ささやき
モーリー夫人は奥方にこう言った。
「奥様、ご要望の家具ですが、とある屋台で使っているそうです。サージェントストリートにやってくるらしいのでよろしければご案内しましょう?」
その悪魔の囁きに、暇を持て余した奥方は二つ返事で頷いた。
「噂は噂でございます。流行とはいえ使い勝手が良いとは限りません。流行りに乗らずに良質なものを使った方が奥様の審美眼が誉となりますよ」
モーリー夫人はそんなおべっかを囁きながら奥方を用意していた馬車へと案内するのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お嬢様ー!」
夕暮れに私が部屋でジョセフを撫でながら本を読んでいると、窓の外からトムの声が聞こえた。
随分と焦っている声に、驚き窓から顔を出す。
「お帰りなさい。どうかした?」
「どうもこうもないっすよ!来ちゃったんですよ!」
来ちゃった?店に?王妃様すら来るようになった今、他に驚くべき人なんているかしら。
「誰が?」
「モーリーのばあさん!」
「うそぉ」
予想していなかった。話に聞くところモーリー夫人は派手好きで高級嗜好、それこそ『お高く止まってる』感じのお店が大好きらしいので、外で食べる食事に興味を持つとは考えていなかった。
「なんで......美容のためかしら?」
「いや、どうやら客がいたみたいっす。そんで『ロザムンド』シリーズを実際に使わせたかったみてぇ」
「なーる。。。で、トムはモーリー夫人に会った事あるでしょう?ウチが関係してるってバレたの?」
「それは大丈夫だったっす。でも」
とトムは一連の流れを語り始めた。
「奥様、これが奥様ご所望の家具でございます」
空いている席を見つけると並んでいる人を無視してモーリー夫人は席を取り奥方へ見せた。
「ふぅん。思った以上に地味じゃん。なんで貴族達はこんなの気に入ってんの?」
「物珍しいだけでございますよ。ですから奥様には私がお持ちした物の方が良くお似合いかと思いましてね」
「まぁいいよ。これ、手に入んないの?」
奥方は行儀悪くドカッと音を立てて座ると、肘掛けを叩いたり前後にギコギコ動かしたりしながらそうモーリー夫人に言った。するとモーリー夫人はすぐさまトムの元へやって来てこう言った。
「ちょっと、あちらの奥様がこのテーブルと椅子を気に入られました。おいくらかい?」
「申し訳ございませんが、当店は家具は販売しておりません」
「いいじゃないか、言い値を出すから」
「それは出来ません」
トムがきっぱりと断ると、モーリー夫人はそれまで下手に出ていた様子を引っ込め今度は威圧的にこう言った。
「なら取引をしないかい?モーリー商会でこちらの商品を扱ってあげようじゃないか。こんな移動販売をするよりも儲かるよ」
「当店は既に商会と契約をしておりますので」
「なーにを言うんだい。天下のモーリー商会に敵うところがあるって言うのかい?ウチの名前を出せばどこの商会でも 二重契約を受け入れてくれるさ」
「当店は『グーピュル商会』と契約をしておりますので、これ以上の契約は不要なんです」
「グーピュル!!」
モーリー夫人はその単語を聞くや、瞬く間に顔を真っ赤にして怒りを露にし始めた。目の前でそんな顔を見せられたトムは素が出そうになった。爆発する前にどうやって逃げようかと算段しているところへ、席に座っていた奥方が「モーリー!ついでにこのお店の商品を持って来て〜。なんか美味しそうだし」と叫んだ事で、生きながらえたのだと言う。
「あの顔の怖い事と言ったら......」
「お察しするわ。ーーで、そのまま帰ってくれたの?」
「ホットドッグとおまんじゅうとドクダミ茶を飲んでった」
「とりあえず騒ぎにならなくて良かったわ」
「いや、帰り際に『後悔する事になるよ』って捨て台詞吐いてた。それがちょっと気になるところっすね」
後悔?家具をモーリー夫人に売らなかった事をかな。
でも既にモーリー商会はないのに、トムの話ではあたかも商会があるような口ぶりだし、実はあるのかしら?
「......ねぇ、ベンを呼んで来てくれない?」
「っていうかお嬢様、モーリー夫人は次も来ますかね?俺怖いっすよ、あのばあさん」
私に呼ばれたベンはすぐに部屋に来てくれたので、トムからもう一度先ほどの話をしてもらい今度は3人で状況の整理をし始めた。
「モーリー商会ってもう潰れたんじゃないの?」
「実質的には。ただ『商会』という名前は持っているはずだな」
「『商会』つっても、ばあさん1人でどーしてんのさ」
トムの指摘は私も疑問だった。
父が亡くなり、顧客にも逃げられ、名ばかりの商会が何が出来るというんだろう。閑古鳥が啼く店舗でも従業員がいてくれれば細々とやって行ける物なのだろうか。
「あの商会は外商だけでやっていってるから、『商会』っていう名前があれば客と品物さえ用意出来れば良いんだ。昔の顧客がいなくなって、別口で顧客を見つけてるんだろう。グーピュル商会も似ているがあっちは店舗もあって、外商は上顧客やグーピュル夫人の関係にしかしてない。前に確認した時にはモーリーの従業員の大部分はいなくなったと聞いた。とはいっても数名、どこにも行けないようなのが残っているハズだ」
「どこにも行けないようなのって」
やな予感がする。
トムの方をみると分かったような顔をしていた。
「お嬢様にはあまり馴染みないかもしれないけど、世の中にはならずもんって言うのがいるんすよ。問題ばっか起こして働かないようなのやら、他店への『嫌がらせ』専門にしてるような人間がね。そんな人間は潰れそうだからって次が見つからないし、むしろ僅かでも給金がもらえるなら居続ける。ーー生活があるからね」
「モーリー商会にはそんなのばかり残っているってことだ」
予感的中。これは的中して欲しくなかった。
さてどうしようか。
捨て台詞から考えるに嫌がらせをされるに違いないのは分かっている。
むざむざ同じ場所で同じ事をやり続けるべきか、先手を打って逃げるべきか。
「お嬢様、ギル王子とかに相談しときます?」
「いいえ。ーートム、ベン、これは他言無用よ。トムには悪いけど少し様子見をさせて頂戴」
「えー、まぁいいや。じゃあ何かあったら困るからお嬢様達はしばらく来ちゃダメだよ」
「お嬢様、俺も一緒に店の方に出ていいか?」
「勿論。家具作りの方は少しストップさせるよう伯母さまに伝えておくわ」




