変わり者を育てたのはワシ
「大丈夫ですか!?」
私は焦ってもう一度声を張り上げて呼びかけた。
「ジェーン先生?なんでそんな所に突っ立ているの?そうだ、お水を持って来て下さい!」
入り口で立ちすくんでいるように見えた先生にそう叫ぶ。
きっと先生も焦っているんだ。ここは私がしっかりしないと!
すると、ジェーン先生が指差して言った。
「・・・ロザムンド、良く見てご覧」
「え?」
指をさされた先を見ると、倒れていたホワイト子爵が突然カッと目を開いた。
「!?」
突然見開かれたその動きに驚いてよろめくと、急に両脇の下を持ち上げられ空に持ち上げられた。
「よくきたのー。ロザムンド侯爵令嬢ー。おやおや、これはワシが送ったドレスじゃないか!!」
「はぁ、え?あれ?ホワイト子爵、お加減が・・・」
状況を飲み込めない私がそんな事を言っていると、私を高い高いしたままホワイト子爵はぐるぐると回り出した。
「お加減は最高じゃー」
あっはっはっはーーと豪快に笑うホワイト子爵を見ていたジェーン先生は額を抑えてやれやれと零してから
「まったくこの爺さんは」
と珍しく呆れた声だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なにが礼儀なんだか。申し訳ないね、ロザムンド。こういう人なんだ」
ため息まじりにジェーン先生が謝罪している中で、ホワイト子爵はまた豪快に笑っていた。
「このためにホワイト卿はわざわざ私どもを台所に押しやっていたんですよ」
「キャサリン、悪い事は言わないからこんなジジイの言う事を聞かなくて良いんだよ」
「いえいえ、ジェーン様がいらっしゃるって卿は張り切っておいででしたから私どもも悪ふざけしてしまいましたーーロザムンド様、大変失礼致しました」
キャサリンと呼ばれた初老の女性はそう言って私に深々と頭を下げた。この女性はこの館の家政婦長で、奥にいるのは執事のジョンというそうだ。
「いいえ、少し驚きましたが・・・何事もなくて良かったです」
むしろ1人取り乱してしまったのが恥ずかしい。
一度は社会人をやったのになんでこんなに単純なんだろう。
「そうは言っても、呼びかけて無理に体を動かしたりせず水で反応をみようとするとはなかなかだったよ」
へこむ私に子爵はそう言って慰めてから
「お前も中々良い教育をしてるじゃないか」
とジェーン先生を褒めたので、ジェーン先生は小言を言うのをやめた。
その時の表情が照れを隠したような感情を抑え込むものだったのを見て、きっと子爵が滅多に褒める人ではないのだろうことが分かる。
さて、予想外の登場に忘れそうになった今日の目的をまずは言うべきだな。
「ホワイト子爵、この度は私へ誕生日の贈り物を頂きましたこと、感謝いたします。とても嬉しいです」
そうお礼を言いながら、スカートの端を摘んでしゃがんで見せる。ーーこの仕草も、この世界に来てからだいぶ様になったと思う。
すると子爵は目を細めて、人差し指で丸を描くようにして『回ってごらん』と言うような仕草をしたので、その場でくるりと回ってみせれば、子爵もキャサリンもジョンも喜んでくれた。
「閣下、悩んだかいがありましたね」
ジョンがそう言うと、ウンウンと深く首を動かしている。
「モーリーも見たかっただろうねぇ」
「モーリー…夫人がですか?」
「すまん。そちらではなくーーシャポー侯爵と言うべきかな?ロザムンド、君のお父様だよ」
「ホワイトじい様はシャポー侯爵と交流があったんですか。知らなかった」
「彼が侯爵になる前の方がよく会っていたけどね」
それを聞いて、モーリー夫人が『ホワイト子爵はお得意様』と言ったのを思い出した。
お得意様ならお父様に会うことも多かっただろう。
「お父様はどんな人だったんですか?」
私の質問に子爵は少し考えてからこう言った。
「とても頭の回転が早い男だった。こちらが要望を言うとそれの二歩、三歩先の問題点を考えてから商品を提示してきた。例えば便箋を買おうとするだろう?そうすると便箋をいくつかのパターンで持ってきて、流行りの場所や芝居の情報を集めてきていて、おまけに髪飾りとかちょっとしたプレゼントのリストも用意してあるんだ。それでいて商人らしい媚びはあまりなく、悟ったように静かに物を提示するんだ。ーー君と同じ藍色の瞳は何もかもが見透かしているように常に静かだった」
へぇー。なんかカッコいい人だったんだなぁ。
お父様をよく知っている人に会うのは初めてだった。いやスチュワードもアンナも知っているだろうけどもお母様の話の方をよくするので耳にしないだけなのかもしれない。
と、ここまで聞いて、ホワイト子爵へのもう一つのお礼を思い出す。
「そうだ、子爵、もう一つお礼を申し上げます」
「?なんだい?今の話についてかい?」
「それも勿論ですが。子爵の事をお話ししたところ、モーリー夫人がウチに来る足が遠のいたんです」
「私がホワイトじい様の名前を出したら、面白い程に逃げていったよ。モーリー商会とこの家がやりとりしてるなんて知らなかったから完全に偶然なんだけどさ」
その話を聞くと子爵は眉間に皺を寄せる。
「モーリー夫人。あれはダメだ。こっちが頼んだ物を持ってくる事も出来ない。義理の息子の真似をしてみようとするが全て見当違いだ。おまけに趣味が壊滅的ときてる」
「本当に酷かったんですよ。ホワイト卿が東の国のお茶を頼んだら、お茶よりもコーヒーの時代ですといって湿気った物を置いていくんですから」
「訳がわからんね。そんなもんだからうち以外の家もあの商会を締め出した。そうか、彼女はシャポー家に目をつけたか」
と言って心配そうに私を覗き込んだ。
「大丈夫です!先ほどもお伝えしましたが、子爵のお名前のお陰で来なくなったので!!」
私は元気よく、心の底からそう言った。
しかし子爵は首を振った。
「彼女はそんなに簡単ではないよ。気をつけなさい。子どもであるロザムンドに完全に撃退することは難しいかもしれない。ただ…一つ、君には身分がある。それをひけらかす事は良いことではないが、家とそして家人を守るのは主人の務めだ。頑張りなさい」
子爵は私の手を両手でぎゅっと握る。
「困ったことがあったら、私やここにいるジェーンでよければいつでも言いなさい。力になるよ」
そしてジェーン先生もそれに同意して頷いていた。
誤字のご指摘ありがとうございます!




