エレナに困らせられている人
「おや、聖女様どこへ行ってたのだ?」
シャポー家から戻ったエレナに、薄ら笑いを浮かべた青年が声をかける。彼はアルクィン、主教での次期司祭と呼び声の高いケート伯爵家次男である。
「別にどこだって良いでしょ?私は外出もしてはいけないの?」
「いや、それは構わない。しかしこの辺については不案内だろう、『聖女様』に似つかわしくない場に出られるのは身を預かる当家としてあまり歓迎出来ないってだけだ」
アルクィンはニッコリと口角を持ち上げ、エレナに視線を合わせるように膝を曲げた。そして首を少し傾げながら不思議そうにエレナの顔をみつめた。
「それに、この時間は学習の時間にしていたハズだが。なぜ外から戻ってくるのか詳しく知りたいというだけだ」
その指摘にエレナはギクりと肩を揺らし、体の良い言い訳を考える間、誤摩化すように微笑みを浮かべた。
生まれた時からエレナは愛らしい顔をしていた。
作りも勿論整っていたが、彼女の笑い方、汚れのない笑顔は正に天使だと評判になっていた。そのせいか生まれ育った領土にいた司教になぜか『聖女』として見いだされ、聖女らしく生きる為に王都で教育を受けた方が良いとここへ呼ばれたのはエレナにとって僥倖であった。
ドニ家は主教関係での人間を幾人も排出している経歴はあったが、王都での役職にはつけていないため地味であった。領地も活気はなく地味、つまり田舎貴族である。さらに、質素倹約を求める祖父の考えにより、貴族にも関わらず、王都の屋敷もない時点でエレナの求めるようなパーティや貴族らしい華やかな生活を送ることは難しい状態であった。
『私はこんなにかわいいのに!』エレナの中にあるくすぶりを、聖女という肩書きは見事に打ち消してくれたのである。
王都へ行ける、司教の紹介によりケート伯爵家の館に滞在することになった初日、エレナは活気ある王都の町並みや華やかな貴族達のやり取りにこころを踊らせた。対し、ケート家の面々はエレナに会うや否やその飾らない振る舞いに目を白黒させたのである。とくにアルクィンは主教に従事している事もあり、この粗野な聖女を正すことが自分の使命と感じていた。その使命感から、エレナには主教の学問や儀礼での立ち居振る舞い、礼儀作法と言った勉強を用意したのである。
「アルクィン様、誤解です。今日はマナーの先生にお願いしまして、実地のお稽古をさせていただいたのです」
「ほー」
エレナの言い分にアルクィンは信じられない感情を露に演技がかった返事をする。
「信じていただけないかもしれませんが、先日のパーティでシャポー侯爵令嬢と仲良くなりまして本日お茶に誘われましたの」
「シャポー?ーーああ、あの」
「それに、そちらにはシャポー侯爵令嬢のご友人も居りまして、私のマナーを褒めていただきましたわ」
「シャポー侯爵令嬢の友人というと・・・」
とアルクィンが言いかけるのをエレナは遮った。
「では、私はピアノのお稽古がございますので失礼いたします」
唯一と言えるエレナが出来るマナー、人好きのする微笑を見せるとアルクィンの返事も聞かずにそのまま階段を登って行くのだった。
残されたアルクィンはエレナから出てきた意外な名前を反芻した。
「シャポー侯爵家というと、あの『帽子屋』だよな。これまで表に出るのを避けていたが、パーティ?それに彼女の友人と言うと、フォンテール王女だよな・・・。今のエレナがフォンテール王女に会って問題が起きないはずはないが・・・下手すりゃ外交問題になるぞ」
アルクィンの不安は的中していたが、ロザムンドのお願いもありマリーがフォンテール王家として苦言を呈す事はなかった。




