に六人を解放しましょう」
「う~ん」
アメリアの発言は領主としては正しい判断だ。四人のヘイトが侯爵に向かう様に配慮までしてくれている。でも四人の心情を一切顧みていない。
「何か不満でも?」
「いや、そう言うわけでは……。俺とアメリアで残り四人に事前説明するのならその条件で良い」
誰でも上意下達の朝令暮改に振り回されるのを嫌う。だが俺とアメリアが事前に解放予定について話しておけば最悪の事態は回避出来るだろう。
「まあ良いでしょう」
アメリアもそれくらいは付き合ってくれる。
「ならば侯爵閣下の命で指定のある69人を解放し、村民として登録する。グイードはネイサン卿から開拓の仕方を習うと良かろう」
ハインリックは流れが変わる前に一気に侯爵の名で奴隷解放を決定する。これで奴隷農民は正攻法で村民になったから武力で村を奪う必要は無い。元から居る村民も新しい同僚となれば態度が軟化するだろう。してくれないと困る。何せこの村の武力の8割以上は新村民だ。若グイードの手腕に期待しよう。更に侯爵家が金を出す形でガイルズとネイサンが短期間とは言え若グイードの教師役をやる事で合意する。開拓と農兵の掌握を穏便にやるには最適な方法だ。
「村の問題が解決しましたし、そろそろ侯都の話をしましょう」
アメリアが容赦なく爆弾を放り込む。
「分かった。だが会議の顔ぶれを変える必要がある。明日一番の方が良かろう」
「……。朝一番ですよ?」
不満があるアメリアが釘を刺すも、ハインリックの言が正しいと認める。
「なら奴隷解放のパフォーマンスと宴会の準備だ!」
悪い流れを変えるために俺が叫ぶ。
「二日酔いに迎え酒になりそうだな!」
ここまで黙っていたレイナーが乗ってくれる。
そしてこの日は奴隷の解放騒ぎからの朝まで続く宴会になだれ込む。俺とアメリアは村の新体制の面倒事を早々と酔い潰される若グイードに任せ、明日の会議に思いをはせる。ハインリックを三日以上足止めする侯都で発生した異常事態の詳細を早く把握しなくてはならない。
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