大きな問題はもっと大きく
ギルが自分から「帰る」と言ったあの日から3週間が経った。あれから一度も私はギルに会っていないし、連絡も来ない。
「珍しい」
「何が?」
「あ、いいえ。なんでもないです。それで、ジェーン先生、迷惑行為をするお客さんに対して物を売らないって言うのは罪になりますか?」
ジェーン先生との授業だというのに何を考えていたんだろう。先生に失礼だ。
「ふぅん・・・。『なんでもない』ねぇ。お嬢様、意地は張るものじゃないよ」
「何がですか」
「ギル王子、来てないんだろう?」
「来てないって・・・前が来過ぎだっただけです。王子さまですもの、色々やる事があるでしょうし、私もこの家を建て直す為にやらなきゃならない事が沢山あるわけです。意地なんてないですよ」
「ならいいけど、このところ上の空だからね。店の方も、変な客が相変わらず来ているんだしここらで一旦休憩をしてもいいんじゃない?」
本を閉じながらジェーン先生はそう言うと私の目の前に座った。
「休憩だなんて・・・大丈夫です。変なお客というか、もう最近では言いがかりをつけるような事が多くて、以前来ていただいていたようなご夫人とかは来ていただけなくなっているみたいです」
「そっちだけじゃないでしょ。メアリから聞いたけど、ギル王子と喧嘩したんだって?」
「け、喧嘩なんてしていません!ーーメアリなんて事言うの」
王子と喧嘩なんてしません。と慌ててメアリの方を向くと、メアリはお茶を入れながらジェーン先生に説明し始めた。
「お嬢様がギルフォード様とお会いになられて、こんなに長らくお会いにならないのは初めての事です。そしてこんなにも暗いお嬢様をみるのはお茶会デビュー前以来です」
え、私は今、暗いのか。自分じゃいつも通りしているつもりだけど。店に来る迷惑客がエスカレートして、今では『お茶に虫が入っていた』とか『ホットドッグは犬の肉を使っている』とか言われて風評被害が出始めた。そのせいで、あれだけ流行っていたお店には今では白い目が向けられている。
そんな事を考えている所為で暗く考えすぎているのかも・・・
「へぇ〜。前はこんなだったんだ。なるほどね〜、噂も納得できるね」
「まぁ、お転婆がなくなって良いとも言えますが、調子が狂います」
主が悩んでいる横で、この2人はなんて事を言うんだ。
失礼しちゃう!
「メアリもジェーン先生もそう言った事は私がいない場所でして下さい」
「おおっと、失礼。ーーで、お嬢様はギル王子に会いにいかないの?」
「それを考えている訳ではないですし、会わない期間があるのも別に初めてではないでしょ」
「いいえ、お嬢様。この家に帰って来たときの事を言うのでしたら、あの時は10日程度でした。こんなに長くはなかったです」
メアリはきっぱりとそう言った。
そうか、あの時はそれくらいだったのか。今回は手紙もないし、使いの人も来ない。ーー私何かしちゃったのかな。でも、ずっとこれが望みだったはずでしょ、ロザムンド。幽閉されるルートの回避には王家と関わりを持たないのが一番大事でしょう。
それに別にひとりぼっちになったわけでもない。マリーはおととい遊びに来てくれて、私にーーあれ?マリーはあの時なんて言ってたっけ。
「・・・ギルの事を悩んでいる訳ではないの。お店の事を考えなきゃ。それで、話を戻してもよろしいかしら?ジェーン先生」
暗くなるのを避けるように、私が話を『迷惑客への販売拒否』について戻すと、ジェーン先生は眉を垂らして困ったような顔をした。その表情の意味はよく分からない。
「うん、分かった。もう言わないよ。ーーお嬢様の言うような『販売拒否』は別に問題じゃない。でも馬車での販売の場合、入店ってものがないよね。今も販売は断っているけども、通り過ぎ様やいつの間にか座っていて何か言っている状態だってトムやベンが言っていた。これは拒否できないよ。だって往来は皆のものだからね」
「そうですか・・・」
「お嬢様、トムもベンも大分疲れているようです。私たちやお嬢様には言わないですが、きっと他にもなにかされているんでしょう」
メアリの言葉には思い当たる節がある。この間、暗くなってから庭で物音がすると見に行くと、ベンが椅子を作っていた。今は家具作りを休んでいるはずなのにどうして?そう尋ねたかったが、手元を見ると馬車で使っている椅子を修繕しているのだと分かった。だから、すぐに真相を確認しようとトムに会いにいけば、右腕に大きな火傷が出来ていた。何があったのかときけば、誤ってお湯を零したのだと言い張る。そんな二の腕に自分でお湯を零す訳はないのに、それで誤摩化せると思っているのだろうか。
「お嬢様『急いては事を仕損じる』だよ。そんなに無理にどうにかしなくても、この家は潰れないし、潰れさせやしないよ」
「そうですよ!全部お一人で考えようとしないで下さい!」
「そうね・・・でも、シャポーの家にはもう私しかいないし、私も『幽閉』されたくないから、必死なの。みんなが色々してくれるんだもの、せめてお返しにこの家で楽しく過ごせるように整えたいの」
シャポー家がなくなったら皆といられなくなってしまう。幽閉されたら皆に会えなくなってしまう。
こんなに楽しい日々が無くなってしまう。
でもその為に、トムやベンに辛い思いをさせるのはもっと嫌だ。
私のワガママだもの、皆に迷惑はかけられない。
「・・・トムとベンを呼んで。馬車はしばらくお休みしましょう」
腿の上で組んでいた両手の指にギュッと力を込めてそう決断する。
そうよ、まだすぐに没落するって決まった訳じゃないし、次を考えれば良いのよ。大丈夫、家の財政は昔よりも安定して来ているはずだし、節約生活だって嫌いじゃないし、きっとまた良い考えが浮かぶわ。大丈夫大丈夫、大丈夫よロザムンド。
自身にそう言い聞かせていると、ノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
入室を促すと、アンナが血の気のない顔をして立っていた。
真剣な表情はいつもの事だけど、今日はそれとは違い血相を変えたようなと表現すべき顔だ。
なにかあったのか。トムやベンが大けがでもしたのだろうか。
「アンナ、何かあったの」
つられて私も青い顔をしていると思う。
なによりも今出した声が、自分でも驚くほど異様に震えていた。
私の問いかけにアンナはゆっくりと口を開いた。
「お嬢様、落ち着いて聞いて下さい。グーピュル様とグーピュル夫人ーーアリアーデ様が」
「伯父さまと伯母さまが、どうしたの」
「裁判所へ、連れて行かれました」
「まさか!」
有り得ない話に勢い良く立ち上がると、座っていた椅子が音を立てて倒れた。
裁判所?!なんで、どうして?何があったの??!




