独り占め
弟のギルバートがローザの件で僕に相談をして来た。
「ロスがグーピュル夫人に言われて楽器を練習しているのですが、教えてあげていただけませんか?」
「楽器?」
何の楽器なのかも言われないまま、まぁ大概の楽器であれば僕は一通り弾けるから良いかと快諾した。そう言えば昔、東の国の楽器をローザにあげたことがあったけど、あれは完全にオブジェになっている。
練習をしようという事をローザに伝えつつ都合の良い日を確認すると、教えてくれるのならばいつでも良いと言われたので、水曜日は避けて金曜の午後に行く事にした。
話を持ちかけられた事だし、一応ギルにも報告を兼ねて同行するか聞けば、珍しい回答をされる。
「そうですか。ーー私は金曜日は都合が悪いので」
濁したような言葉尻だった。
「珍しいね。そんなにローザの腕前は酷いのかな?」
「ひど・・・くなくともないとも言い切れませんが・・・いえそうではなく、あれです。練習にあまり見学者がいるのはロスも集中出来ないでしょう?それでなくともロスは暴走してしまいがちなので」
「ふぅん?」
多分、あまり上手くはないのだろうと予感しながら僕はシャポーの館へと向かった。
うん、酷い。
楽器が悲鳴をあげているようだ。一体どうやったらこんなに音色になるのか、いっそ才能だ。
もうローザの肩に乗っている物は楽器じゃなくてノコギリなんじゃないか。
でも一生懸命に弦を押さえようと四苦八苦している姿を見ていると何とも表現しがたい感情が湧いてくる。
「ローザ、小指が全然弦を押さえられていないよ」
「こ、小指・・・。こうかな」
「そうじゃなくて」
爪の先で押さえようとしている小指の位置を直してやろうと、僕の左手を重ねた。
そう言えば、ローザの手をちゃんと触ったのは初めてかもしれない。
元気が有り余るように動き回っている姿ばかり見ていたので忘れていたけど、彼女の姿形は小柄で華奢だし、小さな手は石膏のように白い。少しでも力を入れて押さえると壊れてしまいそうだ。
黙っていればそれこそ消え入りそうなほど儚げだ。
「あ!ちゃんと音が出たわ。ロバートありがとう!」
僕がそんな事を考えていると、ローザは僕の方を振り返って花が綻ぶような笑顔を見せた。
まぁ、鼓膜の負担は甚大だし若干頭痛まで誘発するような音だけど、こんなお礼を言ってくれるなら十分におつりが来るだろう。
「ローザ、その楽器はまだ君には大きすぎるよ。僕が昔使ってたのを持ってくるからそれを使おう」
そう言って、数年前に使っていた一回り小さい練習用のバイオリンを用意すると、彼女の掌に合いまともな音を出せるようになって行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ロザムンドも随分上達したようじゃないか」
庭で練習をしている僕らを見かけたレディ・ホワイトが窓から声をかけて来た。ローザは少し離れたところで真剣に練習曲を弾いていたので、レディ・ホワイトの感想は耳に入っていないようだ。
「そうですね」
「ロバート様の教育の賜物ですな!私も楽器はどうも苦手だったから、教えてあげられなくて困ってたんだ。ありがとうございます」
「へぇ、あなたにも苦手な物があるんですね」
「おおよその令嬢教育的な物は実はあまり得意じゃないよ。ーーにしても、これならそろそろアリアーデの前で演奏出来そうだね。あ、良い事考えた。アリアーデに聴かせる前に一度ギル様達の前で予行練習でもいいかもね」
「・・・まだ早いですよ」
「おやおや、厳しい先生だ」
「第三交響曲が弾けるようになったらしても良いと思いますよ」
「第三・・・!?」
レディ・ホワイトは引き攣った顔で僕を見た。それはそうだろう。第三交響曲のバイオリンはこの国の王立音楽学校の入試で使われる曲であり、令嬢の嗜みの範疇を超えている。これが上手に弾けるといえば、バイオリンが得意と言っても恥ずかしくないというレベルだ。
音楽家を目指しているならばローザの歳で練習を始めるのも良いかもしれない。
「ロバート様、やっぱりあなたはギル様の兄ですね」
呆れるような声色が、僕の内心を見透かしていると指摘している。やはりレディ・ホワイトは優秀な人だ。あんな事がなければ、今頃王宮の第一線にいただろうに。
「冗談だよ。ーーでももう少しだけ、いいじゃないか」
皆で楽しんだり、騒動の中にいるローザも勿論素敵だ。でも、こんな風に穏やかに2人でいるのは、こんな姿の彼女をもう少しだけ独り占めさせて欲しいんだ。




