今度の敵も手強いぞ
モーリー騒動があってから、早い事で1年が経った。
その後の顛末については、正直に言って全く知らない。調べようとしても、トムもベンも顔色を悪くして首を振るだけであったし、ギルに聞いても「ロスは知らなくても問題ないことでしょう?だってあなたには何の関わりもない人なんですから」としか言ってくれなかった。
ならば自分で調べようとこっそり動こうと思っていたところ、アルバートとロバートが深妙な面持ちで訴えかけられた。
「「お願いだから、じっとしてて。これ以上僕らの弟の暗黒面を目覚めさせないで」」
2人の真顔、大分威圧的だった。
そんなわけで、私は最近、当初の設定のように深窓の令嬢宜しく、大人しく、そりゃあもうおとなーーーしくしていた。幸いなことに赤い馬車は軌道に乗り、店名をそのまま「赤い馬車」として4店舗も出していた。これはグーピュル商会が本格的に協同経営に乗り出してくれたから出来た事だと思う。
おばさまは『私の可愛いロザムンドが、可愛いだけじゃなくて素晴らしいアイデアを持っているからこそなんだから!これはシャポー家の商会なの!』と言って我が家の財産としてくれた。お陰でシャポー家は極貧ではなくなっている。
いいのかなー?と首を傾げていたところ、おばさまが口にした。
「悪いと思うのなら、お姉様にそっくりのその姿で、お姉様と同じくらい素晴らしい演奏を聴かせて頂戴な♡ あ、楽器じゃなくても刺繍でも歌でも良いわよ♡」
遠回しに『令嬢らしい振る舞いを勉強せえ!!』って釘を刺された私は目下、楽器と格闘している。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ローザ、だいぶ良くなったね」
私の音色を聴いていたロバートは穏やかに微笑んだ。
「本当!?」
「うん。最初聴かせてもらった時は、『この子、今度は楽器の形の工具で商売するのかな』って思ったけど、今日のはちゃんと音程もあったし」
「ノコギリ・・・」
「それも大分錆びたノコギリって感じ?」
そんな辛辣な感想も致し方ない。私の事を全面的に肯定するギルでさえ、眉間に皺を寄せていた程の腕前だ。
音色(というか伐採音?)の感想を言うより先に『私は楽器は不得手なので、ロバートに教えてもらいましょう』と顳顬を押さえていた。
でも仕方なくない?楽器なんて前世じゃリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしかやった事ないし。ピアノなら猫踏んじゃったくらいなら弾けるけど、それではダメだろう。右手と左手がどうやっても別の動きをしてくれなかったし、シャポーの家のピアノはもう直せないレベルで壊れているそうだ。
わざわざ新しく買うのももったいないので、母の使っていたこのバイオリン?のような物を使う事にした。
「まぁ・・・ギルが一緒に来ないなんてよっぽどだろうとは思ってたけどね」
ロバートは困ったような笑いをした。
「やっぱり!私の演奏が下手すぎて聴きたくないから一緒に来てないのね!」
「そんなわけではないけど・・・、あれだよ。『あまり人がいるとロスが集中出来なくなります』って」
「上手い言い訳じゃない、さすがギル」
「ローザ、変な感心してる場合じゃないでしょうに。・・・うん、でも本当10ヶ月でここまで上達するなんて、頑張ったね」
そう言うと、私の頭をよしよしと撫でた。気がつけばロバートは私よりも頭一個分背が高くなっている。確かアルバートはそれよりも高いし、ギルもいつの間にか私の背を追い越してしまっている。
皆成長しているんだなぁ〜、とか考えてハッとした。
前世の年齢よりも小さな子に褒められて、嬉しいと思っている私はーー大丈夫だろうか。
実は、最近気になっていることとして、前世の頃の精神年齢が薄れているように思う。あの頃の記憶は勿論あるし、仕事でやっていた事も覚えている。でも物の感じ方とか感情のフリ幅が、どう考えても年相応に近くなっている。
子供として扱われているうちに、そっちに慣れてしまったのかもしれない。
「ローザ?」
「はっ!!」
「急に黙り込んでどうしたの?」
いかんいかん、また1人の世界に入ってた。今はロバートと楽器の練習をしていたんだった。
「急に褒められたから、嬉しくて」
誤摩化すのもかねてそう言うと、ロバートは目を細めた。
「急じゃないじゃない。いつも皆、ローザを褒めてるよ」
「ふふ、ありがとう。ーーあ、ロバートに褒めてもらえたくらいなら、もうギルやアルバートやマリーの前でも演奏出来るかしら?」
ギルでさえ逃げたレベルだったから、アルバートとマリーにはまだ楽器の事を話してない。
特にマリーの国は芸術にうるさいお国柄だから、きっとダメ出しの嵐になるだろう。だから形になってから聴いてもらおうと隠しているのだ。
「・・・」
あれ、急にロバートから笑みが消えたぞ。
「ローザ、それはもうちょっと練習してからにしようか」
「えー・・・。あっ!ロバート、まさかさっきのはお世辞だったの!?」
「いや、僕は嘘は言わないよ。でも『前に比べて』良くなった、ってことだから・・・」
ロバートはまた私の頭に手を置くと、今度はポンポンと掌を当て、大人が子供に言い聞かせる時の困ったような笑顔をされた。
だから、本当の私は歳上なんだぞ!
「つまり?」
「まだ、聴かせるには、はやいかな」
「えええ〜」
聴かせるレベルにはまだ遠いらしい。




