番外編:変な子
話は少し遡って、ロザムンドがシャポー家に帰ってしまった時の話だ。
ギルフォードはいなくなってしまった彼女を思い、ぼんやりとしたり、彼女のいた部屋に足を運んだりしていた。
王妃もマシューも彼が元に戻ってしまったと心配していたが、なんとか会話をしてくれているのでせめて1週間は様子見をするつもりであった。それは、シャポー家の状況を慮っての事でもある。侯爵と言う身分は持っていたが、もう随分の間あの家は財政難であった。
領地の地理上の問題もあり、あまり発展させられないため税収が取りにくい事。
また初代シャポー侯爵は武勲でその身分を得た事もあり、商才という面ではあまり優れていなかった事。
それを補う為に先々代あたりから商人と結婚する事を始めたものの身分の垣根を越えられない、またはずる賢い商人に、人の良い侯爵家の人々が逆に利用されてしまっていた事。
良くない事が続いた結果、今のシャポー家がある。
「優しすぎるのも問題だわ」
シャポー家の事を考えて王妃はそう言っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ギル、食事をしない?」
アルバートは図書館で書き物をしている弟を呼んだ。しかし、ギルフォードは顔を上げる事もせずに首を横に振るだけである。
「最近全然食べてないじゃないか。しまいには倒れるよ」
「欲しくありません」
取りつく島もない弟の回答に、アルバートはため息をついた。
「ほっておきなよ。自分でいらないって言ってんだから」
「ロバートはいつもそうだな。少し優しさって言う物をね」
と上の弟への小言を言ってみるもロバートはそれを聞き流し、ギルフォードへ話しかけていた。
「で、ギルは何を書いているの?」
「ロザムンドへの手紙です」
「文通してるの?いいな、僕も書いてみようかな」
「・・・手紙は来てません。だからこちらから書いているんです」
「もう来ないかもしれないね」
「ロバート!なんて事を言うんだ」
アルバートが少し怒って声を荒げるもロバートの気にもならなかったが、ギルフォードが顔を上げて悲愴な表情を見せたのでさすがに悪い事を言ったと思った。
「ごめん、冗談だよ。お母様に聞いたけど、あの子の家は大変らしいからきっと時間が取れないんだよ」
「そうだよ!あんまり手紙が来ないようなら、ギルから会いにいけば良いし。だから食事をして出かけられるようにしなきゃ」
そう言われ、ギルフォードは今度は閃いたような顔をしてみせた。
「この手紙を書いたら…食べます」
静まり返った図書館の中で、ギルフォードが走らせるペンの音だけがしていた。さすがに長いと思ったアルバートがその手元を見ると紙の束が積み上げられており、弟が苦心して書いているのだと感じた。そう言えばこの弟は最近ようやく会話をするようになったと思うと、妙に大人びた話し方をしていたので忘れていたが、手紙を書くなんて生まれて初めての行動ではないだろうか。
優しい兄であるアルバートは、弟が四苦八苦している作業を少し手伝ってあげようとその席に近づくと、丁度ギルの手が止まった。
「終わったの?」
横に座っていたロバートがそう聞くと、達成感に満ちた様子で頷いていた。そして積み上げられていた紙の束を順番通りに重ねていくと、そのまま折り始めていた。
「え、っちょ、ギル、それは何枚なんだい?」
アルバートが書き損じだと思っていた紙は全てちゃんとした手紙だったのだ。
「ええっと・・・12枚です」
「じゅ、12!?」
予想外の枚数に声をはった。
「・・・さすがにそれはあの子も困るんじゃない?文字読むの苦手だって言ってるし」
「これでも短くしたんです」
「愛が重いね。あの子の何がそんなに気に入ったの?」
そう問われたギルフォードは考え込むこともなく言葉を並べ始めた。
「あの艶やかな髪の毛に長い睫毛に縁取られた藍色の目を見ていると吸い込まれそうになります。それに砂糖よりも白い肌はまるで妖精のようだと思います。勿論、外見だけではありませんよ。一見すると弱々しそうなのに、自分を持っていて控え目ながら意見も言える性格は素晴らしいですし、家の状態があっても卑屈にならず自分でなんとかしようとする行動力があるところも好きです。何よりも私に世界を見る事を教えてくれた人ですから」
あまりに長い、それに子供らしくない賞賛の仕方に兄達は弟に大分距離を感じた。ロバートは聞いている自分が恥ずかしくなったけれども話を振ってしまった手前、何か言うべきと返事をした。
「た、確かに、黙って座っていると消えそうだよね。でも口を開くと元気だし、表情がコロコロ変わるとこなんか見ていて飽きないよね」
「そうそう!僕も初めは引っ込み思案かな?と感じていたんだけど、話していると全然違うから驚いた。それに出来ないことを一生懸命やろうってしていて応援してあげたくなるな」
アルバートとロバートが口々にそう言うのにギルフォードも同意する。そして封筒を閉じながらこう付け加えた。
「不満があるとすれば、悩みを自分の中に留めてしまうところです。もう少し色々話して欲しいです」
ギルフォードは彼女がここをいなくなる時のやり取りを思い返し、ため息をついた。
あの様子を見る限り彼女はなんらかの理由でここに居たくないのだろう、そんな風に感じていた。自分が嫌なのか、王宮が嫌なのか、それとも周囲の目が嫌なのかとも考えたが、まるで何かに遭遇するのを避ける節さえ感じられる。
それを言ってくれれば一緒に対策を考えられるのに、一向に教えてくれる気配はない。
きっと自分が子どもで頼りないからだろう。ギルフォードはそう結論付けて、ロザムンドから話してくれるまで待とうと思うのだった。




