まずは
一瞬の自己嫌悪の後で、私はそのことに関して考えるのを止めた。
性格矯正といった事であれば考えるべき事なんだろう。けれど、今そのことで縛られてしまうわけにいかない。私は動かなければならないのだ。
「・・・で、お嬢様このまま裁判所に行ってヨロしい?」
私に馬車に押し込められて、手綱を持たされたトムがそう言った。
珍しく言いよどむトムの口調に、私は先ほどの自分の様子を教えられた気がした。
「そうね、このまま行くのも良いでしょうけども・・・。うん」
皆の言う事ももっともで、このまま行って『侯爵令嬢が言ってるのよ!無罪無罪!!』が通る世界ではないだろう。興奮して忘れていたが、我が家は名ばかりの『侯爵家』だ。
馬車の中に座った事で、少し冷静になった。
「トム、まずはマイフェイルへ行って頂戴な」
「はい?マイフェイル、ですか」
私の言葉が予想外だとトムは振り返ってきた。
「お嬢様、いっちゃなんだけど、あそこの店は・・・」
「もう休みね。分かってる。ーーお店を見に行きたい訳じゃないのよ」
「じゃあーーー、まぁいいや。はいよー、言われた通りにいたしましょー」
と、今度は普段通りの気の抜けた声色で返事が返ってくるのだった。
マイフェイルに着くと、相変わらずの人通りである。違うのは赤い馬車とそれに集まっていた人がいない事だけだ。
私がつかつかと歩いて行くと、通り過ぎる若い人達の話し声が聞こえた。
「あら、噂に聞いていたお店がないわ」
「ーー様、あの店は不定期でしか来ないから、出会えたら幸運なくらいですよ」
「サロンの奥様があの店の軽食が良いと」
「いやいや、実はここだけの話、あの店は営業停止になったそうだよ」
「営業停止?!」
「聞きまして?ここに来ていた赤い馬車での残酷な話〜〜」
「あの店のお茶を飲むと不老になるって噂が・・・」
「グーピュルがあくどい事を」
「ロザムンドシリーズの贋作を売っていたとかって聞いた」
皆勝手な事を言っているなぁ〜。
盗み聞きなんてしている身としてはここで一つずつ否定をして行く訳にも行くまい。ただ、話は色々は方向に尾ひれも背びれも着いている。
「うっわー、噂広がるって早いっすね」
「ゴシップは有閑階級の特権ですもの」
トムの感想に私もため息まじりでそう返せば、彼は苦笑いをしてみせた。ざっくばらんないつもの茶目っ気のある表情ではないそれをみて、ハッとする。
「あ、私は良いけどトムはここじゃ顔がバレてるから、馬車にいた方が良いわ」
「いやいや、多分格好が違いすぎてて気がつかれないっしょ」
「とは言っても、あの噂の様子じゃ見つかったら酷い事になるわ」
私はトムの顔を隠すために、私に視線を合わせて身を屈ませ帽子をずり下げた。
すると、トムはそれに拒否するように首を振ってから、帽子を元に戻したのである。
「お嬢様、俺たちは別に悪いことしてないじゃない?ならコソコソする必要もないっすよ」
トムが言う事は最もだ。しかし悪い事はしていないが、悪評が広まっているのは確かで・・・
私は通り過ぎる人がトムの顔を振り返ってみているのが気になった。
『あ、あの馬車のヤツが!』とか叫ばれでもしたら、物を投げてくるような人がいたら、どうすれば良いのだろう。上品な区画とはいえ、何が起きるか分からないではないか。
私が返答に困っていると、後ろから声をかけられた。
「もしもし、お嬢さん」
その声に振り返ると、従者を連れた女性が立っていた。
「馬車をお待ちなの?私もなの。ーーでも、今日はこないみたいねぇ・・・って」
あれ?この人?
「あら?お嬢さん、何処かでお会いした事ーーーああ!トーマス覚えていて?」
「はい奥様」
「このお嬢さん、あの馬車のお店で何度かみた事がある気がするわ」
「奥様の記憶力はさすがでございます。ちなみに私めの記憶では、隣の方は奥様にお茶を進めてくれた、お店の方かと」
「んまぁ〜そうだわ!さすがトーマスよ。ねぇあなた、あのオススメは良かったわ、お気に入りになってしまったのよ」
そう言って、女性と従者は私たち2人に寄って来た。
しかも、怒るのではなくお礼を言って来ているではないか。
「あーー!奥様はあの!あの時の!!」
と、トムも思い出したように叫んでいた。その反応に女性は嬉しそうに頷いた、
「『お客様第一号様』じゃないっすか!!」




