感覚がマヒしているようだ
「こ、この度は、こんなお時間を取っていただきありがとうございます」
トムは宣言通り、薬問屋さんとの面談をすぐに調整をしてくれた。そのために私1人ではなんとも心もとないので、ジェーン先生と、それとロバートが同席している。
ロバートを呼んだのは、いつもの水曜日にやってきたギルに今回の件を相談をしてみると、ロバートがそれらの話に詳しいという事を教えてくれて、更についでに『私が伝えておきましょう』とギル経由で話がついていた。なんでも薬に詳しいというよりも、法律とか貿易関係の仕事をちょこちょこと手伝い始めているそうだ。
始めは(また王家との関わりを増やしてしまうのが嫌で)断っていたが、ギルのこんな言葉が決め手になった。
「ロードバーグでは薬の製造と販売には王家の許可が必要です。一応王子が同席していれば勝手にやった事にはならないでしょうし、ロバートならその先を役人に伝える事もしてくれるでしょう」
・・・結構めんどうなジャンルに手を出そうとしているのかもしれない。
そんな経緯があって薬問屋さんを呼ぶ日程を決めてから、今こうして向かい合って座っている。
薬問屋さんーー名前はメイスンさんーーからしてみれば、知り合いのトムに呼ばれてやって来たら、王子様と元文官、それと頼りないが侯爵令嬢が雁首揃えて待っていたので恐縮しっぱなしだ。その姿を見て、やっぱりこんな状況、普通の人はそうなるよねーと自分の感覚が変でない事に安心しながら、事前に言っておけば良かったと思う。
多分、この世界に来たばかりの頃だったら真っ先に思いついたであろう事が思いつかなくなっていることで、だんだん自分の感覚が麻痺してるなぁーと感じる。
「メイスンさん、このような状況になってしまったこと、申し訳無く思います。事前にお伝えしておくべきでした。どうか気にせず気楽に話をさせてください」
「そうそう!私らは興味の方が強いから!違法だなんだってこともここでは騒ぐつもりはない。…ただ、もし違法であればシャポー家としてそれに参加をするのは良くないから、事前に知っておきたいだけなんだよ」
「僕としては違法は見逃せないから、レディ・ジェーンの言っている事は正しくないけどね。でも今ここにいるのは本当に話自体に興味があって来てるんだ」
ジェーン先生とロバートが口々に言った事で余計にメイスンは余計に萎縮している。
分かる、分かるよ。この2人の興味を持った時の圧力と言うか、迫力はなんか怖いよね。
「ロバートもジェーン先生も!メイスンさんの所はちゃんと許可を貰っていて、彼のお父様の代から薬を扱っているから大丈夫ですよ。ただ今回は、ウチの庭で取れる植物で薬をってことでお話ですよね」
「は、はい。当家では医師や薬作りをしております。元々は許可を貰ったローズマリーの炎症止めやセージやタイムを使った感染止めを商ったりしております」
出てきた名称は聞いたことがある、いかにも西洋ハーブっぽい名前だ。
つまりこの世界はまだまだ現代的な医療薬っていうレベルではないのね。もし私が薬剤師とかならここで稼げただろう。
「知ってる知ってる。お母様もそちらのハンガリー水は愛用していらっしゃるよ」
ロバートがそう言った。
私が『ハンガリー水』とは何かとジェーン先生に聞けば、香水だそうだ。
「王妃さまがお使いになっているようなお店なら私も安心できます」
そう言って笑うと、ロバートが私をじっと見ていた。なによ、単純だって言いたいの?だって私はメイスンさんのこと何も知らないし、疑っても話が進まないじゃない。
ふいっとその視線を無視して話を進める事にした。
「でも私の家の庭には特にそういったハーブはないのですが…」
「ローズマリーやセージなんだったら他にいくらでも手に入るのですが、こちらのお屋敷には芍薬、牡丹や杜仲がございまして、東の国ではこれらが薬として使われております」
「それって、漢方と言うものでしょうか?」
「お嬢様は漢方をご存知なのですか」
メイスンさんが驚くので、漢方はまだこの国では広まっていないのを知る。
にしても牡丹なんて見慣れてるから庭にあっても不思議に思わなかった。
「名前だけですよ」
効能なんかは全然全く知らないと否定するとロバートが質問した。
「カンポウ?それは東の薬草なの?」
「は、はい。我々の国と同じように彼らの文化でも植物を基にした薬学がございます。むしろ我々よりも効能が高い事もあるんです。ただ、気候の違いでしょうけどもこちらでは育たないものも多く手に入りにくいのです」
メイスンさんの答えを聞いて、ロバートは「ふぅん…」と考え込んでいた。
何か思うところがあるようだ。
「とは言っても、まだこの国では使用した実績がないよね。それを薬として売るのはどうなんだろう?薬とは病気を治すものだから、効くかわからない物を作って売れるんだろうか」
とはジェーン先生の意見である。その意見はもっともだ。
私はうんうんと同意する。
「鋭いご指摘です。ですが効くかもしれないなら試せば良いと私は思うのです。試してみて、効かなかったら別の手段をすれば良いですし、効けば嬉しいでしょう」
「そうですね。…でもジェーン先生がおっしゃるように効かない可能性があると考えてみれば使用したがる方がいるのかしら?」
「そうだよね。国民の事を考えると治らない薬にお金を使わせるわけにはいかない」
私とロバートの言葉にメイスンさんも痛い所を突かれたと苦笑いである。
そこまで考えてはいないようだ。
効くか効かないかは個人の判断なところもあるし難しいところよねぇ。私としてはシャポーの庭で枯れていくなら欲しがってあるところで役に立てて貰いたいけど…。
「シャポーの家としたら効能が分からない薬に材料として提供するわけにはいかないかな。他の使い方はないのかい?」
そのジェーン先生の言葉に、会社員時代とてもお世話になった物を思い出した。
「薬ではなくて食べ物とか飲み物として、『飲めば疲れが取れるかも?』くらいのものはいかがかしら?ねぇロバートこう言うものは許可がいるの?」
いわゆるサプリとか栄養ドリンクだ。
それなら個人の感想ですとすればなんとかなるかもしれない。
ロバートの方をみると、少し考えてから顔をあげた。
「前例がないからなんとも言えないけど…薬じゃなければ王家の許可はいらないハズ…。でもそんな効くか分からない物を買う人いるの?」
「それはこれから考えます!」
確実ではないけども言質をとった私は両手に拳を作った。
メイスンさんとの面談を受けた私は早速、リリーに声をかけた。
「ねぇリリー、具合が悪い時とかって何を食べるの?」
「ええ〜、お嬢様、体調悪いんですか〜?!それは大変です!」
「そうじゃないけど、例えば、どんな物を食べるの?」
「そうですね〜、ホットワインにシナモンを入れた物とか、牛乳に浸したパンとか、セージとかを煎じた汁とかでしょうかね〜。でもあんまり美味しくないんですよ〜〜。特にセージの汁は私とっても嫌いです〜」
「ほうほう。なら、美味しく作れないか考えてみない?」
その提案にリリーは「楽しそうです!」と乗ってくれ、メイソンさんも食事で元気になる物なんでしょうか?と半信半疑ながら追従してくれる事となった。




