溢れたインク
エレナが置いて行った包み、これ、どうすればいいんだろ?
マリーには『侯爵令嬢としての対応』って言われたけど、侯爵令嬢なら男爵令嬢からの荷物を届けてあげるのっていいのかなぁ。つかいっぱしりじゃないけど、お願いされたって感じでもないし。
一応、マナーをジェーン先生に聞いてみるか。
先生の部屋ってあんまり来た事がない気がする。
そう言えばいつも私の部屋に来てもらってるもんな。
「先生?よろしいですか?」
ん?なんか落っこちたような音が聞こえるぞ。それに中から声も聞こえる。誰かーーっていってもシャポー家の誰かだろうけど、忙しいのかな。出直したほうが・・・
バタン!
「おっ、お嬢様!?」
「あらメアリだったのね」
タイミング良い、メアリとジェーン先生2人に聞こう……あれ、なんか。
「メアリ、エプロンのリボンがほどけているわよ」
珍しい。いつもきっちり結んでる紐がほどけてる。
「あっえっ、お、お嬢様、お見苦しいものをっ」
ん?どうしたの、顔が赤く・・・エプロンがほどけるのってそんなに恥ずかしいことじゃなくない?
「別に見苦しくはないけど、結んで・・・」
「し、し、しつれいいたします!!」
「えええ〜〜?」
本当に珍しい、走って居なくなるなんて。
逃げなくてもここで結べばよくない?具合でも悪いのかしら?それとも、さっき物が落ちるような音も聞こえたしジェーン先生となんかあったのかな。
「先生?メアリと喧嘩でも?」
そう言って部屋に入ると、インクポットを拾うジェーン先生の姿が目に入る。さっきの音はあれが落ちた音だったのか。雑巾いるかな。
「お嬢様どうしたの?ごめんよ、こんな荒れた部屋に主人を招いてしまって」
「私が急に来ただけだから気にしないで。それより何か拭く物いる?」
「いや、大丈夫」
そう言ったジェーン先生はそばにあった手袋で床に流れたインクを拭き取った。またメアリが見たらため息をつきそう。いやでもスカートで拭かなかっただけマシか。
「出直した方が良い?」
「いいや?もう問題ないよ。用があって来たんでしょう?私はあなたのガヴァネスなんだからいつでも使って良いんだよ。ーーさあなんなりと」
こんな感じの先生は珍しい。口調や言う事はいつもと同じ、だけど踏み込ませないような物言い。これは『何があったの?』は言っちゃいけないな。手短に要件だけ聞いて帰るべきだよね。
「侯爵令嬢として男爵令嬢に使いっ走りにされるのを受け入れても良いかしら?」
「なになになに?全っ然、話が読めないよ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
端折りすぎた私の発言にいつも通りに声を大きくしたジェーン先生に、エレナから渡された小包の話をした。するとジェーン先生は呆れたと眉を片方つり上げた。
「非常識って言われる私でも信じられない行動だね。身分なんて、って言う気持ちは私もよく分かるけど、そもそも一方的すぎるね」
「どうすれば良い?」
「お嬢様が受け取る必要はないし、ギル殿下、もといギルバート様?へ渡してあげる必要もないね!」
「なら返しにいくか・・・ウチに置いておくのも嫌だし」
「それも勝手に置いて行ったのだから、お嬢様がする必要はないよ」
「とりに来させる、または家の人間から向こうに渡しにいくのがせいぜいの譲歩だね」
なら、トムかベンに持って行ってもらうってところーーあ、でも
「エレナ嬢の家を知らないわ」
「そんなのは調べるから問題ない。むしろ侯爵家としてこの失礼な行為に対して一言先方に申し上げよう」
と言ったジェーン先生は珍しく苛立った声色だった。
「ああ、でも、お嬢様が彼女とこれで交流を持ちたいなら対応してあげるってのもアリっちゃアリだよ」
どう?付け足すように首を傾げたジェーン先生に首を大きく横にブンブンと振る。
これ以上、関わりになりたくない。
「ん、了解」
ジェーン先生は私の顔をジッとみてニイっと笑ってみせると、そのままトムの名を呼びながら部屋から出て行ってしまった。
私も帰るべきねーーああ、さっきの手袋、早く洗えばシミも落ちるかな。メアリに頼もう。
そうして私も主の居なくなった部屋から出て行ったので、部屋には誰もいなくなった。




