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229 密室 中

 侯爵、辺境伯、六伯爵、城爵の九人がそれぞれ20~50万人規模の城塞都市を本拠地にラディアンド地方を統治している。オークの南進はこの支配体制を大きく揺るがした。籠城戦が終わってすぐにラディアンドから追い出されたのでその余波は計り知れなかった。その日より凡そ30日が経ち、ラディアンドに派遣したダレンが頭の抱えたくなる報告を持って帰って来た。


「辺境伯は包囲されている城塞都市の内、一つの解囲に成功したそうだ」


 ガイルズがダレンの報告を読み上げる。辺境伯率いる1500は3割を超える損耗を出すも籠城側とオーク軍10万を挟撃、見事にオーク軍を壊乱させた。


「あそこの伯爵は先代の頃から辺境伯派です。意地でも助けたかったのでしょう」


 グイードが領主としての見解を言う。ラディアンド地方には三つの派閥がある。侯爵派、辺境伯派、そして中立派だ。侯爵派はユーグリン王家に教順し王国の一員としての繫栄を考えている。辺境伯派はユーグリン王国から広範な自治権をもぎ取りたい。独立まで突き進むかは内部で割れている。最後の中立派はラディアンド地方の外に目を向けていない派閥だ。なので先祖代々続く生活を続けられるのならどの旗の下でも構わない。中立派は自分の家の利害のみで動くからその行動を予想するのは困難を極める。これまでは派閥が3:3:3になる様にユーグリン王国が長年調整して来たらしい。


「だが3割だぞ? 籠城していた都市から多少兵力を抽出出来ても次の攻勢は不可能だ」


 レイナーが騎士としての見解を言う。


「その事だが、傭兵と冒険者に被害が集中しているらしい」


 ガイルズがそれを聞いて捕捉する。


「「……」」


 辺境伯の判断が正しいのは認めるしかない。だがぞれを聞いて全員が言葉に出来ないモヤモヤを感じる。


「もう一つの城塞都市はどうする予定だ?」


「解囲に動く。ただ現時点では侯爵軍に動きは無い」


 歯切れの悪いレイナーの問いにガイルズが答える。あの伯爵領に何かあるのか?


「あそこは俗に言う中立派ですが、正室様の実家でもあります。解囲する事で実家経由で正室様を動かすのではないでしょうか」


 苦虫を嚙み潰したようにグイードが俺とガイルズのために解説する。ギドルフが辺境伯になればこの伯爵は外戚になり、侯爵派になる可能性が上がる。辺境伯はギドルフをこの伯爵家を通じて後援する見返りにアメリアの身柄を貰うつもりか。グイードとレイナーが渋い顔になる見事な打ち手だ。正室がこの高度な計画を理解できる理性が残っていればあるいは成功したかもしれない。


「落城した城塞都市はどうするんだ?」


 辺境伯の件で話が脱線する前に俺が聞く。


「早期奪還は諦める、と言うのがもっぱらの見方だ」


「「あり得ん!」」


 グイードとレイナーが声を揃えて叫ぶ。


 九人体制の一角が崩れる。それは長く続いたラディアンド地方の安定が脅かされる事態だ。落城したのが中立派なのが特に都合が悪い。無事な中立派の片方は侯爵家に娘を出したので侯爵派に転じやすい。そうなると最後の中立派はバランスのために辺境伯派になる可能性が高い。二大派閥なると戦線が整理され、攻勢に出る辺境伯に有利な状況になる。


「オーク軍が冬越えすれば春先に潰す案が現時点で本命だ」


 奪還そのものは諦めていない。当然だ。オークは要害で防衛戦をする価値を理解しているし、城塞都市に籠れば手強い敵となる。辺境伯が今動かせる軍を全部動かしても攻城戦で勝つ事は無理だ。だがオークの生態を利用すれば城塞都市はデストラップと化す。オークは狩りと原始農業で食糧を確保する。そして城塞都市に10万人規模のオーク軍が冬越え出来る食糧は備蓄されていない。虜囚となった人間と二つの城塞都市を攻めていたオークの生き残りまで合流したら20万人を超える。


 秋に狩り田と放火を繰り返せば食糧事情は更に圧迫される。冬越えで大量の餓死者が出た所を攻めれば勝てる。勝つには勝つだろうが、城塞都市として復活するのは十数年後だ。それまでこの伯爵家が存続できるか分からない。存続できたとしても大幅な弱体化は避けられない。


「対抗案は冬前か?」


「そう聞いている」


 俺の発言にガイルズが困惑して答える。軍事的には冬の後に攻めるのが鉄板だ。ただし政治的な事情を鑑みると秋の終わりの方が良い。春先の奪還戦となると王家、侯爵家、そして辺境伯家の誰が軍事作戦を主導するか揉める。冬前なら辺境伯しか動ける貴族がいない。可能性は低いが春先にオークが再度南進する可能性は捨てきれない。南進するオークが本拠地として使える城塞都市を残す事に懸念を表明する貴族は多い。


「この状況だと頼んでいた冒険者の追加雇用は出来そうか?」


 俺がダレンをラディアンドに送った理由の半分がメアの招聘だ。メアの冒険者パーティーを金貨袋でぶん殴ってでも最初から連れて来るべきだった。パワーレベリングで奴隷冒険者をすぐ治療できる。シーナが予定より早く合流する。自分に都合の良い考えを並べた結果が今の停滞だ。前世なら意固地になってミスを認めず更にドツボに嵌っていただろう。だがここはミス一つで命を落とす世界だ。方向転換しても笑う奴は少ない。


「指名依頼は出した。ダンジョン攻略に参加するのなら聖女様による治療を約束したのだからいずれ来るだろう」


 冒険者の多くは解囲戦で怪我を負ったはずだ。そして治療費を捻出できるのはほんの一握りだ。俺の指名依頼は彼らにとって天の助けだ。


「占拠された城塞都市の戦いで一稼ぎするまで時間があるし、ガイルズの見立てが正しいと信じたい」


 冒険者は治療、ダンジョン、城塞都市と梯子するのではないかと考える。


「困りました。こういう状況で閣下が動ければ一番なのですが」


 グイードが額の汗をぬぐいながら言う。シーナが居たから戦傷は癒え、いつでも戦える状態になっている。ある意味籠城戦に参加する前より頗る健康だ。それに城塞都市の破壊を厭わないなら【火魔法】で城壁を越えて大魔法を放てば奪還戦は大幅に有利になる。


「そうだな。ならその可否を論ずるために侯都の状況を伝える」


 レイナーが侯都に派遣した騎士からの報告を始める。その内容はラディアンド地方全体を揺るがしかねない。

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