小さな問題と大きな問題
思った通り、モーリー夫人が来た翌日から馬車には小さな問題が起きた。やれ、香りがおかしいだの騒ぐお客さんや、やれ机が通りを塞いでいると文句を言う通行人。そして「効果はどの程度なの?」と聞きにくるご夫人がぽつぽつ現れ始めた。
ーーこれが一番困った。
始める前から注意して、ロバートにも確認した上で『薬ではないから効果の保証はございません』の一点張りにしていたはずなのに、やっぱり聞く人はいるのだ。
「逆にこれまで聞かれなかったのが妙だったのかもね」
「ですね」
ベンからの報告を聞きながらメアリと納得していた。メアリもしばらく飲んでみたが「私には効かないようです」と言ってドクダミ茶を飲むのを止めていたし、それは個人の自由だ。嗜好品の類いだから美味しくないと感じる物を無理に飲む必要もないでしょうし。
と、私はギルに移動販売の状況を説明する。
『ギルには相談しない』『他言無用』と言ったのに、自分が言うのは良いのか?と思ったでしょう。言い訳をさせてもらうと、何故かギルは移動販売であったモーリー夫人の行動をあらかた知っていた。もはや想像するのも無駄だけど、マシューさんか誰かに定期的に様子見をさせているんだろう。監視厳しい系の性格だもの。
週一で会っているのに何をそんなに知りたいのか誰か教えて欲しい。
そんな彼の性格を熟知している私は洗いざらい報告した。報告漏れがないか心配するくらいに全部伝えると、ギルは言った。
「効く人と効かない人、いや効いた『思う人』と『思わない人』はいるのは当然でしょうね。まぁ効かないって言葉自体がそもそも違うのでしょうけども、女性の化粧品だってそんなものでしょう」
「そうですね。ただ、徐々に問題が大きくなっている気がします。『詐欺だ!』って言い出されでもしたら困ります」
「そこまでの効果を期待して来ている方はいないのではないですか。噂の飲み物と家具を楽しむ空間として来ているんでしょうし。ーーまぁ邪魔だと言われる点は私も最初に指摘したはずです」
「厳しいですね・・・」
痛いところを突かれた。確かに『道に置くのは良くないのでは?』と言われたが、この世界には公道・私道の境もないし、目の前はグーピュル商会の系列店だから問題ないと無視したのは私だ。広い道だし平気っしょ〜と深く考えなかったのも私だ。
誤摩化すように、よよ、と泣きまねをしてみると、ギルは少しふて腐れたように顔を背けた。
「だって、ほとんど手伝わせてくれなかったじゃないですか。王族の関係とみられるのか嫌なのは分かりますが私個人が協力するなら大きな問題もないでしょうに。それに」
いや、ギルよ。個人といっても君は王子さまなのだよ。第三王子様だ。第三王子が手伝っていたらどうなると思う?第一王子も第二王子も、きっとマリーも手伝うと言い出す。更にマリーが動くという事はフォンテールもきちゃうでしょう。
というツッコミは押さえて続きを促す。
「それに?」
「お母様は間接的でもロスを助けてるのに・・・」
とかなんとかごにょごにょとなり、最後の方は聞こえなかった。
「それですねてるんですか?」
私の言葉にギルが凄い早さでこちらを向いた。
「拗ねてなんてないです。別に、全然、ちっとも」
「すねているじゃないですか。変なところで意地っ張りですね」
「意地っ張りなのはロスでしょう。何でもかんでも1人でやろうとして」
「とはいってもこれは我が家ーーシャポーの問題ですから王族の力を借りれません」
こう言ったやり取りは何度もあった。
ルート回避の意味も込めて、友人関係以上の事は介入させないようにしていたし、ギルもそれを受け入れていた。シャポー家の問題、そう言えばギルもそれ以上入ってこようとしないのも知っている。
しかし今日のギルはいつもの「そうですか」とは違い、小さくため息をついていた。
「今日はもう帰りますね。忙しいでしょうし」
と言うと、私の隣から立ち上がってそのまま帰っていった。
今日私は初めて、お茶会でギルと出会ってからこれまで一度もなかった、向こうからの「帰る」との言葉を聞いた。




