クッキーは無害なので安心して下さい
翌朝、シャポー家の錆びた門の前に地味な色の馬車が1台止まった。
緊張した面持ちの私とアンナを筆頭とした疲れ切った家人達で中から人が出てくるのを待つ。どんな顔して出迎えれば良いか、1晩考えたけれどこんな経験はした事がないからアイデアなんてない。
ギル怒ってるかなー、このまま幽閉かなー、と扉が開くのを眺めていた。
そしてマシューさんが出てきたと思うと飛び降りるようにギルがこちらへ走ってきたのだ。
「ロス」
ぎゅっと抱きつかれ、息を飲むよりも早く声が出た。
「ギル、1週間で痩せてませんか」
元々健康そうではなかったが、これでは私よりも消え入りそうだ。肌なんか青白いくらいだ。
慌てて何度かそう聞いてるのにギルは答えもしないで私に頭をグリグリと押し付けている。
困ったと思っていると、マシューさんが代わりに答えてくれた。
「ロザムンド様が居なくなってから、ほとんどお部屋から出なくなってしまわれて食事も召し上がって頂けないんです」
「食事を取らない!?大変!それはいけません!死んじゃうわ」
巻き付くギルを引き離し、手を引っ張って走り出した。走りながらギルが「どこへ?」と聞くのも無視だ。
後ろでアンナかメアリが「お嬢様!?」と言っているような気がしたがそれも今はどうでも良かった。
こんなに子どもが痩せるなんてどういう状態だ。
手を引いて一目散で走っていると、その様子を見つけたジョセフが私達が遊んでいるのと思ったらしく、しっぽを振りながら着いてきた。
「ロス、この犬はなんですか」
「ジョセフっていいます」
走っている合間にその質問には答えた理由は特になかった。
私達よりもだいぶ早くジョセフは私の目的の場所に到着すると椅子の横に陣取っていた。
ジョセフが横たわるそこにはテーブルと簡単なお茶とリリーと一緒に作ったお菓子が準備してあるのだ。
「荒れ放題の屋敷の中を見せるなら死んだほうがマシです!」と訴えるアンナと悩んだ結果、少しの手入れでなんとかなりそうな庭で遊ぶと提案したところ、ジェーン先生もメアリも賛成してくれた。
ここなら花も咲いていて綺麗だし、ベンが急ごしらえしてくれた椅子と机もいい感じに趣きがある。
そこにギルを座らせ、お皿からクッキーを1枚つまむ。
「ダメですよ、ちゃんと食べないと!」
私はそう言って取ったクッキーを、何も考えずにギルの口に突っ込むーーところまで完全に無意識だった。
クッキーを齧るギルと目があって、ハタと自分がしでかした事に気がついた。
……どう考えても、王子様に毒味もさせずに物を食べさせちゃだめじゃない?
しかも突然突っ込んだった。
唐突に走り出して、挨拶もしないで、貧乏食材で作ったものを食べさせたって…だいぶダメじゃない?
今更気がついた無礼な行動の数々に表情が凍りついた。
「もっ申し訳ありません。あんまりにもお顔の色が悪かったのと、頑張って作ったのでっ食べてもらいたくて」
自分でも何言ってるかよくわからない。
焦って言い訳を並べていると、齧らせていたクッキーがサクサクっとギルの口の中に入っていった。
「作ったんですか?これを」
「これ、作りました。今朝、リリーと一緒に…不味かった、ですか?」
「いいえ。とても美味しいです」
「・・・『美味しい』?なら良かった!リリーは料理がとっても上手なんです!」
走り出した子ども2人を追って来た大人達はその様子をみてホッと胸を撫で下ろしていた。
「良かった〜美味しいって〜」
「アンナさん、ギルフォード様怒ってませんよ。むしろめっちゃ幸せそうっすよ!」
「好きな子が作ったもんなんて嬉しい以外ないだろう。こうやって眺めるとあの椅子結構いい出来だな」
「貴方達がそんなだから、お嬢様はこんな風になってしまったんだわ。ああ、旦那様と奥様に顔向けが出来ません」
口々にそう言っているとメアリの横の窓が開いた。
「あらジェーン。あなたも見てたの?」
「見てた見てた。アンナさん、心配いらないんじゃないかな。アレ見てみて下さいよ」
ジェーンはそう言って感涙しながら、小さく拍手をしているマシューを指差した。
「君、なんで泣いてんの」
「ギルフォード様が食事をして下さったからですよ。やっぱりロザムンド様は凄いです!王妃様にお伝えしてすぐに王宮に戻ってもらうように手配をーーってレディ・ホワイト、何で貴方が」
「私はお嬢様の家庭教師になったんだ。ダメだよ、お嬢様はやる事があるんだから」
どうやら知り合いらしい2人はそのまま会話を続ける。
「ですが、ロザムンド様がいなくなってから、お食事もとられなくなって、前よりも気落ちしてしまっている王子を見ていられません」
「なぁに言ってんだか。昔見かけた時には、この世の何も目に入っていなかった子が、人がいなくなって『寂しい』って思うようになったんだよ。喜ばしい成長じゃないか」
「ですが・・・」
「大丈夫だって。お嬢様はしっかりした子だから」
さくさくと口にクッキーを運んでいくギルの姿はハムスターを彷彿した。
「こちらのケーキもいかがですか?」
シンプルなショートケーキを薦めてみる。
「それもロスが作ったんですか?」
「いいえ、イメージは私が伝えましたが、これは難しくてまだ私では作れません」
「じゃあいいです」
そう言ってひたすらクッキーを食べていた。喉が乾くと思いお茶を入れ、隣に置くとギルの咀嚼が止まった。
「お城に戻って来て下さい。寂しいです」
「まだ昨日家庭教師の先生にお会いしたばかりで、何も勉強できてませんから無理ですよ」
困ったように返して、ジェーン先生の声がする方を向いた。ジェーン先生、マシューさんとお知り合いみたい。
「そうですか・・・いつまで待てばいいですか」
もう戻る事はありません、とは言い出せない雰囲気だ。
なにせ1週間くらいで食事もとれなくなってしまうのだから、もう行かないと言ったら何が起きるか予想出来ない。それこそ廃人か、王宮を出るときの様子を思い出すにヤンデレにでもなって幽閉されてしまいそうだ。
うーん、頭を抱えたくなる。
ここは仕方がないので少し譲歩して、前に言われた提案に乗ってみた方が良さそうだ。
「では毎週、今日と同じ水曜日に一緒に遊んでください」
そう言った瞬間、ギルの表情が明るくなった。
3日後、1週間を待たずにギルがノーアポでやって来た。
さすがになんの準備も出来てなく、アンナが気を失いそうになっている姿を見て怒りたかったが、ギルだけでなくアルバートとロバートの姿があったことから大方の流れが想像出来た。
「すみません、水曜日に一緒は嫌だったんです」
謝るギルの姿を見て怒りを押しとどめた。
「ロザムンド、犬がいるなんて早く教えてくれれば良かったのに!」
ジョセフをムツゴロウさんのように豪快に撫でながらアルバートは昔のアイドルのようだ。アルバート、犬好きだったのか。そんな設定知らなかったよ。
「レディ・ホワイトがいるって?どこなの?」
ロバートはそう言ってジェーン先生と話したがった。どうやらジェーン先生は有名な人らしい。私が不思議そうにしていると、ロバートは何で有名かを丁寧に教えてくれたが学術用語らしい単語が多すぎて理解出来なかった。




