取り調べ
ところ変わって、剣呑な様子の室内。
白い明かりが煌煌と照らす中、グーピュル夫人は不満げに眉を顰めてため息をついた。こういった表情を人前でする事は、本来の彼女であれば有り得ない事であった。その不機嫌な奥方の隣では夫のグーピュル氏が微笑、しかし何人も受け付けないような凄みを感じさせるいわば見せる為だけの銅像よろしく、動かない笑みを浮かべていた。
「おやおや、アリアーデ。君はしかめ面も美しいね。でもいつもみたいな明るい顔の方が良いよ」
「ありがとう。でもね、こうでもしないと目の前の方には伝わらないんですもの、仕方がないわ。貴方、こんな私でも嫌わないで下さいね」
「当然だとも!そんな風に回りに配慮出来る、『配慮されるべき』人間として育っていたにも拘らず、そんな気遣いが出来る君だからこそ僕は君に結婚を申し込んだんだよ」
グーピュル夫妻は横柄な態度を取る役人を目の前にしながら、そんな事を口にした。この威丈高な役人、名をカスパル・モーリーという。そう、モーリー夫人の甥っ子なのだ。
「あんたらね、自分の立場ってもんを理解してるのか」
夫妻が自分の前に来ても狼狽えない事に、カスパルは机に乗せていた右手の人差し指で机をこつこつと鳴らしながら言った。その仕草に、グーピュル夫人は眉間の皺を益々深くさせる。
「立場?商会組合の筆頭であるグーピュルの経営者とその奥方よ。ねぇ、貴方」
「そうですよ。現在の筆頭を勤めさせていただいております、ジャック・グーピュルです。この度はこのような場所へ突如、そうなんのご連絡もなくいきなり連れてこられてしまい、ほとほと困っておりますなぁ。お役人さん、これは正式な手続きはされているのでしょうかね?私どもは心当たりが全くないのでございます」
「心当たりが、ない?いきなり?はぁ、おたくら、なにを言っているのか理解しているのかね?」
カスパルはわざとゆっくりと、短く区切りながら言葉を告げた。
「あるわけございません。私どもグーピュル商会はお客様第一で長らくやっておりました。公明正大、まがい物なし、神に誓って適正にお客様に品物を提供しております」
対して、グーピュル氏はなんの後ろ暗さもないと、真っすぐにカスパルを見つめながら流れるように丁寧に発言をしてみせた。誰がみても心当たりもない、嘘偽りがないと感じる姿である。
それを見たカスパルは声を大きくした。
「何を言ってるんだ!おたくが、偽物を、家具や肉の!犬の肉を!食わせているっていう陳述があったんだ!」
「それこそ証拠はどこにあるのでしょうか。証拠もなくそのような事を言われる等心外です。ーー残念ながら我々は商売も上手く言っておりますしそんなお客様を騙すようなマネは不要です。いえ、上手く言っているが故でしょうか。時折そういった身に覚えもない中傷を受ける事がございます」
「ええ、そうですわ。私なんて、キツネを煎じて飲んでいるからこのような容姿になっている、などと言われる始末・・・」
グーピュル夫人はよよと泣きまねをした。
「でも、キツネなんて食べる方いらっしゃる訳ございませんわ。ましてや犬、ワンちゃんを食べる?そんな惨い事できるわけないでしょう」
「お役人さん、証拠もないのにこのような事を、市民にして良い物なんでしょうか」
◆◆◆◆◆◆
「奥様は初日の、お客様第一号じゃないっすかー!」
トムがそう叫ぶと、目の前の女性も嬉しそうに頷いた。
「でも、急に見かけなくなってしまうなんてどうしたの?私、お気に入りが飲めなくて困っていてよ。ねぇ?」
「はい、奥様はこちらのお茶をご所望で、私に用意するようにおっしゃったのですが、いかんせんお店がない物で・・・」
従者は、困ったように肩を竦めて続ける。
「以前、あなたから『グーピュル商会』で扱っている、と聞いた記憶がございましたのでそちらにも行ってみたのですが、なんと急遽休業とも聞きまして」
その言葉を聞いたロザムンドは思わず口を挟んだ。
「休業の理由は聞きまして?」
「はい。なんでも『偽物』を売っていたとか『犬の肉を売っている』などと滑稽無糖な事を言われていると」
「それを聞いて・・・どう思いましたか」
ロザムンドは聞くのが怖かった。しかし、聞かなければならない。
これで怒りをぶつけられても致し方ないのだ。
「どうと言いますと?」
「犬の肉を、なんて、」
残酷な事をしているって感じましたか?と続けようとすると女性が声を出した。
「そんなバカな事、ありえませんわ。そんな誹謗を言っている方々は豚肉を召し上がった事がないのではないでしょうか。豚肉だけではないです、肉料理全般を口にした事がないという事です」
ないない、と顔の前で手を振っている女性に付け足すように従者も言った。
「私どもは、元々、別の国出身でして、旦那様の仕事の関係でこちらの国に来ております。その際に馬車で売っているような食事をした事もございますし、私なぞは大きな声では言えませんが・・・」
そう従者は、語尾を濁してから奥様とロザムンドをちらりとみて、トムに耳打ちをした。すると、トムは声を上げて驚いた。
「お、おっちゃん、苦労してんーーいや失礼。ご苦労されていらっしゃるんですね・・・・」
叫んでしまったのを取り繕うようにそう返すと、従者は穏やかな笑みを浮かべた。
「なので、匂いを嗅いだだけで分かりますとも。このような名誉毀損に対してグーピュル商会が何もされない方が驚きです」
「そうよねぇ。グーピュルさんのところは私もおつきあいがあるけども、いつだって真っ当に良い物をもってきてくださるもの」
奥方はそう言って首を傾げていた。




