刺繍は今は出来ない、きっとこれからも出来ない
「美味しい!!」
所変わって、別の部屋で出来上がったお菓子を食べるとマリーはそう叫んだ。
ニコニコとしながらシュークリームを頬張るその姿に、最初の印象が一切なくなった。知らない場所に来て、なれない物に囲まれている中で鬱憤が溜まってしまったのだろう。
ギルもアルバート・ロバートも初めて見ると言いながら、美味しいと口を揃えた。アルバートに関して言えば甘い物があまり好みではないらしく、1つ食べた後はお茶しか飲んでいなかったけれど作る工程やフォンテールの話を興味深そうに聞いていた。
そうしていると、皆の雰囲気も穏やかになり子ども達は楽しげに過ごしていった。
簡単な事だけど、この一件でマリーは私の事を気に入ってしまったようだった。
夜になり、私たちがシャポーの家に帰ろうとしているとマリーが今日は一緒に寝ましょう。と騒ぎ立てだした。帰りたいと思うけど、その騒ぐ様子を見ていると「一緒にシャポー家に行く」とでも言い出しそうなので、恐れ多いことこの上ないがマリー様の部屋に泊めていただく事となってしまった。
何でこんな事になったのか、私が聞きたい。
メアリとジェーン先生は少し心配していたが、まぁなんとかなるだろう。念のため失礼はないようにジェーン先生からフォンテールのマナーについてざっと聞いておいた。
そんな風に悩む暇もないまま夜になり、私はなんと王女様の部屋にいた。
明かりを消すと部屋は一気に暗くなって高貴な方と2人きり。
電気がないと世界はこんなにも暗いのか、私は当初来た時に驚いた点を再確認する。真っ暗な中でベットに2人で横たわっていても、まだ目が慣れないのか何も見えない状態だ。それなら眠ってしまえば良いのに隣に人が居る緊張感で眠れる気もしない。
えーい朝までの我慢よ、と暗闇の中で目をつむっていた。
「ロザムンド、起きていて?」
暗い中で響く小さな声で瞼を上げる。
「はい。マリー様」
「今日はありがとう」
「いいえ、別に何もしておりません。王宮のキッチンを使えて楽しかったです」
そう言うと目が慣れた空間の中で、マリーが笑っているのが見えた。
「あなた変よ。全然貴族っぽくない」
屈託のない、この世界ではギル以外では見せられた事のないような表情だ。その飾り気のない微笑みに、思わず本性を出してしまいそうになる。
確かに変だろう。だって中身はただのアラサー喪女社会人だもん。
「そうかも知れません。私の家、シャポー家は没落しかかっていて、しかも両親ももういないので貴族っぽい振る舞いを知らないんです。だからジェーン先生に習ってます」
「・・・そうなの。ごめんなさい、悪い事を聞いたわ」
「いいえ。別に本当の事なので。ーーでも私といるとマリー様が悪く言われてしまいますよ。ウチは悪い噂が多いので」
そう牽制もかねて自虐した。するとマリーはこちらの方へゴロンと寝返りをうつ。
「悪く言われる?それなら問題ないわ。既に言われてるもの。『フォンテールの2番目はどうしようもない。上の姫様に比べてどうだ、みんな平凡じゃないか』って」
驚くようなカミングアウトだ。私もマリーの方へ体を向けた。
向かい合う姿勢になり知らなかった設定を聞き込みにかかる。
「お姉様がいらっしゃるんですか?」
「双子のね。顔はそっくりなのに私と違ってとても優秀。お勉強も楽器も、振る舞いも何もかもぜーんぶ出来ちゃうの。だから私はフォンテールの『女王の候補』ではなくて何処かの国の『お嫁さん候補』なのよ。ここもきっとそんな理由で連れてこられてるだろうから、向こうから嫌われておかなきゃね」
高飛車で、自信に満ちていたあの姿はそんな事の結果だったのか。マリーの考えに自分と似たところがあると思った。
「ロザムンドは偉いわね。私も出来ない事勉強すればいいわね」
「私は普通の令嬢が出来る事が全然できないんですよ」
「例えば?」
「文章がかけません」
そういうとマリーは驚いて起き上がる。
「・・・それはダメだわ」
「それにマナーがなってないってアンナーーうちの家政婦長に叱られますし、楽器なんてこの間始めてピアノを触りました。右手と左手が別に動くとか信じられません。それに刺繍は壊滅的です」
「・・・出来ない事ばかりじゃないの」
呆れたような声に思わず笑ってしまった。そう、私は今子どもにも呆れられてしまうような状態なのだ。
「はい。だから勉強して出来るようになってシャポー家を立て直します」
「ふぅん・・・。刺繍なら・・・ちょっと教えてあげられるわ。あとピアノ、あまり上手くないけど」
マリーがそう言ってくれたので、私は是非と答えてると返事はない。何か答えてくれるかと思ったが、そのまま無言であった。
何か失礼な事を言ったのかなぁと思いつつ、寝たのかと考え直し、私はそれ以上声をかけなくなった。
黒い夜の闇の中で私とマリーはそうして一晩を過ごした。
翌日、朝食を食べるとマリーが私の所へやって来るなり仁王立ちをして「さぁ始めるわよ!」と言い出した。メアリとジェーン先生、そして私も驚いていると、昨晩の宣言通り私に刺繍を教えてくれるそうだ。
「簡単な物からやりましょう!」
そう言ってちくちくとハンカチに針を通して行く様子を眺める。
そうしていると、みるみるうちに青い鳥が出来上がっていった。
「す、すごい!凄いです!マリー様」
ひょいひょいと縫われていく鳥に私は驚いた。人が刺繍をしている光景なんて初めて見るけど下書きもなくこんな物を作り出せるなんて信じられない。ふと自分の手元を見ると歪な楕円が、縫い目も粗く出来ていた。
こんなに簡単そうに縫えるのが普通のご令嬢なのか、なら簡単ではない物はどんなだろう。
「マリー様、他はどんな物が出来るんですか」
そう聞けば、ここに来てから作ったと言うレース編みを見せてくれた。
「凄い!!本当に綺麗です!!!これは聖女様のレースでしょうか」
「そ、そんなんじゃないわ。ただの暇つぶしよ。簡単よ、こんなの。お姉様はもっとーー」
「だって私のをご覧になって下さい。ただの丸にも見えません」
私は自分の手に持っていた布を広げると、横にいたメアリも頷いていた。ちなみにジェーン先生は爆笑しつつも自分もそんなもんしか出来ないと言ってマリーの腕を褒めていた。
「いや、私は文官をやっていた時に他の国の刺繍製品を見る事があったけど、これはかなりの上物だよ。フォンテールが芸術に優れているのは知っているけども、刺繍はこの国の方が有名って自負もあった。でもマリー王女の物を見るとそれにも劣らないね」
「ということは子どもでこんな腕を持つマリー様は素晴らしいってことですね!」
ジェーン先生の言葉を受けてそう拍手した。
糸がこんな風に、しかも手作業で出来るなんて驚きしかない。調子に乗った私が「お花を作って」とせがむと、マリーは鳥の横に綺麗なバラの花を作っていくのでまた感嘆の声を上げてしまう。
「手作業なのにこんなに細かいなんて・・・。グラデーションって手作業でも出来るんですねぇ」
「手以外でどうやってやるのよ。ロザムンド、あなたやっぱり可笑しいわ」
「だって、こんなに素晴らしいもの見るの初めてなんですもの!才能がある人の作業を見ていられるなんて幸せ。あ、今度は葉っぱですね!なんでそんなの出来るんですか?!マリー様は天才だわ」
感極まってこの世界の事も忘れてそう叫ぶと、マリーが顔を真っ赤にしていた。
「どうしましたか??」
まずい、手作業とか変な事を口走ってしまった、と思うももう遅い。
そのままマリーの表情がぎこちなくなっていくのに気がつき、私は歪な楕円をただの楕円になるように糸を引き抜いていくのだった。




