空気がきれいです
数日後、マリーは自国に帰る事になった。
私はといえば、刺繍を教わった日からシャポー家に帰っており、昼間に王宮に遊びにいっていた。王妃様含めアンナやジェーン先生にもそのように頼まれたからだ。勝手な予想だけれども、アンナの場合は王子達の二の舞を恐れているのだと思う。
「私が頼んでも来てくれないのに、マリーの為なら来るんですか」
ギルにそんな事を言われたが「シャポーの館にマリーを招く訳には行かないから」という理由教えるとよく分からなそうな顔をしていた。ギルの視点ではシャポーの館に大きな問題はないようだ。
見送りをする時にマリーは私にビーズを通した刺繍を施しているハンカチをくれた。菫の花を加えた藍色の鳥が見事な物だった。
「今度はウチの国にいらっしゃいよ!この国よりも色々あるわ」
王妃様の前でそんな事を言う物だから、普段笑みを絶やさない王妃様にも関わらず微笑が引き攣っていた。見てはならない物を見たようだ。
「家が落ち着いたらお伺いしますね」
「あらダメよ。そんなに待っていられない。そうね、次の冬にでも来なさい」
若干命令口調な物言いに苦笑し、私は作っておいたミンスパイを渡す。「ボソボソしてないと思いますから」って耳打ちするとマリーはクスリとして馬車に乗っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ここに来る時に乗った馬車も立派でしたが、マリー王女の迎えの馬車はもっと凄かったですね!」
家に戻ったメアリは思い出して感嘆した。
確かに真っ白な塗りに金色の装飾、馬が5頭もいた馬車はとても大きかった。
「そりゃあフォンテールは大国だし、歴史もあるからね。ロードバーグはまぁ豊かとはいえ、あちらに比べれば新興国だもの」
ジェーン先生がそう言った。
「確かに・・・でもフォンテールは全盛期の頃に比べれば下降気味なんでしょう?」
「おっ!良く知ってるね。例の『小説』由来かな。その通り!昔はこの大陸で押しも押されぬ大国だったけど、今では婚姻とか外交でなんとか頼ってる所だね。テコ入れというか何かしら良い政策を打たないと行けないけど、今の王様じゃ若干厳しいかな。次の王位継承者が優秀だって話だからそこで盛り返しが出来るかねぇ」
「それがマリーのお姉様ね」
「そうらしいね。うん、ちょうど良いから今日はこの世界の地理とかを勉強しようか」
その提案に頷くと、ジェーン先生は鞄から大きな地図を取り出した。
「ここがロードバーグ。で、こっちがフォンテール。ちなみにお嬢様のシャポー家の領地はここーー実は今居る首都よりもフォンテールの方が近い場所なんだよ」
と指差された場所をみると、確かにフォンテールとの国境が近い場所であった。
「さらに付け加えますとね、アリアーデの嫁いでいるグーピュル商会は元々フォンテールの商人が始めたってことだ。どうだい、意外にも君はフォンテールと縁があるんだよ」
「はぇー。シャポー領はどんなところなの?スチュワードさんからは寒い所って聞いてるけど」
「私も行った事はないから本の知識でしか知らないんだけどね、静かで空気が良いらしい」
「・・・それって田舎ってこと?」
「そうとも言うね!有名な特産物とかはとくに聞かないかな。特産物がない地域なんて存在しないとは思うけど、目立ったものがないんだよね」
ダメじゃん、シャポー領。シャポーの財政を立て直したいと思うとまずは領地を豊かにして、と思っていたのに当てが外れてしまった。
この家に戻って来てから、そしてアンナが帰って来てからと言うもの私は家計に関して首を突っ込めない。もっと大人になってから、と言われるけどそれを待っていたらそのまま没落してしまいそうだ。
嬉しくない内容に考え込んで無言になってしまうと、ジェーン先生がまた口を動かし始める。
「ただ自然が豊かだから、今度実際に見てみればいい。特産物はないけれど、有名な詩人が生まれたり、画家がいた事もあるような場所だ。きっとなにかなるさ。ーーさて、もうひとつ。君の言っている未来に関してだけどね、幽閉はどの辺でされる予定なの?」
「よ、予定なんかじゃありません!」
そんな予定はいらない!なんて事を言うんだと思っていると、メアリも怒っていた。
「ジェーン!予定だなんて縁起でもない事言わないで頂戴!」
「えー?じゃあ予言とか未来予想??あ、分かった『小説では』って言えばいいか」
予言とか恐ろしすぎる。と言いつつも、さっきの国の話でも分かったがやっぱりここは『ジュエル・パレス』の世界なんだと思うと、私の幽閉はかなり可能性が高い未来だろう。
「『小説では』王家の持つ塔に幽閉されます」
「そこ!そこなのよー!!前にそれを聞いた時にちょっと疑問に思ったわけ」
オーバーリアクションで頭をガリガリとするジェーン先生である。ジェーン先生は気になる物を考えるときにこうする癖があるようだ。
「疑問?ですか」
「疑問ですよ。だってこの国に塔はたくさんあるんだけど、王家で塔に幽閉されるなんてないんだよ。そもそも王家が所有する塔は2つしかないんだ。これは今回王妃様に会った時に聞いてみたから確実な話だし、歴史書ひっくり返してもそれ以外の塔はないんだ」
「2つも候補があれば十分じゃ」
メアリの言葉はもっともだ。私もそう思う。
「だって1つは宗教的な物で、もう1つも宝物庫なんだよ。そんな所に幽閉なんてするかな?」
宗教・・・それに宝物庫?そんな描写はなかったはずだ。あったのは『ロザムンドは塔に幽閉された』という言葉だけだ。塔である事は確実だけど、王家所有じゃないのかもしれない。
私はジェーン先生の指摘を聞いてもう一度、記憶に漏れがないか振り返る事にした。




