豆を零さないで
ガチャリ、と扉が開く音がして誰かが外に出たのだと知る。
入って来たのであれば足音が大きくなるはずだから。そして今、この館で正面玄関を使えるのは私の他には1人しかいない。
「ジェーン先生出かけたの?」
私に出す為のお茶を準備するメアリに尋ねる。
「みたいですね」
「みたいって・・・」
「だって、いえ。失礼しました。私もレディ・ホワイトの事は本人が言って下さる事しか存じ上げないのです」
おんやぁ?いやに他人行儀な呼び方するじゃないの。メアリがこんな子供みたいな反応をするなんて、ちょっと揶揄いたくなっちゃうけど…やめとこ。なんかやめとこ。
「そうなの?知らなかった」
「そうですよ。あの方は私たちとは違って使用人ではないですし、そもそも貴族の方で、こうやって住み込みで働く事すら稀ですからね」
そうなのかー。あまり深く考えてなかった。
ん、今日のお茶も美味しい。
「今日の紅茶美味しいわ。今度マリーが来た時はこれを用意するようにして」
「かしこまりました」
会釈して、そのまま横に立っているメアリを見上げ、向かいに座るように視線を送る。お決まりの流れで、二三度断られるのを振り切り、諦めたようにため息をつきながらメアリは私の向かいに座った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「こんなに早く分かるなんて、トムと君の情報網はどうなってるんだか」
「俺は元々の仕事仲間があちらこちらに散らばってるだけですよ。ホワイト先生。トムはーーまぁ性格ですかね」
「ははっ!シャポー家は人は少ないけど粒ぞろいだよね」
「先生がその筆頭だよ」
馬車を動かすベンがそう言うと、否定も肯定もしないでカラカラと笑い声を立てた。しかし、馬車が目的地に近づくに従い真顔になっていった。
「まさか、ウチのお嬢様に失礼千万を働いたお嬢さんがこちらに繋がるなんてね。いや、世間は狭いもんだ!」
通された客間で、ジェーンはアルクィンと対峙しながら張り付いたような笑顔を向けた。向かい合うアルクィンは嫌悪と驚きの感情を隠そうともしないで、左頬を持ち上げ顔をひしゃげさせている。
「ホワイト、貴様のようなのが当家に入るなんて本来なら許しがたい」
「そりゃこちらも同じだよ。私だって可愛い教え子のお嬢様が関係してなきゃ足を踏み入れる気なんて一生なかったよ。って、おや?でも君たちは敵を愛するんじゃないのかい?」
「貴様のそういったところに心底軽蔑する」
ハハッ!ジェーンが大きく口を広げた。
「さて本題に入ろうか。私も長居はしたくないし、簡潔こそ知恵の真髄と言うからね。これをお返しさせていただきますよ」
そう言って、テーブルに置かれた包みをアルクィンはまるで気味が悪いものでも見るように一瞥する。何だと聞きたいようであったが、それを聞くのは負けたような気がして声に出せないようである。ジェーンはおおかたそんなところだろうと思い続けて教えてやる。
「御宅にいらっしゃるエレナ嬢が、当家の侯爵令嬢にこちらをとある伯爵令息にお渡しするようにお願いされたのですが、先方はお受け取り致しかねるとのことで、丁重にお断りをいただいたのです。大変申し訳ないが、この件はこれで終わりとさせていただきたい」
「は?エレナとは、エレナ・ドニ男爵令嬢のことか」
予想もしていない人物が、思いも寄らない名前を出した事でアルクィンは今度は質問をした。
「当然。なかなかに自由なお嬢様のようだけど、食事をくれる人の手を噛むようなことはしない方が良いと教えるべきだね」
「ーーすまなかった。侯爵家には当家から謝罪に」
アルクィンはジェーンの口上でエレナならやりかねない無礼な出来事をいくつか推し量り、ジェーンへの感情を抜きにし謝罪に徹する事にした。推知する限り、そのどれもがケート家として許しがたい態度であると判断し、家同士の問題になる事を避けたかった。
「いや、侯爵令嬢は寛大な方でね。問題視するなとおっしゃってくれているから、謝罪は不要だよ」
「そうは言っても、これはエレナ嬢を面倒見ている当家のーー」
「どちらかと言えばケート家も被害者というのが侯爵家の見解だから」
暗に『くるな』とジェーンは伝えると、アルクィンは渋々了承した。
「しかし、それではケート家としたら気が済まないのだが」
「家の体面なんかで謝罪されてもお嬢様は困ってしまうから、しないのが一番の気遣いだ。・・・ああ、ならこうしてくれない?包みを返した事をエレナ嬢には伝えないでくれないかい?」
「どういう意味だ?」
「はぁ〜、相変わらず女心が分からない人だね。とりあえず、この件はエレナ嬢には伝えない!この件をあなたは知らないってことで一つお願いするよ」
呆れたことを全身で表現するように、ジェーンは大げさに肩を使ってため息をついてみせると、アルクィンは顔を赤くした。
「なっ!だから貴様は嫌なんだ!昔からそうやって!」
「あーはいはい。これでまた縁はなくなるんだからいいじゃないか。エレナ嬢がお嬢様に関わらなきゃ、私たちだって関わらないよ」
そう言って、ジェーンは振り返る事もせずにケート家を出て行った。




